第二十三話 対決?
海松が店を出てから二十分程して、蛇女が化けた蛇が、緑天店の前に姿を現した。
小さな身体で、地面を上を素早く走り、店の扉の前までやってくる。
(さてどうするか? いきなり家の中に乗り込んでもいいが。騒ぎを起こして、近隣の人間に気づかれると面倒だな……)
蛇女が思案している間に、扉の向こうから人の足音が聞こえてきた。誰かが扉に近づいている。それに気がついた蛇女は、素早くその場から退避し、近くの家屋の隙間に隠れる。
扉が開き、人が外に出てきた。それは標的にしていた純人本人だった。もう日が暮れ始める時間だ。町の街灯にも既に明かりがついている。
(どこにいくつもりだ? こんな時間に)
紺は店を出てどこかへ向かっていく。それを蛇女がこっそりとついていく。
彼女の歩みは予想以上に長く、ついには町を出て、森の奥へと入っていった。そして紺にとっては、もはや馴染みの場所の河岸にまで到達する。
「そろそろ出てきたらどうだ? あんな店の近くにまで来られたら、さすがに私も気づいたぞ」
「!!」
どうやら接近も尾行も、最初から気づかれていたらしい。もう隠れる意味もないと、蛇女は変身魔法を解き、紺の前にその異形の姿を現した。
この姿に、紺はあまり驚かなかった。まるで何かに納得したように頷いている。
「なるほど。状況から言って、あんたが石化病の下手人か。まさかそっちから来てくれるとは思わなかったよ」
「私の姿を見ただけで、そこまで判るのか。やはり只者じゃないようだね」
「いや、単に漫画やゲームの知識で思っただけ。しかしゴルゴンか……。和風のこの世界に全然似合わないね」
あまりに余裕の表情に蛇女は警戒した。やはりこの女は、見かけによらず相当な強者なのかもしれない。
こんな危ないことはせずに、自分が別の国に移動してしまえば良かったのでは?という案が、今更ながらに閃いた。だがもう後には引けない。
先手必勝、紺を睨みつける蛇女の目が、カメラのフラッシュのように瞬間的に、そして強烈に発光した。石化の眼光だ。
それを紺は正面から、その目で見た。
「うわ、眩しいな」
だが紺は、少し目を細めただけで、その身体には何の変化も起こらない。
(効かないか! だったら!)
蛇女は毒の牙を突き立てて、長い胴体を動かし、紺に向かって一気に突撃した。
これに対して紺はどう構えたかというと、全く何もしなかった。防御も回避も一切使用とはせず、襲い来る敵を無表情で見ながら、その場で立ち尽くしている。完全な無防備状態だ。
蛇女は紺の左腕に噛み付いた。半袖のセーラー服から伸びる、細い女性の腕に鋭い牙が突き立てられる。
「グガッ!?」
声を上げたのは紺ではなく、蛇女の方であった。
(何て硬い肉だ!?)
思いっきり顎に力を込めて、紺の腕に噛み付いているのであるが、中々牙が肉に食い込まない。
紺の肉体はとてつもなく頑丈だった。蛇女の力で、その身体に傷つけるのは、至難の業だったのだ。
紺の方はというと、噛まれて少し痛そうな顔をしているものの、何か対処しようとは一切しなかった。目の前で自分の腕に接触している蛇女を振り払おうともしない。
どう見ても、望んでその攻撃を受けているようにしか見えない。
そんな膠着状態が数秒ほど続いたが、ついに蛇女の攻撃の効果が出た。
力を入れ続けた結果、ようやく牙が紺の皮膚を貫き、肉に1~2cm程突き刺さる。即座にその牙を通じて、蛇女の体内から紺の傷口に向けて、呪いの毒が注ぎ込まれる。
ここまで事が進んでも、未だに紺は反撃しようとはしない。
「ガハッ!」
毒の注入を終えたあと、蛇女はすぐに腕から牙を抜いて、紺から数メートル距離を取る。
牙についた血を拭き取り、相手の様子を見るが、それは相変わらずだった。紺は自分の左腕についた、吸血鬼のような傷跡を無感動に眺めている。
(どういうつもりだ、この女?)
