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今宵、図書館で逢いましょう。  作者: さきみやめぐ
第八夜

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香菜子エピソード 託された命 3

 私がトイレにいる間、祖父と遼くんはこんな話をしていた。


「おじいさん。 1つ聞いてもいいですか?」


祖父は小さく頷いて「なんだ?」と返事をする。


「死ぬことって、怖くないですか?」


真面目な顔で質問する遼くんを見て、祖父も少し黙ってから口を開いた。


「昔は怖いと思っていた……それに、自分が弱っていくことが嫌だから『死んでたまるか』とかも思っていたな」


祖父の話に納得するように、遼くんは頷きながら聞いていた。

遼くんが生まれつき心臓疾患を持っていて、何度も入退院を繰り返していたことは祖父も知っている。

だからこそ、遼くんへの回答には慎重だった。


「だけど今は違う。 あの世に行けば、ばぁさんにまた会えるって思うようになった」


お見合い結婚が主流だった時代、祖父母は恋愛結婚だった。

お互いに愛し合っていた2人を見ていた私は、その関係がとても羨ましいと思っていた。


「香菜子さんのおばあさん、とても優しい方でしたよね」


遼くんも私の祖母と面識があり、昔のことを思い出した様子。


「……ただ、今の状況ではばぁさんに会わせる顔が正直無いな」

「え?」

「他でもない。 香菜子にとって大事な弘樹くんが自ら命を絶ったんだ」


弘樹が幼少期の頃から知っている祖父。

そして、私の最初で最後の恋の相手が弘樹であることも知っている。

弘樹を失った私の悲しみが、どれだけ深いことかも……。

傷ついた孫を近くで見ていた祖父は、苦しい表情を浮かべていた。


「あの子は誰よりも香菜子のそばにいて、誰よりも香菜子を守ってくれた。 あんないい青年がどうして……」


祖父の悲痛な叫びに、遼くんは目線を落として聞いていた。

すると、祖父の運転手が飲み物を持ってきた。


「失礼いたします」


目の前のコーヒーに、祖父は顔を綻ばせた。

カップをゆっくり鼻に近づけて、


「コーヒーの匂いは……いつだって変わらないな」


滅多に見ない祖父の笑顔に、遼くんも微笑んでいた。


「『変わらない』って、いいですよね」


ふと遼くんがそう言った言葉に、祖父は反応した。


「あぁ。 変化するのもいいが、変わらないのもまたいい」


コーヒーを少し口に含み、スッとした苦味を堪能する祖父。

コーヒーカップを一旦置き、遼くんの顔を見ながら、


「香菜子と変わらず仲良くしてやってくれ」


そう言った祖父に、遼くんは「はい。 もちろんです」と力強く答える。

返事を聞いた祖父は、再びコーヒーカップを手に取った。


***


 数十分後、トイレから戻ってこない私を心配し、遼くんが様子を見に来てくれた。

私の顔を見た直後、遼くんは驚いた顔をする。


「香菜子さん! 本当に大丈夫!?」


さっきよりも顔色が悪く見えたらしく、ひどく動揺させてしまった。


「大丈夫……ごめん心配かけて」

「気持ち悪いの? もしかして吐いていた?」

「あ、うん……でも大丈夫だから。 きっとストレスとか疲れで不調が出ているだけだから」


うがいをしようと、蛇口を捻って水を出す。


「不調ってずっとじゃない? 吐き気以外にもあるんじゃないの?」

「食欲がないのと……生理はもともと不順だったけど、最近は……」


弘樹のことでショックを受けてから、私は食欲を失い、体も痩せていった。

拒食症のような状態なのかと思っていたが……今のやり取りで別のことが頭をよぎる。


「香菜子さん?」

「止まっている」

「え、何が?」


元から生理不順で、2ヶ月周期で生理がくることはザラだった。

しかし、今は2ヶ月どころじゃない。

怖くなった私はスマートフォンを取り出して、自分の生理が最後にいつ来たかを確認した。


「遼くん、明日病院に行ってくる……」

「そうだよ! 絶対そのほうがいいって!」


辛い思いばかりしていると、次第に「これ以上生きていたくない」と思ってしまうかもしれない。

弘樹が最期に選んだ行動も、やむを得ないのかと考えてしまう……。

いっそのことなら私も……なんて思っていた。


