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不死の女神  作者: 大麒麟
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第三十一話 初仕事は……

 立ち尽くしていた多屋が遂に動き出した。片足で自重を支え、もう片足を地面から離す。歩き出すつもりだ。方向は紺達のいる庭の上である。


「うわっ!」


 紺たちは慌てて庭から飛び出し、近くの道の中に入る。巨体ゆえに動作はゆっくりだが、見上げるほど巨大な人間の素足が、上から迫ってくる光景は中々恐ろしい。

 道の上では何人もの人が、この光景をカメラで撮影している。ほとんどの人々は避難を始めている中、えらく度胸のある者達だ。


 ズシン!


 巨人のような足が地面についた。そのあまりもの重量で、地面が少し陥没している。後にはかなり深い足跡が出来ているのだろう。

 多屋は更に前に踏み出そうと、また足を動かしだした。その向かう先、道の向こうには別の人々の家屋がある。


「やばい!」


 紺はとっさに抜刀した。刀身は緑に輝く風の魔力を纏っている。それに続けて浅葱も刀を抜いた。

 先に紺が多屋の前に立った。そして刀に魔力を大量に送り込み、力を溜め込み始めた。何か大技を撃つ気だ。それに気づいた浅葱は、すぐには踏み込まず、しばし様子見に入った。


 光を強める紺の刀。刀身に纏った光の刃が、もとの刀身の二倍の長さにまで伸びている。


「はあっ!」


 気合一閃。紺は多屋の前で、刀を振り下ろした。

 振り下ろした瞬間、風の刀身が如意棒のように一気に伸びた。長さ数十メートルにまで伸びた魔力の刃が、正面にいる巨大な建物に盛大に斬り付けた。


「「おおっ!」」


 観衆から驚嘆の声が上がる。紺が生み出した長すぎる刀身は多屋を、入刀されたケーキのように真っ二つに両断してしまった。

 生えている両足の間を通って、見事に二つに割れた多屋。グラリと両横側に傾く。すると今までその巨体を支えていた足が、突然消えてしまった。損壊を受けて、魔力を維持できなくなったらしい。足が幽霊のように透明になっていき、やがて煙のように消えてしまった。


 支える物がなくなった多屋は、一瞬空中に浮いた状態になり、そのまま重力に従って地面に落ちる。


 ズン!


 墜落による地響きがなる。普通の建物なら、この衝撃で跡形もなく粉々になっただろう。

 だが霊素材によって強化された材質を使っている故か、建物は全体にヒビが入ったぐらいで、その形をしっかり残している。

 地面に横たわる、リンゴのようパックリ割れた巨大な建物。シュールな光景である。


「すごいぞ! あの子何者だ!?」

「あれは最近噂の純人の鉄士じゃないのか!?」

「すごいぞ! さすが伝説の人種だ!」


 観衆が紺の大技を見て驚き、感動し、盛大な拍手を送る。

 一方の紺は、自分が斬った巨大怪獣の亡骸を見て、複雑そうな顔をしている。


「…なあ浅葱」

「何だ?」

「こういう場合。報酬はどうなるのかな?」


 浅葱はすぐには答えられなかった。とりあえず依頼主と鉄士協会に報告して、経過を待つことで話は纏まった。






 多屋の中の九十九神の排除を頼んだら、多屋自体が九十九神だった。恐らく最近の、地脈の魔力の急激な変化がもたらした変異体と思われる。

 尤も普通の九十九神と同様に、意思などほとんどない動くだけの物体であった。ようするに足がついている以外は、ほとんど張りぼての玩具みたいな物である。

 ただそれでもあれほどの大きさが勝手に動き回られると、街に相当の被害が出たので、討伐する意味は一応あったが。


 異例な事態に依頼主も鉄士協会も困惑した。多屋を破壊したとき、当然中の物品も大量に壊れている。九十九神以外の物を壊したら弁償だが、そもそもあの怪獣を相手にする事態など、依頼には書かれていなかったし、それだと報酬が釣り合わない。

 あれこれ協議された上、翌日に紺達に結果が報告された。この件に関しては依頼そのものを無効にするというものだった。弁償もされないが、報酬もないということだ。


「初陣で依頼失敗か。幸先悪いな」

「依頼無効だから失敗ではない。あんな物が出るなど、契約の範囲外だ」


 宿に帰ってきた一行。景気の悪い顔の紺に、浅葱がプライドを立てて喋る。

 この件は、今朝の新聞や街頭テレビで、大々的に報道された。突然街の中にあんな滑稽な物が現れれば当然だろう。


 報道では公表されていなかったが、その騒動の中心に純人がいたことは、もう都市中の噂になっている。これに警戒をした浅葱は、以前あった時のように葉人のふりをするように言った。また変な騒動を引き起こしかねないと。

