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今宵、図書館で逢いましょう。  作者: さきみやめぐ
第十夜

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今宵、図書館で逢いましょう。

 見慣れた夜の景色。

空を見上げると、星たちがはっきり見えるほど空気が澄んでいる。

季節はいつの間にか冬を迎えていた。


ポケットからスマートフォンを取り出すと、ちょうど片瀬から電話が……。


『お、珍しい。 すぐに出たな!』

「たまたま手に持っていたからね。 どうかした?」

『何だよ。 用がないと電話かけちゃいけないのかよぉ!』

「そういう意味じゃないって」


異様にテンションが高い片瀬。

僕から特に言わなかったが、酒を片手に電話をかけてきたのだろうと思った。


『しょうがないだろ! 俺に恋人なんていないんだから! 電話の相手くらいしてくれよ!』

「ハイハイ、分かったから!」


あまり呂律が回っていない片瀬の姿に、僕はクスクスと笑っていた。


「そっちはどう? 軽井沢は東京より寒いだろ?」

「あぁ、寒いよ。 でも、フラッとスノボに行けるから、そこは良いかな。 明後日にもで行こうと思って」

「いいじゃん。 あ、そういえば関谷くんも冬休みにスノボ行くって言ってたな」

『例の実習生?』

「そうそう。 でも場所は新潟だって」

『そっちか。 野上も新潟で香織ちゃんとスノボ行っただろ?』


片瀬は僕の話を覚えてくれていた。

香織の名前が出てきた瞬間、僕は妙に嬉しかった。


『1回会ってみたいな、その実習生』

「関谷くん、本当に良い子だよ。 片瀬もきっとそう思うよ」

『だろうな。 野上が言うなら間違いなく良い子だろ!』

「片瀬……」


活気に満ちた片瀬の声は、外の寒さを和らげるほど温かく聞こえる。

他愛のない会話なのに、僕の口から思わずこんな言葉が出てしまった。


「……いつもありがとね、片瀬」

『え? いきなり何で?』

「いや、なんか急に言いたくなっただけ」


いつも僕を気にかけてくれてありがとう。

僕と香織を見守ってくれてありがとう。

片瀬には他にも「ありがとう」を伝えたいことが多いので、あえて「急に言いたくなった」と濁した。


『なんだよそれ。 じゃあもう1回言ってくれよ』

「やだよ」

『次はもっと感謝の気持ちを込めて』

「えぇ!?」


その後もグダグダなやり取りが続いた末、片瀬のご希望通り2度目の「ありがとう」を言うことになった。


***


 片瀬との電話が落ち着いたところで、さっきよりも歩く速度を上げる。

白い息を吐きながら、人気のない街道を真っ直ぐ歩く。

今日は普段より荷物が多い。

形が崩れないよう、荷物を慎重に持っていた。


「着いた……寒い……」


どんなに季節が移り変わっても、冬の図書館は依然として何も変わらない。

でも、僕にとっては居心地が良くて安心する場所だ。

今日も1階だけ明かりが点いていた。


背中を扉に押し当てて中に入ると、


「待っていたよ、野上くん」

「こんばんは」


優しい声で迎えてくれたのは月岡さんだった。


「わぁ、すごい! これ月岡さんが用意してくれたんですか?」


いつもは殺風景な壁面が、色鮮やかな風船の飾りが綺麗に並んでいた。


「せっかくやるなら、雰囲気から入ったほうがいいかと思って。 香菜子さんには飾り付けのことは許可もらっているから安心して」

「いいですね!」


今日は結翔くんの誕生日をやるために集まった。

時間は遅いので、主役の結翔くんは来ないのだが……。

香菜子さんには来てもらえればということで、僕と月岡さんで準備をしていた。


「あ、ケーキここでいいですか?」

「うん、ありがとうね。 どんなケーキにしたの?」


僕は仕事の帰りにケーキを買い、図書館に持ってきた。

そっと机にケーキを置く。


「4号サイズで、ガトーショコラにしました」

「お、いいね!」

「僕も飾り付け手伝います!」


僕も月岡さんのフォローに入った。


ふと視線をやったとき、雑誌コーナーの中が変わっていた。

その中には、愛花さんが表紙を飾った雑誌も……。


「あ、愛花さん」


雑誌を手に取ると、以前よりもカッコイイ姿をした愛花さんが写っていた。


「そうだ。 三木愛花が出るハリウッド映画の予告が解禁されたの知っている?」

「見ましたよ。 予告だけでも豪華でしたね」


たった30秒の予告動画だったが、作品の世界に引き込まれそうな勢いだった。


「もし日本でも公開したら、一緒に見に行かない?」


思いがけないお誘いに驚いたが、とても嬉しかった。


「僕でいいんですか?」

「もちろんだよ!」


目がなくなるほど笑う月岡さん。

愛花さんの映画、日本でも見られるようになるといいな……。

そう思っていると、


「2人おいででしたか。 って、これ……」


やってきた香菜子さんは、壁の装飾だけでなく、机に置かれたケーキとお菓子にびっくりしていた。


「香菜子さん、お待ちしていました!」

「あ、結翔くんもいる!」


