第二十二話 元凶
西鬼町ではまた新たな報道でわき上がっていた。
あの噂の純人の少女が、石化病を治せるという話だ。これは噂などではく、はっきりと確認された事実だ。これが記事に出てから、多くの石化病患者とその身内が、次々とこの町にやってきた。
緑天店の前の道で、多くの野次馬が集っている。その野次馬は他の町から来た者が多かった。もはや観光名所である。
彼らが見ているのは、この店の従業員の手による石化病治療である。何故霊素材屋でそのようなことが行われているかというと、その従業員が病気を治せる力を、最近になって得たからだ。
人々の注目の中、紺が一体の鬼人男性の石像に手を当てている。触れる手は魔力で光っており、石像にかかっている呪いを浄化している。
やがて石像の無機質な質感の表面は変わり、生きている人間のそれに変わった。生身の体に戻った彼は、その場で膝をついたものの、確実に息をしており、意識もある。治療完了である。
「「「おおおおおおおおおっ!」」」
多くの人々が歓声を上げ、拍手の音が空気を振動させた。近くにいた患者の身内が、紺に深く感謝の言葉を口にし、それに紺が無感動に頷いた。
(あ~あ、背中が痒いな)
今日だけで四十人目の患者である。周りの野次馬もよく飽きないなと思ったら、周回ごとに顔ぶれが変わっていることに気づく。大勢の観客が入れ替わりに次々と来ているらしい。
治療魔法を使うこと自体は、それほど大きな消耗ではない。あくまで紺のレベルでの話だが。朝からこんな感じでは、正直別の意味で疲れてくる。
(まだこれで十分の一か……)
繰り返し礼を言う患者家族を見送りながら、紺はこれからまだ残っている仕事に、深く息を吐いた。
黄の母を治した翌日に、この事が国中に報道され。そして更にその翌日、つまり今日になって大勢の治療依頼の客が、次々とやってきた。
彼らは全員、西鬼町から近い場所に住んでいる者たちだ。だが日数が立てば、遠方からの客が、どんどん押し寄せていくだろう。
ちなみに紺はこれに関して、治療代は一切請求していない。初めは思いっきりぼったくってやろうかと思ったが、海松の事例を考えて、それはやめることにした。
民衆も、その時の大失態の事例もあって、変に紺を疑うものはいなかった。
(私って、こんなに慈善事業が好きな奴だったっけ?)
そもそも何がきっかけで、自分はこんなことを始めたのか? 色々もやもやしたものがあるが、考えるのはもうやめた。
国内での患者数は500前後と言われている。とりあえずあまりいっぺんに来ずに、日にちごとに分けて来てくれること願うばかりだ。
紺の治療現場を見学しているのは、人間の野次馬だけではなかった。
彼らが集まっている道端の向こう側、緑天店の向かい側にある酒屋の屋根の上。そこで群衆から隠れるように、上から一部始終を見ていたものがいた。
それは一匹の蛇だった。外見や大きさは、日本の青大将を少し黒くしたような感じで、どこにでもいる普通の蛇だ。彼は獲物がいるわけでもないのに、その場所を見詰めている。
事が終わると同時に、蛇もその場所から立ち去った。人に見つからないように、町の隙間をくぐり抜け、郊外の森の中へと入っていく。
蛇は周りを見渡し、周囲に誰もいないことを確認する。しばらくして蛇に変化が起きた。
彼の身体から、どす黒い魔力が放出されたかと思うと、その長い全身が巨大化し始めた。
最初は普通の蛇と同じサイズだったのに、数秒でアナコンダサイズにまでに大きくなった。巨大化は更に進む。同時に蛇の頭と上半身に、巨大化とは別の変化が起きた。
まず蛇の上半身に手が生えてきた。最初は突起が突き出るような形だったが、どんどん複雑に変形し、人間と同じ5本の指がついた、立派な両手になった。
形は人間と似ているが、指の先には蜥蜴のような鋭い爪が生えており、全体に蛇の鱗で覆われた異形の手だ。
次に蛇の頭の形が変わった。鋭く流線型だった蛇の顔が、潰れるように平たくなり、次第に人間のような形の顔になっていく。
後頭部から、数十本もの細い線が、髪の毛のように生えてきた。その線はどんどん太くなり、先端が二つに割れた。そして目や牙が出てきて、線全体に鱗がつく。
それは完全に蛇だった。頭から何十本もの、奇怪な蛇の毛が生えてきたのだ。
変化が完全に終わると、そこにいるのは蛇とも人間とも言えない、おぞましい姿の怪物がいた。
下半身は長い大蛇の胴体が伸びている。上半身は人の形をしているが、頭から大量の蛇が生えて蠢いており、目は蝮のように黄色く鋭い。
見事な蛇怪人だ。顔形は女性のようで、胸部には女性のような膨らみがあることから、蛇女とでも言おうか?
