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今宵、図書館で逢いましょう。  作者: さきみやめぐ
第八夜

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香菜子エピソード 託された命 2

 面倒な卒論を仕上げるため、私は祖父が所有する図書館へ向かった。

いつも空いていて、私にとってお気に入りの場所だ。

そのはずだったのに……。

図書館の屋上に目線を送ると、今にも泣きそうになる。


半年前のことを考えると、弘樹の最期の瞬間が脳内に再生されてしまう。

人目もはばからず涙を流していると、


「香菜子さん?」


駆け寄ってきたのは、昔から知っている遼くんだった。

高校の制服姿を見るのは久々だったので、遼くんと認識するのに少し時間がかかってしまった私。

頬を伝っていた涙を手で拭い「学校終わったの?」と尋ねる。


「うん。 もうすぐ定期テストだから図書館で勉強しようと思って」

「そっか。 えらいね」


はにかんでみたが、遼くんは私に渋い顔を見せる。


「香菜子さん、大丈夫? 顔が疲れているよ」

「あぁ、うん……」


今の自分は無理して笑っても、相手に感情を読み取られてしまう。


「図書館に来るの、辛い?」

「……」


遼くんの問いかけに首を振る。

自分の家よりも居心地がいい図書館……そんなマイナスな感情になる訳がない。


「でも、泣いているよ」


じわじわと涙が再び現れる。


「ごめ……ん……うぅ……」


両手で顔を覆い、嗚咽が漏れるほど泣いてしまった。

遼くんは通行の邪魔にならないよう私を道路の端に誘導し、背中をゆっくりさすってくれた。

しばらくその状態でいると、図書館の出入り口から見覚えのある人が来た。


「……香菜子もいたのか」


目の前に来たのは、私の祖父だった。

杖をつき、専属のドライバーに体を支えてもらいながら「忙しいところすまないな」と遼くんに言う祖父。


「いいえ、僕は大丈夫です」

「?」


祖父と遼くんのやり取りに違和感を覚えていると、


「私が呼んだんだ」


祖父が遼くんを図書館に呼び出したことを知らされた。


「……香菜子さん、金曜日になるとここに来るでしょ? おじいさん、香菜子さんのことを心配していて。 自分じゃ何もできないから僕に連絡くれたんだ」

「お前は余計なことを言うんじゃない」


祖父は照れ隠しで遼くんに一喝する。

遼くんは「いいじゃないですか」と笑っていた。


「親ながら情けないが、息子と嫁はまったく頼りにならないからな。 その点、孫と会社の人間とその家族には救われているわ」


祖父の言う「息子と嫁」は私の両親を指している。

孫である私のことは褒めてくれる祖父。

一方で、両親のことを悪く言われるとやはりガッカリする。


「今日は2人に話があってな。 とにかく中に入りなさい」


祖父にそう言われ、遼くんと私は祖父の歩くペースに合わせて後からついていった。


***


 図書館の2階へ上り、利用者のほとんどが知らない応接室へ案内された。

昔から図書館を知っている遼くんは初めて入ったらしく、どこか嬉しそうだった。


ちなみに私は子供の頃に入った記憶がある。

図書館が遊び場だった私は、うるさくならないように応接室へ通されて……。

そのときも弘樹は一緒だった。

私の隣に遼くんが座り、向かい側に祖父がゆっくり腰をかける。


「香菜子……少し痩せたんじゃないか?」


最初に口を開いたのは祖父だった。


「そういうおじいさんもお痩せになったかと」

「まぁ、私の場合は年のせいだ」


それだけではない。

祖父は病気が判明してから長い年月が経っていて、2年前に余命宣告を受けている。

今まで病気の進行はゆっくりだったが……。

痩せている体型を見ると、病魔が体を蝕んでいることを察する。

鼻で笑っている祖父とは対照的に、私は今にも泣きたかった。


「体調はどうですか?」


遼くんも祖父の病気について知っている。

彼のお母さんは祖父の秘書で、お父さんは専属の弁護士。

お互いに信頼している関係性のため、私と遼くんは幼少期からよく知っていたのだった。


「いつもと変わらずだ。 兎と亀に出てくる亀のように、進行はずいぶんとゆっくりだ」

「兎と亀だなんて……真面目に答えてくださいよ」


遼くんは少し笑っていたが、横目にいる私の表情を見て静かになった。

本当は私も祖父のぼやきを素直に笑いたい。


「でも……亀のようにゆっくりだが、自分の体が少しずつ弱っていることは分かるんだ」

「おじいさん……」

「自分が正気なうちに、終活をちゃんとしようと思っていて」


前向きに話す祖父の姿に、私はどうしてもついていけなかった。


