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今宵、図書館で逢いましょう。  作者: さきみやめぐ
第八夜

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香菜子エピソード 託された命 4

 通院から1週間後、私は突然父に呼び出された。


「お見合い……ですか?」


机には見知らぬ男性のお見合い用の写真があった。


「大学を卒業したら、その男と結婚しろ」


写真で見てもわかるくらい、私よりもはるかに年上。

見た目も弘樹とはかけ離れた人だった。


「相手の資産は数百億円らしい。 会社をいくつも経営していて、年収も億単位だ」


見合い相手について淡々と話す父。

相当な金持ちらしいが、まったくもって魅力を感じなかった。


「相手は『就職先に勤めていてもいいし、入社を辞退して専業主婦になってもいい』と言っていた」

「……」

「専業主婦って……三食昼寝つきでもいいなんて最高だな」

「……」


父の話を聞いてイライラしていても、私は今まで反発することなく黙っていた。

ただ、今日は違う。

自分の下腹部を左手に添えて、私は父に言葉を返す。


「仕事はとっくに辞退しました」

「は?」

「仕事をする意味がなくなったので」

「仕事する意味?」


深いため息を吐き、


「弘樹との将来を考えて、大手企業に就職したんですけど……今となっては無意味ですから」

「何だと?」


私の一言に、父は目の色を変えて声をあげる。


「お父さんに話しても無駄でしたね。 弘樹を追い詰めたのはお父さんですから」

「なっ!」


父は顔を赤くして詰め寄ろうとするが、私は声を荒げて反論した。


「私が知らないとでも思いましたか? 弘樹の勤め先に圧力かけて、経営不振にさせたって。 私との交際を阻止するために、弘樹をリストラさせて精神的に追い詰めたのでしょう? 深夜までバイトの掛け持ちを始めた弘樹は、お母さんを看取ることができなかったんですよ!」


過去に弘樹が「交際を認めてほしい」と頭を下げたとき、父は「仕事で出世したら認めてやる」と言い放った。

そこで弘樹は仕事で成功しようと、必死に頑張っていたが……。

徐々に評価されていく弘樹を見た父は、最終的に手を打ったのだった。


「お前があの男と一緒になるくらいなら、あの男を消したほうがマシだ。 それに、あの男が自ら死を選んだなら好都合だ」


同じ人間とは思えない……どこまでも最低だった。


「学歴や地位名分がそんなに重要ですか? そこまでしてまで、見合い相手のお金が欲しいですか!?」


私の叫びを聞き、その場に母も駆けて来た。


「あぁ欲しいさ! 見合い相手がウチより金を持っていたら、ウチは一生困らないだろ! 学歴だってあの男と比べ物にならないくらい申し分ない! 娘なんていらないと思っていたが、こんな金持ちに嫁がせられるならいいじゃないか!」


