表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
今宵、図書館で逢いましょう。  作者: さきみやめぐ
第九夜

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
95/101

香織の想い 1

 人生、何が起こるか分からない。

他人のことは勿論、自分の将来すらどうなっていくか。

1年先のことが分からなければ、今日1日をどう過ごすかも分からない。

電車に揺られている今や、1分後の自分のことも……。

なんてことを考えながら、電車の窓から外を眺めていた。


「次は戸塚、戸塚」


車内アナウンスで、次の停車駅が戸塚だと耳に入ってきた。


時刻は正午を過ぎた頃。

空は雲がほとんど無く、すっきりとした秋晴れだった。


季節は順調に変わっていて……隣に香織がいないということも、変化の1つに入るだろう。

嬉しい変化もあれば、悲しい変化もある。

たとえ道理を理解していても、僕の心はどう頑張っても晴やかではなかった。


戸塚の先は、香織とよくデートしに行った鎌倉がある。

一瞬、香織と過ごした鎌倉の思い出が脳裏に浮かんだが……。


「戸塚、戸塚、ご乗車ありがとうございました」


車内アナウンスに声をかけられるように、僕は電車から降りた。


駅からタクシーに乗り、数分後には香織の実家に到着した。

初めて香織の実家へお邪魔したときのように、緊張で体がこわばる。


「……っ」


インターホン前で人差し指を出せず、拳の状態でためらっている僕。

ここまで来たというのに、怖いという気持ちもあった。

インターホンを鳴らした後、どんな顔で、どんな言葉で、香織のお母さんに向かい合ったらいいのか……想像がつかなかったから。


香織のお母さんと会うのは、四十九日のときが最後。

しかもあの日は、香織のお母さんとは会話すらできなかった。


「……はぁ……」


深い溜め息をついていると、玄関が突然開いた。


「……誠司くん」


中からお母さんがやって来た。

いきなりの登場に、とても驚いた顔をしてしまった。


「お母さん、どうして……」


インターホンを押していないのに、僕が家の前にいると分かって出てきたのか不思議だった。


「もう着く頃かなと思って、2階から外を見ていたの。 そしたら、インターホン押すのに時間かかっているから、気になってつい……」


元から肌が白い香織のお母さん。

前よりも血色が無いように感じるが、四十九日のときより表情は穏やかだった。


改めて顔を見ると、顔のパーツのほとんどが香織とよく似ている。

僕の目をじっと見つめたまま扉から離れ、僕の近くに寄ってきて、


「よく来たね……」


目を細め、言葉を溜めながら僕の両腕を包んでくれた。

高坂家の人はみんなそうなのか……感情を込めて言葉にするとき、眉を寄せた顔をする。

香織のお母さんも眉を寄せていた。


「来るのに時間がかかってしまって、すみません……」


無意識のうちに、言葉と共に涙が出てくる。

お母さんが香織じゃないのに、まるで香織に言ったみたいだった。

何度も頷いた後、目にいっぱい涙を溜めて呟いた。


「おかえり」


お母さんもまた、まるで香織が実家に戻ってきたかのように、僕にそう言ったのだった。


「はい……ただいまです!」


鼻をすすりながらお互いに笑い合う。

僕の背中に手を当て、中に入るように促してくれた。


香織と一緒に来たときと変わらない……室内の温かい雰囲気にホッとする。


「あまり掃除ができてなくて……ごめんなさいね……」


香織のお母さんはそう言ったが、僕はまったく気にならなかった。


リビングの場所は分かるので、戸惑うことなく廊下を歩いていく。

ところが、リビングに入った直後、体が凍りついた。


「ぁ……」


溢れんばかりの笑顔で写る香織の遺影と、真新しい仏壇が待っていたのだ。

あぁ……本当に本当なんだな……。

初めてみた光景に、後退りしそうになった。