「何だあの女は!? 嘘記事だと思ってたのに、本当に治しやがった」
蛇女は苛立ちの声を上げながら、紺の存在を毒づく。
この魔物は、数年前に猪神王国のある魔道士が、数年前に異世界から召喚した魔物だ。
彼女は召喚者の意志に応えてこの世界に来たのだが、それに従う気は最初から無かった。
彼女はすぐに召喚者の元から脱走。そして辺境のこの国へと渡ってきた。
何故この国かというと、大国では強い戦士が大勢いるから。そこで事を起こせば、あっさり退治されて終了になるかもしれない。
そのため鉄士協会が設置されておらず、武士も大した強者がいない、この小国へとやってきたのだ。
蛇女は相手を石に変える特殊能力があった。
彼女の眼には、睨んだ相手を石化させる光を放つことができる。弱い相手ならこの人睨みで、一瞬で石像と化す。
強い相手が出た場合は、彼女の鋭い牙を使う。彼女の犬歯には、噛み付いた相手に体内から毒を注入する機能がついている。
ただし普通の蛇のように、その毒は相手を殺したり麻痺させたりといった効能ではない。眼光と同様に相手の肉体を、石へと変異させる呪いの毒だ。
屈強な武士や鉄士でも、直接身体にこの毒を盛り込まれたら、大抵は成すすべもなく石になるだろう。
彼女は元いた世界では、その世界の沢山の人達に無差別に使った。そして石化という謎の脅威に人々が恐怖し、混乱する様を楽しんでいた。
異世界からの召喚に応じたのは、元いた世界にいい加減飽きがきたからだ。異世界という未知の場所で、彼女はまたこの石化能力で人々を襲った。
先ほど見せた、あの小さな蛇に変身する能力を使って、そっと人の近くに忍び寄る。そして突如獲物の前で正体を見せ、あっというまに石に変えてしまう。
その後すぐに小さくなってどこかへ消えれば、もう後には石像となった被害者しか残らない。
これがこの六王国を襲った、神出鬼没・原因不明の石化病の実態である。
彼女は前いた世界と同じように、この国が石化の恐怖に震える様を楽しんでいた。だがある時、邪魔者が現れた。どこからか現れた海松という魔道医師だ。
彼は治療・解呪の回復系魔法においては、とてつもなく高レベルの使い手だった。その力で折角石に変えた者たちを、次々と元に戻してしまった。
彼を邪魔者とみなした蛇女は、彼をどうにかここから追い出そうと考えた。人間の姿に化け、当時流れていた噂に便乗して、「自作自演で町から莫大な礼金を強要している」という嘘八百を人々に吹き込んだ。
効果は予想以上だった。これを真に受けた人々は暴徒化し、見事海松を追い出してくれた。おそらく奴はもうこの国にはいないだろう。
くだらない噂一つで、自分たちの希望を自分たちで壊した民衆達。
彼らの間抜けぶりに、彼女は腹を抱えて笑い転げた。そしてまたいままで通り、この国を恐怖に陥れ、享楽に満ちた日々を送った。
だがここに来てまた邪魔者が現れた。あの紺という純人という女である。
最初に新聞で彼女の存在を知ったとき、蛇女は特に何とも思わなかった。純人など、蛇女の故郷には腐る程いる。だがまさかそれがただの人間ではなく、あのような能力を持つものだったとは……
「参ったわね。どうしようかしら」
また以前と同じ手を使おうと思ったが、すぐにそれは無理だろうと結論づける。海松の件があってから、この国の民衆は、おかしな噂には警戒するようになったからだ。
色々考えてみるが、中々良い案が思い浮かばない。
「しょうがない。妾が直に殺しにいくか」
只者ではないと判っている相手に、直接殺しに乗り込む。危険な手だが、それ以外に手段はない。
