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今宵、図書館で逢いましょう。  作者: さきみやめぐ
第九夜

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香織エピソード 2人の気持ち

 去年の春頃。

僕と香織は神奈川方面へ向かう電車に乗っていた。


「おぉ! いつ見ても感動!」


僕は目を輝かせ、外の景色を見ていた。

左右を走るのは、普段見かけない路線の電車だ。

地味に鉄道好きな僕にとって、思わずワクワクしてしまう光景だった。


「へぇ、よかったね!」


隣にいた香織はニヤニヤと笑っていた。


「なんか面白かった?」

「いやぁ、なんだか子供を連れてきた親の気分ってこんな感じかなと思って」


口元を手で抑えて笑う香織。

その手の薬指にふと目がいった。

控えめに光る指輪が、僕の心臓をドキンとさせる。


そうだ……今は電車を見てテンション上がっている場合じゃなかった……。

体の向きを正面に戻し、深く深呼吸する。


「ふぅ……」


香織と同棲を始めてから数年が経ち、香織の実家へ遊びに行く機会が増えた。

今日も目的地は香織の実家なので、いつもと同じ電車に乗っていると、恒例のバーベキューだと錯覚してしまう。


「やっぱり緊張しているでしょ? 大丈夫?」

「……そりゃまぁね……いざ改まってとなると緊張するよ」


この日は結婚の許しを香織の両親に得る日。

つまり「娘さんを僕にください」と真面目に伝える重大な日だった。


何度も家にお邪魔させてもらって、2人からは常に温かく歓迎されているが……。

とにかく今日はビシッと決めなければ!


「なんか私まで緊張してきた……」


僕の緊張が香織にも伝わってしまった様子。


「香織はいつも通りでいいんだよ。 緊張するのは僕だけでいいから!」


香織と話していると、電車はいつの間にか橋を渡っていた。

「神奈川に近づいてきた」と思った直後、喉の渇きを急に感じる。


「飴、よかったらいる?」


香織が僕に見せてきたのは、いちごの味がする飴玉。

香織の鞄の中に常備されているものだ。

口の中がカラカラで、気持ちを切り替えたかった僕は、お礼を言って貰うことにした。


「……」


飴を口の中で転がしながら「ちょうど良い甘さだな」と思っていた。

優しく溶けていく飴が、凝り固まった緊張をほぐしていく……。

そして、香織も飴を口に放り込んでいた。


「んふ……おいひ……」


口角を上げて、美味しさに浸っている香織が可愛いなと思っていた。

僕の視線に気付いた香織は「ん?」とだけ言って、首を傾げている。


「ううん、何でもない」


香織って……俗に言う「あざとい」ってタイプの人?

それとも天然?

どっちでもいいけど、結局ズルいよなぁ……。


「なんか考えている?」


勘が鋭い香織は、僕の目をじっと見つめてくる。

目力のある人に視線を注がれると、こっちは焦ってしまう。


「な、何でもないよ!」


香織は「ふぅん、そっか」とだけ言い、電車が走る音しか聞こえなくなった。


香織と無言で過ごす時間は苦に感じない。

飴が小さくなるのを待ちながら、窓からの景色をぼんやり見つめていた。


すると、香織は鞄をゴソゴソと探り出し、ポケットティッシュを取り出す。

鼻詰まりかと思ったら、舐めていた飴をティッシュに丸めていた。


「香織? どうしたの?」


香織が大好きな飴を最後まで食べないなんて……何かあったのだろうか。


「誠司。 確認なんだけどさ……本当にいいの?」


言葉が足りなさ過ぎて、一体何を聞きたいのか理解が追いつかなかった。


「本当にいいって、何のこと?」

「何って、私と結婚なんてして……」

「え!? いきなりどうして?」


思いがけないことを言われたので、体ごと全部香織の方へ向いた。


「結婚しちゃったら、他の女の人と恋愛できなくなるし……仕事以外、ずっと私がいるんだよ? 飽きない? 大丈夫?」


一瞬、香織が冗談でそう言ってきたと思った。

しかし、香織本人は大真面目に話している。

その証拠として、眉間には2本の縦線……皺を深く寄せていたのだ。

ここで僕がブレてはいけないと思い、僕も香織に問いかけた。


「じゃあ、香織にも同じこと聞くけど……結婚したら、僕以外の男と恋愛できないし、何をするにも僕がいるよ? それでも……」

「私は誠司以外ってこと、絶対にないから」

「!」


香織からの即答に心臓が高鳴った。

7年付き合っている今でも、こうしてときめいている。


「僕も同じだよ。 今までだってそうでしょ? 僕、浮気なんてしたことないよね」

「そうだけど……誠司、すごく優しいし、たまにちょっとカッコいいところあるし……」


カッコイイのは「たまにちょっと」なんだ……って、本当は少しがっかりしたけれど。

香織の照れ隠しだと言い聞かせて、僕は次の質問をした。


「香織は僕のことが心配なの?」


今度は僕がじっと見つめたせいか、耳まで赤くなった香織。


「誠司は……自分の魅力……ちゃんと分かってないから……心配……」

「香織……」


愛嬌のある香織こそ、他の男から言い寄られていそうで、僕ばかりがヤキモチを焼いていると思っていたが……。

香織は香織でそんなことを思っていたとは予想外だった。


「顔、上げてごらん」


俯いていた香織は、そっと顔を上げて僕の目を見てくれた。

不安げな表情の香織を見て、思わず微笑む。

それと同時に、香織の眉間の皺を人差し指で伸ばした。


「そんな顔しないの。 可愛い顔が台無し」


不意打ちに「可愛い」と言われた香織は、ちょっとびっくりして体が固まっている様子。


「僕だって心配。 香織、お世辞抜きで本当に可愛いから」


結論、僕も香織と同じ気持ちだったってこと。

そのことが分かった香織は、ホッとしたような表情を浮かべた。


束縛みたいに聞こえちゃうから、香織に言わなかったけれど……。

「婚約指輪を付けていなかったら、香織が他の男に取られちゃいそう」っていう思いが正直あるんだけどね……。


香織の小さな手に、自分の手を重ねる。


「誠司……」


少しは香織の不安を拭えただろうか。

乗客が少ないのをいいことに……。

そっと香織にキスをした。


「……もうこの話はおしまいね」


香織には微笑んでそう言ったが、恥ずかしさのあまり汗がしばらく止まらなかった。

一方の香織は口を手で覆い隠し、顔全部を真っ赤にしたまま黙り込んでいた。


何はともあれ、気持ちをちゃんと再確認できた僕ら。

香織のご両親に会う緊張感も、一時だけ忘れることができたのだった。

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