***


 気がつくと、私は今まで行ったことがない場所に自分が立っていた。

木々に囲まれていて、小鳥のさえずりがわずかに聞こえる。

少し歩いてみると、澄み切った小川が流れていた。


「ここは一体?」


とうとう気がおかしくなり、家を飛び出して見知らぬ場所にたどり着いたのか。

混乱していると、誰かが私を呼んでいた。


「……香菜子!」

「!」


声がした方向を見ると、一番会いたかった人が目の前にいた。


「弘樹!」


見上げるほど背が高くて、凛々しい眉とサファイアのような瞳。

尖った鼻に薄くてほんのり赤い唇と、金髪のウルフカット。

自分の恋人ではあるが、もったいないくらい良い男だ。

そんな弘樹のそばに駆け寄ろうとしたが、


「あぁ、そんな走らなくていいから。 体に悪いよ」


弘樹は私の行動をすぐさま止めた。


「え? どうして?」


立ち止まった私のもとに、弘樹はゆっくり近づいてくる。

私に微笑みかけて、こう話してきた。


「ごめん香菜子。 子供の頃、君のそばにいるって約束したのに守れなくて」


お泊り保育のことを思い出し、一瞬だけ笑ってみた。

でも、約束を破ったのは事実だ。


「本当だよ。 どうして私のそばからいなくなっちゃったの?」


私の問いかけに、弘樹は少し目を伏せて悲しそうな顔をした。


「私、弘樹にいっぱい言いたいことあったんだよ。 親のことで弘樹のことを苦しめて、そのことを謝りたかったし。 こんなことになるなら……。 もっと弘樹に『好き』って言っておけばよかった」


弘樹の前で泣きたくなかったのに、言葉にすると涙が流れてくる。


「香菜子の『好き』は聞きたかったな。 香菜子、そういうことをあんまり言わないもんね?」


いつもの弘樹の笑顔に安心する。


「だって、言うの恥ずかしいんだもん……」


お互い笑った後、再び弘樹から話しかけてきた。


「香菜子は何も悪くないよ。 悔やむなら僕に何も強みがなかったことだ。 家族や学歴やお金のこと……どれか1つでも救いようがあれば、変わっていたかもしれない」


弘樹の言葉に反対するように、私は必死に首を振った。

学歴やお金なんて関係ない。

私はそのままの弘樹が好きだった。


「でもね、そんな俺にもたった1つの救いがあった。 何だと思う?」

「え?」


弘樹の問いかけに、私はすぐに答えられなかった。

すると、弘樹は私に指をさしながら微笑んだ。


「香菜子と出会ったことだ」

「……っ」


すごく嬉しい言葉なのに……。

弘樹がこの世の人ではないことを分かっている悲しみで、返事の代わりに涙がこぼれ落ちていった。


「香菜子……お願いだから泣かないで……」

「……私、これからどうやって生きていけばいいのか分からない」


苦し紛れに言った私の一言に、弘樹は目を見開いた。


「弘樹を失った今……このままおじいさんまでいなくなったら、私どうしたら……」


自分の体を支えられなくなり、そのまましゃがみ込んでしまう。

すると、弘樹も同じように膝を曲げて、私と同じ目線に合わせてくれた。


「香菜子、いいこと教えてあげようか」

「え?」

「まずね、香菜子は1人じゃないの」


弘樹の言葉の意味が理解できず、首を傾げた。


「その人はね、母親思いの優しい人で……お笑い芸人みたいに面白くて、頭もいいんだ。 あ、しかもスカウトされちゃうぐらいハンサム」

「何それ……そんな良くできた人間いないでしょ?」


私を笑わせようと、弘樹が冗談を言ったと思っていたが、彼は真っ直ぐな目をしていた。


「あと……半年くらいかな。 もうじき会えるから楽しみにしていて」

「弘樹?」


弘樹は私を立たせようと、両腕を持って2人で一緒に立ち上がる。

そして、私の目を見つめながら弘樹がこう言った。


「もしその子に会えたら伝えて……『香菜子のことを頼んだよ』って」

「その子?」


弘樹は私の腕から手を離し、満面の笑みを見せてくれた。


「大丈夫。 俺とその子で香菜子のことを守るから。 ちゃんと幸せになるからね!」


力強く言った弘樹の言葉を最後に、私は涙を流したまま夢から覚めた。


「弘樹……」


その日に病院へ行くと、私は弘樹との子供を妊娠していることが分かったのだった。

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