香菜子さんの腕には、ニコニコ笑う結翔くんもいた。


「さっきまで寝ていたんですけど、結局起きちゃって。 なかなか寝ないので連れてきちゃいました」


あれから香菜子さんは、おじいさんの相続や遺品整理を少しずつ進めたようで、引っ越しも年内に決まったそうだ。

週に一度会うたび、香菜子さんの表情が穏やかになっていく姿に、僕はホッとしていた。


「ちょうどよかった! あとで食べられたらと思って、結翔くんが食べられそうなお菓子も持ってきました」

「まぁ、こんなに用意してもらって……ありがとうございます!」


香菜子さんは結翔くんの顔をそっと覗き込み、


「今日くらいはちょっとだけ夜更かししよっか。 ねぇ、結翔。 いっぱいお昼寝したもんね」


香菜子さんに笑顔を返す結翔くん。

最近は少しずつお喋りするようになり、成長を毎回感じさせられる。


「月岡さん、これもプレゼントですか?」

「うん。 1歳くらいだと、こういうので遊び始めるかなと思って」

「すごく嬉しいんですけど、こんなにたくさんいいんですか?」

「いいんですよ! 僕にとって結翔くんは孫みたいなもんだから」

「さすがに孫は言い過ぎじゃないですか!」


香菜子さんは大笑いしているが、月岡さんの心理は何となく理解できる。

僕もケーキの他に持ってきたものをゆっくり出した。


「あの……月岡さんのほどじゃないんですけど、僕からも……」

「えぇ! 誠司さんまで! ありがとうございます!」


ここまで豪華になってしまうとは、香菜子さんも予想していなかっただろう。


「よかったね結翔。 ありがとうって2人に言えるかな?」


喃語を少し喋りながら、笑顔で拍手する結翔くん。

まるで本当にお礼を言ってもらえたようだった。


「か……かわいい……」


おじさん2人は、いつもこうやって結翔くんに癒されていた。


「そうだ! 遼くんから手紙が届いたんですよ!」


カウンターの引き出しから、1通の手紙を持ってきた香菜子さん。

丁寧にハサミで封を開けていき、手紙の内容を月岡さんに読んでもらった。


そこにはアメリカ生活でのこと。

遼くんの英語が一向に上達しないこと。

心臓の手術のこと。

街中で愛花さんの撮影現場に遭遇したこと。

どれも濃いエピソードばかりで、読みながら笑っていた。

まるで遼くんも図書館にいて、直接話してもらっているような感覚だった。


「遼くんは手術が上手くいって……愛花さんは無事にハリウッド女優となって……本当に良かったですね」


遼くんの手紙を読み終えた後、ケーキとお菓子を食べながら3人で談笑する。

僕の呟きに、月岡さんと香菜子さんも同感してくれた。


「2人がもし日本にいたら、図書館に来てくれましたかね?」


ふと、月岡さんはこう話題を振ってきた。


「来てくれそうですね。 愛花さんはお仕事で来られない可能性もありそうですけど、前向きに考えてくれそうですし……遼くんは確実に来ますね」


穏やかな笑みを浮かべながら、香菜子さんは僕が淹れた紅茶を飲んでいた。

香菜子さんは初めて紅茶を飲んでから、アップルティーを気に入ってくれた様子。

図書館はコーヒーと新たに紅茶が置かれるようになった。


「そしたら賑やかですね。 きっと」


仮にそんなことが実現したら、プレゼントは愛花さんの1人勝ちになりそうだ……想像するだけでとてもワクワクしていた。


「でも、私は今のままでも充分嬉しいです」


微笑む香菜子さんはそう言って、僕と月岡さんに目線を合わせてきた。


「美佳子さんと香織さん……弘樹も……今日ここに来てくれているんじゃないかって思います」


香菜子さんの一言に心が打たれた。

思わず月岡さんと目が合ってニコリと笑う。


もし今も香織が生きていたら……。

僕と一緒になって図書館についていくだろうし、結翔くんを「抱っこしたい!」と言い出すだろう。

おまけに、ケーキとお菓子を誰よりも美味しそうに食べている姿が想像つく。

……考えるだけで涙がこぼれそうになった。


「そうですよ。 一緒に祝っていますよ」

「結翔くんはみんなに愛されていますから」


僕と月岡さんは、香菜子さんの言葉をしっかりと受け止めた。


美佳子さんなら、温かい眼差しで結翔くんを見守るだろうし……。

弘樹さんも、息子が1歳を迎えた姿はきっと嬉しいはずだ。

忘れてはいけないのが、香菜子さんのおじいさんとおばあさん。

お2人もひ孫の成長に目を細めているだろう。

ここにいる人たちみんなが笑顔で過ごしている。


「今日は楽しみましょう!」

「正確には『今日も』楽しみましょう!」

「ここ、一応図書館なんですけどね」


公共の場である図書館で、あり得ないことをしている僕ら。

コーヒーや紅茶を飲み、ケーキとお菓子を食べて、賑やかに喋って……。

深く傷つき、たくさん涙した夜を過ごしたけれど。

この図書館で思いを共有し合い、色んな偶然と奇跡があって今ここにいる。

たとえ届かない思いがあったとしても、この場所でなら伝えられる……。


だから今宵も、愛する人に図書館で逢いましょう。


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