「こんなことを言われて、特に香菜子は辛いかもしれない。 しかし、私の終活がこれからの香菜子を守ってやれる大事なものなんだ」

「私を守る?」

「そうだ」


力強く返事をした祖父は話を続けた。


「私が持っている遺産すべてをお前に託そうと思う」

「え?」


祖父には息子である私の父と、他にも娘がいる。

全財産を私に託すという話は、あまりにも大きい衝撃だった。


「遺言書にも書いて、弁護士に預かってもらっている。 あとは私が死にさえすれば」

「おじいさん、言い方……」


遼くんが小さくツッコむ。

恐らく、祖父の遺言書は遼くんのお父さんに任されているのだろう。


「あの……ただでさえお金への執着が強い父と叔母たちを差し置いて、私が遺産を受け取っていいのでしょうか」

「まぁ、子供たちは良い顔をしないだろう。 今まで以上に香菜子を憎むかもしれない」

「そうですよね……」


血がつながった家族なのに、両親と叔母たちは思いやりどころか、常識の欠片すら無い。

まるで「赤の他人」みたいだった。


「今の話をするために、遼もあえて呼んだのだ」

「ウチの両親も遺言について知っているから……香菜子さん、一人で話を聞くのは不安かなと思って」


遼くんはテスト勉強をしに来たのではなく、私とおじいさんのために図書館へ来てくれたのだった。

味方でいてくれる人がいると、本当にありがたい……。


「あぁ、それからもう1つ。 大学を出たらどうするつもりだ?」


今度は私の進路について話が変わった。


「……留学しようと思っていました」


高校を卒業後、弘樹はすぐに仕事を始めた。

仕事が大変な弘樹との将来のために、大手企業で自分もしっかり働こうと思っていたけど……。

弘樹がこの世にいなくなった今、仕事をする意味を失ってしまい、両親に黙って入社を辞退した。


両親との生活に限界もきていたので、留学という手段で家を出ようと思っていたが……実際のところ、留学先はまだ決めていない。

それに、私には気がかりなことがあった。


「あぁ、それなら良かった」

「?」


祖父の肯定的は反応に、私は思わず驚いた。


「海外での生活に問題がなければ、あの家に帰らず現地で暮らすことも可能だろう。 そうすれば自然と距離を置くことができる」

「ただ……おじいさんの体調が……」


海外生活を送ると、祖父とは頻繁に会えなくなってしまう。

勢いで入社の辞退と留学を思い立ったとはいえ、どうしても祖父のことが心配だった。

私が言葉を詰まらせていると、祖父は威勢よく答えた。


「大丈夫だ! それに留学資金も問題ない。 よっぽどの散財をしなければ、一生困らず生活できる」


私が留学を予定していること、祖父の遺産が相当なものであることに、遼くんは口を開けて驚いていた。

祖父があまりにもスラスラと言ったので、私も応えるように笑顔で頷く。

そして、少し間が空いた後、私から次の話を振った。


「あの、おじいさん……この図書館はどうするのですか」


祖父が私の海外行きに賛成してくれたことは良かったが、大事な居場所である図書館のことが気になった。


「そこなんだが……私がいなくなれば、あいつは図書館の土地を売って、ウチで置いてる記念品や展示品は金に換えようとするだろう」


もはや祖父は、自分の息子を「あいつ」と呼ぶ始末。

私も同じことを恐れていた。


「私は……この図書館を無くしたくないです」


私だけではない。

祖父と祖母にとって大切な思い出の場所でもある。


「いいのか? 図書館を残しておいて……」

「え?」


予想とは裏腹に、祖父は悲しそうな顔をしながら口を開いた。


「確かに……ばぁさんとの思い出が詰まった図書館だが、私はもう十分ここでの時間を過ごした。 何より、香菜子がこの図書館を見るたびに、辛いんじゃないかと思って」

「……!」


おじいさんにそう言われた直後、胃がキリキリと痛くなる。

気持ち悪さから、全身から脂汗が出てくる感覚が……。


「香菜子さん大丈夫? 顔色が……」

「ごめんなさい……ちょっとお手洗いに……」


2人に涙を見せたくないと思い、ソファーから立ち上がる。

普段あまり表情を顔に出さない祖父だが、この日は終始申し訳なさそうな顔つきだった。


片手で口元を抑え、女性トイレに駆け込んだ。


「ゲホっ……」


気持ち悪くて泣いているのか、弘樹のことを思い出して泣いているのか……。

いや、それだけじゃない。

このまま時間が過ぎれば、いつか祖父まで失う未来が待っている。

そうなると、私はこれから誰を頼りに生きていけばいいのだろう。


とてつもない不安が私を襲い、抑えていた涙がどっと流れる。

便座の前でしゃがみ、トイレの水音に紛れてひっそり泣いていた。

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