すると、後ろにいた香織のお母さんがさっきと同じように、僕の両腕を優しく包んで、


「お線香、あげてきて……香織、すごく喜ぶから……」


穏やかな口調で僕に言ってくれた。

声が出なかったので、代わりに大きく頷き、一歩ずつ正面に進む。


仏壇の目の前に行くと、重力に従うようにストンと膝を曲げる。

そして仏壇には、たくさんの物が置かれていた。

いちご味の飴。

アロマオイルが入った数種類の瓶。

紅茶を淹れるのに実家で使っていたティーセット。

仕事で必ず手にしていた淡いピンク色の手帳とペン。

ピンクゴールド色の腕時計。

ケーキの中で1番好きだと言っていたミルフィーユ。

アルバムらしき本が何冊も……。


「あの子が好きな香りにしようと……ラベンダーのお線香を使っているの」


香織のお母さんは、後ろから僕にそう教えてくれた。

確かに、香織は特にラベンダーを好んでいて、ハンドクリームやボディクリームなどラベンダーにこだわっていた。


「香織……なんて名前付けたから匂いにうるさい子になったのかしらね」


香織と香り。

そのやり取りを香織としたことを思い出す。

僕は少し肩を揺らして笑っていた。


「どうかした?」

「……よく香織にお茶を淹れてもらっていたんです。 僕が『いい香りだ』って感想言うと、香りと香織を掛けてダジャレを言ってくるのがお決まりで。 今でも思い出すとくだらないな……って」


「あの子らしい」とウケていた香織のお母さん。

すると、笑いながら何かを思い出したようだった。


「それじゃ、クラリセージの話は聞いている?」


聞き慣れないカタカナに耳を疑う。

思わず香織のお母さんがいる後ろを振り返った。


「初めて聞きました……クラリセージってなんですか?」


香織のお母さんも仏壇に近づき、置かれた精油の瓶を1つ取って僕に見せてきた。

瓶の側面には「クラリセージ」と書かれている。


「香織はこの『クラリセージ』を誠司くんだって言っていたわ」


香織のお母さんは笑い交じりにそう言った。

話を聞いた僕は、


「ダジャレですよね……『誠司』とクラリ『セージ』で……くくっ……」

「ふっ……」


2人で一緒に吹いてしまった。


「香織が大学2年生の頃かしら。 香織が私に『ラベンダーよりもクラリセージが好きかも』って突然言い出して……」

「いきなりですか……」


僕と一緒にいるときも、香織はよく突拍子もないことを言ってくる。

香織が妙なことを言ったとき、香織のお母さんはすごく困惑しただろうと思った。


「確かその時、アロマ検定の勉強をしていたから、単なるその話かと思ったの……でもあれは、誠司くんに一目惚れしたってことを言いたかったのでしょうね。 『誠司』と『セージ』って、しょうもないでしょ?」


何故だろうか……笑っているのに涙も一緒に出てくるのだった。

くだらないギャグに笑っているのか、それとも無性に香織が恋しいのか。


「すみませんお母さん……」


涙が止まらない自分が情けなくて、口ではそう謝った。

香織のお母さんは僕の背中をさすり、再び言葉をかけてくる。


「クラリセージの花言葉、知っている?」


初めて聞いた植物の名前で、当然知っている訳がない。

涙が流れてくるので、首を横に振るのが精一杯だった。

香織のお母さんはにっこりと微笑んで、


「『永遠にあなたのもの』っていう意味なんですって」

「え……」


涙を目に溜めて、花言葉の意味を噛みしめながら僕に教えてくれた。


「あの子はね……貴方のことが本当に大好きだったの……心の底から愛していたの」


涙がどうにも止まらない僕を抱きしめて、力強く言葉を掛けてくれた。

僕も同じことを思っているのに……。

「愛している」って直接言いたいのに……もう伝えられない。


「まずはお線香あげて……誠司くんに話したいこと、聞きたいことが山ほどあるの。 今日は誠司くんと一緒に、香織の話でいっぱいにしたいの」


香織のお母さんの言葉が、深く刺さるように響いたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