戦闘になると思ったのに、相手があまりに何もしてこない様子に、さすがに警戒する。もしかしてこちらを舐めているのだろうか?
「おっ! いったか!?」
何故か嬉しそうな表情で、紺は自分の腕の変化に反応した。
噛まれた腕の傷跡を中心に、腕の皮膚がゆっくりと、染色中の紙のようにジワジワと色を変えていく。鼠色の石の色だ。あの呪いの毒の効果が現れたのである。
だがその呪いの進行は、あまりに遅い。石化部分は広がってはいるが、それが全体に広がるには相当な時間がかかるのではないだろうか?
紺の肉体は強すぎた。それによって、こういう毒や呪いに対する耐性も、それに比例して高くなっている。実のところ紺が一発気迫を出せば、この程度の呪いは簡単に振り払うことができるはずだ。
だが紺はそういった対応を全くしない。それどころかわざと身体の力を抜いて、呪いの進行を助長しているように見える。
紺の一連の奇行に、蛇女は警戒を通り越して、恐怖を感じ始めた。今まで多くの人間を石に変えてきたが、このような反応は生まれて初めてだ。
「……お前、何を企んでいる?」
「教えない♪」
こちらを小馬鹿にしたような紺の返事に、今度は怒りの感情が沸いてきた。
その後紺は、為すがままされるがままに、呪いの毒を受け入れていき、ついに完全に石化した。呪いの効果は、彼女の肉体だけでなく着用物にまで及び、その身は石の色に全て覆われている。
河原の石原に、とても精巧にできた、一体のセーラー服の女子高生の石像が立っている。
その石像を生み出した作者は、最後まで余裕の表情を崩さなかった石像の素材に、ますます怯え、同時に凄まじい怒りを覚えた。
「何のつもりだったか知らないが、そっちがやろうってんなら……」
蛇女は紺の石像に近づき、右拳を握り締め、手を思いっきり振り上げた。
ガン!
手加減なしで紺の石像を殴りつける蛇女。その衝撃で石像は倒れ、石原に倒れ落ちる。石化した紺の体は、何故かかなり頑丈にできていて、それだけで石像は壊れなかった。
だが相当な怪力の蛇女の拳打を受けた部位が、わずかに削れている。
ガン! ガン! ガン!
その後も倒れた紺を、蛇女は上から何度も殴る。その度表面は削れ、石像全体にヒビが入り始めた。何度も殴るうちに、蛇女の拳が痛み始めたが、それより先に石像の方に限界が訪れた。
バキャン!
石像の胴体が割れ、周囲にいくつもの細かい石の破片が飛び散る。紺の石像は無残にも破壊されてしまった。
「ふふふっ、何を企んでいようが、これでもう何もできないでしょう?」
石化された人間は、それだけで死ぬわけではない。だがそれが破壊されてしまった場合、話は別だ。ここまで完全に壊れてしまっては、例えあの海松という医者が来ても、生き返らせることは不可能だろう。
割れたビンのようにバラけた紺の残骸をその場に残し、蛇女は勝利の余韻に浸りながら、その場を後にした。
紺を倒した蛇女は、邪魔者を消し去った景気付に、誰か一人石化させてやろうと考えた。
すっかり暗くなった時間、外を出歩く人間は少ない。だが全くいないわけではない。この時間帯はむしろ獲物を見つけやすいと、西鬼町に戻ってきた。
町に入ってすぐに獲物候補を発見した。
(おやまあ、子供がこんな時間に。いけないねえ)
街灯に照らされた暗がりの道を、十二~三歳ぐらいの鬼人の少年が歩いている。背中に荷物袋を背負っており、学校帰りとも思えない。
蛇女はその少年に狙いを定めた。小さな蛇の姿になって、シュルシュルとそちらに近づいている。
「?」
少年は正面から近づいてきている、一匹の蛇に気がついた。蛇の姿形を見て、少年は不思議に思う。
この種類の蛇は確か昼行性だったはずだ。こんな時間帯に見ることなど、ほとんどない。ましてやこんな人前で、堂々と姿を現すのも珍しい。