狂った父を見て、私は隠し持っていた一言を言い放った。


「結婚は無理です。 お腹に弘樹との子供がいるので」

「は?」

「どういうこと? 香菜子、お腹に子供がいるって……」


目を見開く父と、困惑する母。

私はそのまま続けた。


「いつもの生理不順かと思ったら、妊娠していたんです。 お医者さんにはもうすぐ安定期に入ると言われました。 相手は弘樹しかいないので」


今までの吐き気はつわりだった。

さらに、お腹があまり出ていなかったことで、妊娠に気づかなかったのだ。


「あの男との子供だと? よくもそんな真似を!」


父に頬を思いっきり叩かれ、私はその衝撃で倒れそうになる。

幸い、椅子に手をつけて転ぶことは阻止できた。


「この親不孝者が! よくもあの男の子供を妊娠しやがって!」


父の暴れ様に、母は珍しく「あなた、それはちょっと」と止めに入ろうとするが、


「お前は黙っていろ! いいか、何が何でも子供はおろせ! 絶対だ!」

「!」


父の非情な発言に、体が硬直した。

前から思っていたが、今回のことで完全に痛感する。

この親には、何を言っても理解してもらえない……。


「嫌です!」


気に食わなかった父は、私の襟を強く掴んできた。

もはや親子の喧嘩ではない。


「あなた、やめてください!」


父の肩を持って引き離そうとする母だが、父は母を振り払った。

一瞬手が離れた父だが、さっきよりも私の襟を強く握ってくる。

まるで、首を絞められているようだ。


「お前みたいなやつが、子供を育てられる訳ないだろ!」


目の前にいる父は、血が繋がった娘であろうと容赦しない。

その気になれば、本当に人を手にかける……。

とっさに自分の手にお腹を添えた。

この子は絶対に私が守らないと……そう思っていると、


「いい加減にせんか!」


低い声でそう言ったのは、杖をついた祖父だった。

祖父のただならぬ雰囲気に、父は焦った顔を見せる。


「口の悪さは私に似たが、お前の言葉と行動は人とは思えないな!」


怒鳴り声をあげた後、祖父は私に近づき「大丈夫か」と声をかけてくれた。

祖父が来たことで、私は安堵の涙を流す。


「今日はお前たち夫婦に言っておきたいことがある。 私が死んだら、遺産はお前や娘に遺産を一銭もやらないと決めている」

「えっ?」


「絶望」を象徴するような顔をした両親。


「遺産はすべて香菜子にやる。 まして、香菜子に子供がいるなら尚更だ」

「お義父様はご存じだったのですか、香菜子の妊娠を……」

「お父さん、こいつはあの男の子供を身ごもっているんですよ?」

「だから何だっていうんだ」


必死に反論する両親だったが、祖父に返されては一生勝てない。


「私はお前たちと違って、金や学歴で人を選ばない。 むしろ、お前たちなんかよりも弘樹くんのほうが利口な人だ!」

「おじいさん……」


弘樹のことを良く言ってくれるだけで、ぼろぼろと涙が出てくる。

お腹の子供にも「あなたのお父さんはとても素晴らしい人だ」と胸を張って言える気がした。


「お前……図書館で弘樹くんが自殺したこと、公にしないように隠したんだろう」

「!」


父は体全身に汗をかき、祖父の言葉に震えていた。


「全部お見通しだ。 図書館で自殺のことが知れ渡ったら、お前の悪事もバレるからな」


弘樹の死については、裏で調べた祖父から聞いていた。

父がやったことを思い返すたびに、はらわたが煮えくりかえりそうだ……。


「お前のやったことは決して許されない。 仮に私が死んでも……」


祖父は父の耳元に近づき、


「お前の孫が、一生をかけてお前を恨むだろうからな」

「ひぃっ……」


祖父の耳打ちが聞こえなかったが、父は膝から崩れ落ちた。


「遠回しに人を死に追いやったヤツに、遺産をやるなんて馬鹿げているだろう。 覚えておけ! お前は香菜子の大事な人を、お腹の子の父親を殺したんだぞ!」


両手で頭を抱え、父は「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」と泣き叫んだ。


狂い叫ぶ父を介抱しようと母が近づく。

だが、父は母を拒絶するように手を振り払った。


「……」


親子関係どころか、夫婦関係もとっくに冷めきっている父と母。

愛情の欠片すら感じない2人を見て、私は覚悟を決めた。


「お腹の子を守るために、私はもっと強くなって……弘樹の分まで愛情を注いで……」


弘樹の名前を出すと、どうしても涙が溢れてきてしまう。

でも、自分の信念を貫くためには、ここにいてはいけない。


「この子を育てていきます。 だから、2人とは縁を切ります」

「香菜子……」


私の発言に、なぜか母は目を潤ませていた。


「あなたたちは私の大事な人と、子供の父親を奪いました。 何があろうと一生許せません」

「……」


黙っている両親だが、私は自分の言葉を止めなかった。


「それと、今はおじいさんの体が心配なので、これからはおじいさんの家に住みます。 今後は私とおじいさん、そして子供には一切頼らないでください」


一番考えられるのは、両親に金を無心されることだった。

父は隠しているが、数千万円の借金をしている。

お金に不自由がなかった母も、金銭に余裕がなくなればあり得る話だ。

自分ならまだしも、生まれてきた子供に危害を加えられたら耐えられない。


「話は以上だ。 これ以上、香菜子の将来に口出しするな」


祖父がそう言い放つと、私と祖父は両親を残して部屋を後にした。


両親に対する怒りと、自分の覚悟をはっきり伝えたのに……。


『両親をどんなに責めても、弘樹は帰ってこない』

『この子を生んでも、弘樹はこの子に会えない』


私がどんなに頑張っても、現実は変えられない。

祖父の家に着くまで、私の涙は止まらなかった。

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