香織の想い 3
そんな中、香織のお母さんは何かを思いついた素振りを見せる。
「そうだ。 香織が家庭教師をしていたときの教え子さんに会ってね……」
今の一言で「関谷くん」だとすぐに分かった。
「誠司くんの名前を知っていたけど、お互いに会ったことはないでしょう?」
「関谷くんですよね?」
「そう! 関谷くん! でもどうして……」
「実は、偶然にも僕の勤め先に実習で来たんです」
予想外の返事に、香織のお母さんはかなり驚いていた。
「会ったことは一度もなかったので、最初は気づかなかったんですけど。 色々と話を聞いたら、香織が家庭教師をしていたときの教え子だって関谷くんから教えてくれて……」
「まぁ……そうだったの……」
僕もまさか、香織を知っている関谷くんと繋がるとは夢にも思わなかった。
いまだに驚いている香織のお母さんに、あるものを見せる。
「これ、薬局で関谷くんと撮った写真です」
スマートフォンを渡すと、香織のお母さんは笑みを浮かべて、
「良い写真ね! 2人とも白衣がすごく似合っているわ!」
香織のお母さんはしばらくの間、宝物を扱うように写真を見つめていた。
スマートフォンを返してもらった後、香織のお母さんは穏やかな表情でこう話した。
「関谷くんとお会いできて、本当に良かったなと思って……時間はかかっちゃったけれど、関谷くんと会ったことで、誠司くんに会いたいって思ったの」
紅茶を飲む香織のお母さんの姿が、香織にどことなく似ていて……。
両手でカップを持ち、ゆっくりと飲む姿が懐かしかった。
「まさか誠司くんと同じように、薬学部の大学に進学するとはね。 しかもよりによって、2人がこんな形で巡り会うとは……本当にびっくりしたわ」
「香織が僕たちを引き合わせたんじゃないかって関谷くんと話していました」
香織のお母さんも大きく頷いて笑ってくれた。
「とても聡明で感じの良い子ね。 きっと誠司くんみたいに、良い薬剤師さんになるんじゃないかしら」
「僕なんて全然……でも、関谷くんは本当に良い子です!」
香織に勉強を教えられ、僕に仕事を教えられた関谷くん。
内容は違えど、香織と同じく「関谷くんを教えること」に携われたのは、今となっては本当に良かったと思っている。
そして、関谷くんと過ごした時間の中で、ふと感じたことを思い出す。
「関谷くんに会って思いました。 僕には知らない、香織の姿が他にもあるんじゃないかなって……」
香織と出会う前のことや、学生時代の香織とか……。
ましてや、目の前にいる香織のお母さんのほうが、香織のことをたくさん知っているはずだ。
「そうね。 私は家にいるときの香織は見てきたけれど、学校にいるときの香織はちゃんと知らないわ。 何なら、誠司くんといる香織のことも……」
「え、そうですか?」と笑って返事をする。
僕といるときの香織は、結構可愛……。
「あ、でもね。 誠司くんが遊びに来てくれたときの香織はね……結構デレデレして……ああいう香織は新鮮だったけれど、見ているこっちが恥ずかしくなっちゃって……」
思い出し笑いをしながら、香織のお母さんは手で顔を隠していた。
「なんか……僕まで恥ずかしくなってきました……」
「ふふっ……そうよね!」
ひとしきり笑った後、香織のお母さんは真剣な表情で僕に尋ねてきた。
「香織は結構、自分の恋愛を家族にもオープンだったけれど……誠司くんは負担じゃなかったかしら?」
「え?」
「私とお父さんは、誠司くんを息子のように思っていたから、家に来てくれるのは嬉しかったけれど……ふとしたときに、誠司くんに気を遣わせているかなとも思って……」
思いがけない話に少し戸惑ったが、呼吸を整えた後、僕はゆっくり口を開いた。
「確かに緊張はしていましたけど……お父さんとお母さんがすごく温かく迎えてくれたので……それに甘えてお邪魔させていただいていたというか……」
人に気を遣うのは、もはや性分になっている。
ただ、香織の両親は僕の気遣いを上回るぐらい優しく接してくれた。
夕食をご馳走になったり、バーベキューや花火を一緒に楽しんだり……。
実家が遠い僕にとって、香織の実家は僕にとっても有り難い居場所だった。
「そう? 無理して言わせてないかしら?」
「本心です! それから……嬉しかったです。 『息子のように思っていた』って……ありがとうございます」
香織のお母さんに目を合わせると、ニッコリ微笑んでくれた。
すると、香織のお母さんは目線を下にして、小さく話し始める。
「『会うのを控えたい』ってお父さんから誠司くんに言ったらしいけど……お盆期間にも連絡が無かったから……」
「あ……」
四十九日のあの日、香織のお父さんと話したことを思い出す。
「お父さんにそう言われたら、誠司くんは連絡を取らないようにしようって気を遣うわよね……。 誠司くんも辛いのに……本当にごめんなさい」
お盆期間はどうするべきか、何度も頭によぎったが……。
お父さんの言葉が解かれないままでは、どうしても行けないと思い、連絡すらできなかった。
「お父さんは何も悪くないです。 それに、お盆はやはり行くべきでした……僕こそ本当にすみませんでした……」
香織のためにも、お盆の間にお線香はあげるべきだったが……。
その一方で、親戚や知り合いが集まる中、僕はまた葬式や四十九日のときみたいに何もできなかったかもしれない。
今日だって、初めて仏壇を見たとき、ショックな気持ちが大きかった。
「誠司くん、謝らないで……」
香織のお母さんにそう言われ、僕は頭を上げた。
「私は……誠司くんに会えたのが今日で良かったと思っているの。 だからそんな風に申し訳ないって思わないで」
僕の欲しい言葉をくれる香織のお母さんに、小さく「はい」と返事をする。
そして、香織のお母さんは仏壇のほうに視線を向けた。
「初盆は色んな人が来てくれてね。 あの子はこんなにも人に恵まれたんだと思ったけど……一人一人とゆっくりお話ができなかったの」
告別式や四十九日でも、香織に会いにきた人たちは多くいた。
初盆もきっとそうだろうと僕も想像できる。
「だからね、この前は関谷くんと、今日は誠司くんと……あの子の話ができて……涙は出ちゃうけど、やっぱり嬉しい」
「お母さん……」
「自分の子供のことを覚えていてくれたり、褒めてくれたり……そういう話を聞くと、親はやっぱり嬉しいから」
涙を堪えながら紅茶を飲み、香織のお母さんはそう言ってくれた。
「僕も関谷くんから香織の話が聞けて嬉しかったです。 それから、同期と僕の上司からも香織の話を……」
「え? 誠司くんの上司も?」
「はい。 薬局長なんですけど……」
潤んだ目を擦り、香織のお母さんは前のめりで僕に耳を傾けてくれた。
「僕が出勤してない日に、香織がこっそり薬局に来たことがあって」
「誠司くんがいない日に?」
「そうなんですよ。 花粉症の薬を貰うついでに、僕の仕事場を覗きに……」
「やだ、あの子ったら!」
薬局長からクロワッサンを貰い、香織の話を聞かせてもらった日のことを余すことなく話していった。