 鉄士が人種を偽ることは許されないが、頭に飾りをつけてはいけないという掟はない。周りが勝手に勘違いしてくる程度なら、規則違反にはならないだろう。


「しっかし変な話だよな。あの空飛ぶ道具、全部霊素材だったんだろ?」

「それがどうしたんだ?」


 通常九十九神に変異するのは、ほとんどが霊素材で材質強化されたものだ。たまに普通の器物が変化することがあるが、これはあのような暴走はしないらしい。


「あんな怪物を生むかも知れないって思うぐらいなら、私だったら少し壊れやすくても、普通の道具を使って暮らすぞ。この世界では何で物騒な思いをしてまで、霊素材に頼るんだ?」


 これは霊素材に限らず、地脈に関しても言えることだ。地脈のおかげで、確かに土地は豊かになったが、そのせいでずっと魔物の驚異に怯えて暮らすことになった。これでは±0だ。

 西鬼町で情報収集をしていたら、何故普通が駄目なのか、紺には不思議だった。


「さあな、昔からこういう生活を送っていたのだから、今更どうしようもない。みんなそれで納得した生活を送ってるんだからいいんじゃないのか?」

「そうかあ? まあこんな強い刀は、普通じゃ作れないんだろうけど・・・・・・」


 紺は壁に立てかけてあった、自分の刀に少し目を向けた。それは浅葱にも少し興味を持たせたようだ。


「ところで紺。お前のその刀を少し見せていいか?」

「うん? いいよ」


 浅葱は、紺が刀を抜く所を、あの時初めて見たのであるが、その刀身を見て少し動揺した。

 紺の刀を手に取り、細かく注視する浅葱。その美しい刃は、素人からしても相当な値打ちものである判る。だが浅葱はそれだけでなく、刃から僅かに漏れる魔力から、この刀はそれ以上のものであることに気づいた。


「この刀は“治癒”の力があるな」

「治癒? 自己修復機能のことか?」

「まあ、そうだ」


 二人のやり取りを聞いていた躑躅が少し驚いている。黄の方は、単語の意味が分からず首を傾げていた。


「え? 何でそんなのを紺さんが? あっ、もしかして故郷の日本ていう国には、こんな刀がいっぱいあるんですか?」

「いや、こいつはこの世界で、行き倒れから拾った」


 紺が正直に話すと、二人は呆れたような驚いたような、微妙な表情だ。

 “治癒”の力。霊素材で作られた物品の中でも、最高レベルで難しい技術である。それは紺が言った通り、自己修復の力のことである。古くなっても決して脆くならない。またある程度傷ついても、誰が手を加えなくてもその傷は勝手に直ってしまうのだ。


 紺はこの刀と二ヶ月近い付き合いだ。その間、色々と乱暴に取り扱ったりもしたが、刀身に傷んだ跡が全くできないことから、ある程度予測していた。

 同時にこの世界では、こういう物品が普通にあるのだろうとも思っていた。だがその認識は間違いだ。


「治癒があるだけじゃない。この刀は武器としての性能も、超一級だ。恐らくこいつはこの王国でも、国宝級の価値があるはずだ。その行き倒れというのは、どこにいた?」

「六王国の白神川の岸にいたぞ。鬼人で、甲冑姿で骨になってた」


 六王国。猪神王国からすれば、相当な田舎である。何故そんな所に、こんなものを所持するほどの人物が倒れているのか?

 その甲冑を着た鬼人というのに、浅葱は一人の人物に思い当たった。だが……


(更に危険な領域に、足を踏み入れてしまいそうな気がする……。果たしてこれは言うべきだろうか?)


 浅葱は悩んだ。悩んで悩んで頭が痛くなってきた。様子を見ていた躑躅が、「薬を出しましょうか?」と心配げに話しかけてくる。

 とりあえず今はこの話は終わりにした。資格証から、昇格に役立ちそうな依頼を探してみる。だがこの日は特にそれらしい依頼は見当たらず、また明日再度閲覧して次の依頼を決めるという話でまとまる。

 鉄士就任一日目は、色々と騒がしいものを起こして終わった。


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