香織の想い 5
活字に負けることなく、静かに手紙を読み終えた。
「……っ」
もう一度最初から読もうと、眼鏡を一瞬だけ外して両目を強くこすった。
『誠司へ』
昔から香織が書く「誠司」の字が好きだった。
あまり自分の名前に愛着は無いけれど……香織が呼んでくれると「こんな名前も悪くない」と思わせてくれる。
プロポーズが相当嬉しかったのだろうか。
いつもより少し字が躍っていて、言葉の表現がやたら面白かった。
かといって、香織らしさと温かい愛情も感じられて……。
「香織……」
読み見返すほど、香織の気持ちと感情が溢れんばかりに感じ取ってしまって……これには参った。
手紙を胸に抱きしめ、香織の名前を何度も呟きながら泣いていると……。
「誠司くん……」
呼ばれた声に反応すると、香織のお父さんが立っていた。
僕の顔を見て、酷く驚いている様子。
「すみません……香織が……これを……」
「これは……」
香織のお父さんは、アルバムにあった手紙を見たのは初めてだったらしい。
香織のお母さんも呼び、2人で手紙を読み始めた。
冒頭から涙がこぼれ、ティッシュで涙を拭ったり鼻を抑えたり……2人とも終始読むのが辛そうだった。
「香織……そうだったか……」
手紙で香織の本心を改めて知り、何度も涙を拭う香織のお父さん。
香織のお母さんは嗚咽を漏らしながら読んでいた。
その後、香織のお父さんは深く息を吐き、僕のほうに顔を向けて、
「本当に申し訳なかった誠司くん……僕があんなことを言ってしまって……」
『生涯を添い遂げようと捧げた相手が、もうこの世にいないんだぞ』
『君は、平然を保って、突然いなくなった娘を送ることができたかね』
四十九日のあの日……香織のお父さんは僕にそう言葉をかけてきた。
言われたときは、立ち直れそうにない絶望感でいっぱいだったけれど……。
香織のお父さんのほうが、僕とは比じゃないほど辛かったはず。
「僕だって、香織には幸せになってほしかった……誠司くんと一緒になっている姿、この目で見たかった……」
鼻を赤くして、眉を寄せて……とてつもなく苦しい表情をしていた。
「お父さん……前に言っていた香織の夢のこと……覚えていますか?」
僕の問いかけに、香織のお父さんは小刻みに頷いてもらえた。
「見つけたんです、その場所。 完全に一致しているかどうかは難しいですが……ここなんじゃないかって……ぜひ、お見せしたいというか……」
片瀬と会った日、軽井沢で起こった出来事を口にする。
香織のお父さんは目を丸くしながらも、
「あの子がいた場所……行ってみたいな……」
穏やかな口調で返事をしてくれた。
僕にとって、香織は生涯大切な人であり……大切な人の親である香織のお父さんも、お母さんも大切な人だ。
僕ができる限りのことをしてあげたい。
「一緒に行きましょう……必ず」
結婚式の日、香織のお父さんとお母さんに伝えたいことがあった。
残酷なことに、そんな日は決して来ないが……今がそのときだと思った。
「僕は香織に出逢えて、心から幸せでした……香織のことを産んで育ててくれてありがとうございます」
僕の言葉を聞いた後、涙を流しながら笑顔を見せてくれる2人。
香織のお母さんは強く僕を抱きしめてくれた。
「今日は来てくれてありがとう。 またいつでも来なさい」
眉間に皺を寄せながら、笑ってそう言った香織のお父さん。
嬉しい言葉をかけてもらえて、それだけで充分だ。
「はい、また来ます」
香織に見守られながら、香織のお父さんとお母さんに再び会う約束を強く誓った。