蛇女は再び小サイズの蛇になり、先ほどの町に戻っていった。
最後の客と思われる患者を治した後、一息つこうと紺は店の中に入った。
もうそろそろ日暮れだ。夜更けに店に上がり込むような奴はいないと願いたいが、念の為に店の扉に「御用がある方は明日の朝になってから」という張り紙をかけておく。
そんな時、家の同居人の一人が、紺に声をかけた。
「えっ!? もう帰るのか?」
「ええ、あなたの力ももう十分理解しましたから」
それは海松だった。二日前からこの店に泊まり込んでいたのである。だが今日になって帰ると言ってきたのだ。
「いつまでもここに住み込んで、僕が海松だということがばれても面倒ですし」
「ああ、仮面の怪しい男っていう点は共通してるからな」
ちなみに海松は滞在中ほとんど外に出ていない。紺の治療中は店の窓からこっそりと眺めていたらしい。尤も、その窓から彼の姿を見た者がいないとも限らないが。
「それに男女がいつまでも同じ家に住んでいては問題ですし」
「私は別に気にしないぞ?」
「少なくとも女性の側は気にしないとダメですよ」
色々と忠告して帰り支度をする海松。それに紺は少し疑問に思っていたことを聞いてみた。
「海松。何であんたは六王国にいたんだ? お尋ね者にしては、顔の隠し方が目立ちすぎだし」
「僕のことを犯罪者だと思ってたんですか……」
少し不満げな表情の海松。実際今来ている装束が怪しすぎることは、本人も自覚していることだが。
「お前の魔法の腕は、猪神の上武士に負けないって聞いたぞ。猪神とかでかい国にいれない理由でもあったのか? ただ病気を治すためだけに、この国に来たのか?」
普通ならこんな田舎にいるような人物ではない。だが彼は迫害を受けて治療を止めた後も、この国に居続けている。
「そうじゃないんです。病気が始まる前から、僕はこの国にずっといました」
「六王国の生まれなのか?」
ここは鬼人ばかりの国。そのため龍人である海松は外国人だと、盲目的に思い込んでいたが。
「いいえ」
違った。では本人が好きでこの国にいるということだろうか? もしかしたら都会の喧騒が嫌いなタイプなのかもしれない。
確かに田舎には田舎ならではの良点もあるだろう。そう思った紺だが、返ってきた答えは大分違った。
「僕や緑天丸が六王国にいるのは、この国は僕たちの主が、最初に訪れた地だからです」
「主?」
「ごめんなさい。これ以上は言えないんです」
近くで傍観していた緑天丸に目を向けている。だがこちらもノーコメントという意思表示を出している。何だか込み入った事情があるようだ。
「とりあえず紺さんも気をつけてください。何だかコソコソとこちらを探っている者がいましたし」
「? あの野次馬達のことか?」
「気づかないということは、まだ鍛錬不足ということですね 明日は仕事中も、もう少し周りの気配に気を配ってみてください」
どうやら本当に不審な奴がいたらしい。前に出てきたチンピラは、気配の消し方も知らない素人だったので、簡単に判った。
だが今回は違うということだろうか?
「まあ、何が出てもこっちは大丈夫さ。何せ私は不死身だからな」
「まあ、確かにそうですね」
店から出ていく海松を、外まで見送る。緑天店は再び二人暮らしに戻った。
「・・・・・・」
店から出てしばらく歩いてから、一度だけ海松が立ち止まり振り返った。
「本当に幸運な娘だ。あの力は、この世の誰もが欲して止まない力だろうに・・・・・・」
それだけ言って、海松は再び歩き出し町を出て行った。