少年は珍しげにその蛇を見入った。その蛇は少年のすぐ目の前まで近づき、そして突然化けた。
「なっ!?」
それは蛇女だった。少年の眼前で正体を見せ、一瞬で彼の目線に、石化の眼光を叩きつける。
いつもならここで相手は恐怖に歪むか、呆然とするかの、どちらかの表情でその姿を固めてしまう。
少年は驚きの表情とともに、一時的に身体が硬直した。その後すぐに石化が始まるとは思われたが、実際は全く違っていた。
「うううううっ……うわぁあああああああっ!」
「ぶへっ!?」
蛇女の顔が後ろに吹き飛ぶ。一時的に動きを止めた少年。だがその直後に彼女の視界に映ったのは、相手の石化した犠牲者の姿ではなく、まっすぐこちらに飛ぶ少年の拳だった。
その拳打は小柄な少年から放たれたとは思えないほど強く、蛇女の顔面を殴り飛ばす。
「何だよこれ!?」
反射的に殴ってしまった少年だが、いきなり現れた異形に大分怯えているようだ。
あの光を見たとき、少年の身体は一瞬で麻痺し、一歩も動けなくなった。だがすぐに気迫をこめ、その金縛りを振り払う。だが彼の心は、目の前の化物への恐怖に覆われた。
一方の蛇女は、予想外の反撃により、顔を手で覆って昏倒している。やがて体勢を整え、鼻血を垂れ流しながら、少年を睨む。
「お前も石化が効かないのか? この国の人間をなめていたよ」
「石化!?」
少年は怪物が喋ったことに驚くと同時に、“石化”という単語に強く反応した。表情に恐怖はなくなり、変わりに怒りが見え始める。
石化の呪いを完全には受け付けなかったこの少年は、あの海松を探しに家をでた黄であった。身体の強化と共に、呪いへの耐性もある程度ついていたらしい。
「うりゃぁああああっ!」
怒りを込めて蛇女に殴りかかる。だがすでに態勢を整えていた蛇女は、それを難なくかわした。
黄は続けて何発も拳打を浴びせにかかる。だがその単純な攻撃パターンは、敵にあっさりと見抜かれる。後ろに伸びる下半身の胴体をしきりに動かし、上半身に向けて正面からぶつかってくる黄の攻撃を次々とかわしていく。
一発の大振りの攻撃を躱すと同時に、蛇女は右手でカウンターパンチを食らわした。
「ぐあっ!?」
小柄な黄の身体は、その一発で吹き飛び、地面を二回バウンドして十数メートル先の地面に倒れる。
「大した体力だけれど、戦い方は素人だね。それじゃあ私には勝てないよ」
「うるさいっ!」
黄はすぐに起き上がり、再び突進した。蛇女は長い胴体で上半身を起こし、それをかわした。それだけでなく胴体を伸ばして、幽霊のように身体を宙に浮かせながら、黄の背後に回り込んだ。
ガブッ!
「たあっ!?」
左肩から走る痛みと共に、黄の身体は再び麻痺した。蛇女が彼の左肩に噛み付いたのだ。
黄はさっきと同じように、気迫で自由を取り戻そうとする。だが今度はどんなに身体に力を入れても、身体の自由は戻らない。
噛み付かれると同時に、黄の身体には呪いの毒が注ぎ込まれた。身体に直接注入された呪いは、眼光を浴びせるよりも遥かに強烈で、黄の力では振り払えなかったのだ。
黄の身体は噛まれた左肩を中心にして、どんどん石と化していく。黄は絶望と同時に、真後ろにいる蛇女に強い憎しみをぶつけた。
「ちくしょう、この化物! 母さんを戻せ!」
「それは嫌よ」
涙を流しながら石と化していく黄を、蛇女は嘲笑いながら見物する。やがて黄は完全に石像と化し、一言も言葉を発しなくなった。
変化が終わった後、この騒ぎを誰かに見られてはいないかと、蛇女は周囲を見渡す。幸いにも周りには誰もいなかった。
「じゃあね、可愛い坊や♪」
石と化した黄に、怪しげな笑みを浮かべながら口付けし、蛇女はその場から立ち去った。
まもなく通行人が、石と化した黄を見つけ、ちょっとした騒ぎになることになる。




