第二十四話 蛇の目
「…………あれ?」
目が覚めたとき彼の視界には、一人の少女の顔がアップで映されていた。自分より少し年上の、釣り目の黒髪の少女だ。
黄はこの顔を知っていた。この少女の名前は……
「目覚めたか?」
「あれっ純人様!?」
「その呼び方はやめろ・・・・・・」
無感動で何やらめんどくさそうな様子で、純人の少女=紺が自分に話しかけてくる。まともに会話をするのは、今日で僅か三回目である。
黄は今、立った姿勢のまま、どこかの屋内で、紺と向き合っていた。ここはどこだろう?と周囲を見ようとしたら、突然自分に抱きついてくるものが現れた。
「黄! 良かった!」
「この大馬鹿者が!」
「父さんに……母さん!?」
意識と記憶がはっきりしてきた。それと同時に大きな疑問が浮かび上がった。自分は確か、石化病にかかった母を助けるために、町を出たはずだ。
だが目の前には石化したはずの母が、どこも異常は無い健康体の姿で、自分の無事を喜んでいた。
「僕もしかして夢を見てる?」
「違うわ、馬鹿者! そこにいる紺さんが、お前を治してくれたんだ。ちゃんと礼を言うんだ!」
その言葉に黄は、今度ははっきりと意識を覚醒させた。そう、確か自分はあの蛇女に戦い、負けて石にされたはずだ。
自分の体を見ると、石化した部分はどこにもない。完全に治っている。
場所は緑天店の中、そこには自分と、父・母・紺・仮面の謎の人物(緑点丸)の五人の人間が存在していた。
黄は紺の方を見やる。紺は一言「まあ、そうだ」と父の言葉を肯定していた。つまり目の前の純人が自分を、いやそれどころか母を、あの忌々しい呪いから救ったということだ。
黄は心の底から歓喜で満ち溢れた。そして目の前の少女を、神様のように崇める気持ちが生まれた。
「あっ、ありがとうございます」
他に良い言葉が思い浮かばず、その言葉を大きく発する。そして感動で泣きながら、その場で紺に抱きついた。紺の胸元にがっしりと、黄の体がしがみつく。
「!!??」
いきなりの行動に、紺はここで初めて表情を崩した。
「どわっ!? ちょっと、やめろ! 離れろ!」
「ああっ!? ごめんなさい!」
混乱と羞恥で慌てまくった紺の言葉に、黄もまた大慌てで離れる。いくらなんでも抱きつくのは行き過ぎた。しかも異性に対して……
「まあ、これで良かったという事で、じゃあ私はもういくぞ」
こういうことに慣れていないのか、紺の表情は未だに動揺が取れずにいる。そのまま逃げるように奥のほうへと消えようとした。
「ちょっ! ああっ!?」
黄は彼女を呼び止めようとしたが、良い言葉が未だに思い浮かばない。だがその前に、もっと重大な事を思い出した。
「そうだった! 大変なんです! 僕見たんです! 石化病の犯人を!」
この言葉に父と母が驚き、紺は「そうですか」と興味なさげに頷いた。
今までの患者は、海松によって治療された後も、直前の記憶が曖昧になっていた。そのため石化の原因が全く判らなかったのだが、何故か今回の黄だけは全てを覚えていた。
この呪いは、一匹の魔物によって引き起こされていた。この証言は、すぐに町の組合に報告され、そこから六王国政府に届けられることになる。
この件に関して、黄は政府の方へと連れ出された。かなり重要な話のようなので、結構面倒な話し合いに参加させられることになるだろう。
(私、何も言わなくてよかったな)
犯人を既に知っていて、これを誰かに話すべきか迷っていたが、黄が先に喋ってくれたことに、深く安堵した。
あの蛇女と一悶着あってから、六時間ほどして紺は緑天店に戻ってきた。だが店の方が少し騒がしい。聞けばここに急患が来たらしい。
最初は張り紙に書いておいたとおり、明日の朝まで待ってもらおうと思ったが、患者が黄と聞いて気が変わった。
紺の方は別に、彼に肩入れする義理はないのだが、何となしに放っておけなかった。そしてそれが結果的に良い方向に動いた。
「まあ、これで良かったな。さて私は今日もボランティアと行きますか」
朝になり、颯爽と次の患者が店の前に運び込まれてきた。今日は昨日以上に騒がしくなりそうだ。
予想通り患者の数は昨日よりずっと多かった。朝から昼までの間に、訪れる人数はどんどん増え、今日だけで100人以上の治療を行っただろうか? もう数えるのもめんどくさくなってきた。
周りの野次馬も以前より増えている。その中に記者らしき人物が複数、パシャパシャと写真を撮っている。
全体を見ると、この町では見慣れない顔が多いことから、大部分は他所から来た者たちだろう。もはや一種の観光名所だ。
「ありがとうございます!」
「このご恩は一生忘れません。」
治療するたびに、心からの礼を言う人々。それに紺は適当に相槌を打つ。感謝されるのは悪いわけではないが、こう何度も似たような台詞を言われ続けると、飽きてきて、次第にウザイと感じてしまう。
そうでなくても、こんなに大勢の人に話しかけられること自体、彼女にとってはそれなりにストレスがあるのだ。
元々小さい頃から友達がいなくて、コミュニケーションの経験が不足しているのもあるかもしれない。
「あの……何か粗相をしましたでしょうか?」
「えっ!? いやあ、何でもないんです!」
感情がうっかり顔に出てしまったようだ。不機嫌そうな表情を見られて、相手に気を遣わせてしまったことに、深く後悔する紺。
敵とみなした相手には態度がでかいのに、普通の対人関係では割と臆病な性格であった。
「うん?」
ふと妙な視線を感じた。他の野次馬とは明らかに違う、殺気がこもった視線だ。先日の海松の忠告通り、周りの気配を必要以上に気をつけていたのだが、大当たりが来たようだ。
紺は向かい側の家の屋根を見上げた。急に視線を上げた紺につられて、周りの観衆もそちらに目を見やる。
「あそこ、何かいるぞ」
「長いものがあるな。縄じゃないのか?」
「いや、少し動いているぞ。蛇じゃないのか?」
人々が注目する先、屋根の上にいるのは、あの蛇女が化けた蛇だった。
自分の存在に気づかれた蛇女は、胴体を跳ね上げ、屋根の上から大ジャンプ。落下中に変身を解き、蛇の姿から巨大化して大地に降りる。
蛇女は以前のように、その姿を隠そうとは一切しない。突然道の真ん中に現れた、あまりに異形な存在に、観衆は驚き戸惑っている。
「何だあれは!?」
「もしかしてあれ、今朝目撃情報が出たっていう化物じゃないのか!?」
ある人はその場から逃げ出し、ある人は野次馬根性でその場に留まり、ある人は記者魂でその怪物を撮りまくった。
紺はそんな人々をかき分け、蛇女の前に出る。
「もうコソコソするのはやめたのか?」
「ああ、お前のせいで目撃情報が出ちまったからね。どうやって生き返ったのか知らないが、今度は欠片も残さず八つ裂きにしてやるよ」
恨みと不快の感情を顕にして、蛇女が吐き捨てる。
「いいけれど今度は手加減しないよ。いっとくけど私は強いぞ」
「そうだろうね。確かにあんたには勝てない。だけどここには大勢人質がいる」
蛇女は紺から目を離し、背後の観衆たちに目を向けた。これに観衆は更にどよめいた。
「全員脆石になって崩れ落ちな! はぁあああ…ぎゃぁああああああ!?」
蛇女は、観衆を石にしようと、石化の眼光を放とうとしたらしい。だが何故か途中で悲鳴を上げ、実行できなかった。
いつの間にか紺は蛇女の間合いに詰め寄っていた。そして右手の指を二本突き出し、チョキの形にする。そしてそれを蛇女の、今まさに光ろうとしている両目に突き押していたのだ。
両指にゼリーを潰すような、気持ち悪い感触が走る。その指は蛇女の眼球をグチュリ!と潰してしまったのだ。
「ギャァアアアアアアアアアアアッ!! グェエエエエエエエエエッ! 目が! 目がぁあああああああっ!」
両目の穴から、血と汁を涙のように流しながら、蛇女は地面に蹲りのたうち回る。
「えげつねえ……」
後ろでそんな言葉が聞こえた気がするが、彼女はそんなこと気にしない。哀れな姿の蛇女を無表情で眺めながら、紺は腰の得物を引き抜いた。
「さあ、お前の罪を数えろ!」
二人で一人の緑の戦士が言ったようなその台詞とともに、刀を思いっきり振り下ろした。蛇女はあっけなく斬首され、絶命してしまった。
「「………………」」
この一連の出来事に、その場は一時沈黙した。紺は静かになった観衆達を見回す。みんな紺が何かを言うのを待っているようだ。
「あ~まあ、何だ? こういう時は……そうだな。 みんな! たった今諸悪の根源を討ち取ったぞ!」
「「うおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ」」
その場は大きな歓声に包まれた。この日、西鬼町は、お祭りのように一日中沸き上がることになる。




