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今宵、図書館で逢いましょう。  作者: さきみやめぐ
第八夜

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あなたの傍にいる 2

 お湯が沸いた後、ティーポットの中に優しく茶葉とお湯を入れる。

次の瞬間、茶葉の香りが一気に広がっていく。

この感覚がたまらなく愛おしい。


「良い香りしますね」

「うん、美味しそう」


紅茶の香りが香菜子さんと月岡さんにも伝わったようだ。


「ポットの中でちょっと蒸らすので、少しお待ちください」


持参した砂時計を逆さにして、僕も2人がいる席に腰かけた。


「ところで香菜子さん。 今も図書館の後ろにあるおじいさんの家にいるの?」


話を振ったのは月岡さんだった。


「はい。 ただ、もうじき引っ越そうと思います」

「え、そうなんですか?」


「引っ越し」という言葉に、僕は月岡さんと目が合った。


「祖父の家は図書館にすぐ行けて、家の中も快適で気に入っているんですけど。 あの大きい家を1人で管理するのは難しいので」

「そうでしたか……」


引っ越しとなると、香菜子さんと結翔くんとは定期的に会えなくなってしまうのか。

図書館のことも頭に浮かび、急に寂しさが増してくる。


「あ、引っ越しといっても、図書館から近いですよ。 しかも、愛花さんが住んでいたマンションなので」

「愛花さんのマンションですか?」


意外な人の登場に驚く僕に対し、妙に嬉しそうな顔をする月岡さん。


「今も連絡を取り合っていて……事情を話したら、住むことを許可してくれたんです。 むしろ好きに使ってもらっていいと」


気前の良い愛花さんは、アメリカに行った後も健在だった。

ただ、引っ越しが決まると……。


「……では、おじいさんの家と図書館はどうなるのですか」

「祖父の家は遺言どおり売却して、そのお金は私が相続します。 あと、図書館は残すつもりです。 生前に祖父が遺産をきちんとしてくれたので、思ったよりもスムーズでした」


香菜子さんのご両親のことが気がかりだったが、僕と月岡さんからはそれ以上追求しなかった。


「とにかく、お家やお金のことがある程度決まったなら良かった……ねぇ、野上くん」

「はい。 図書館も残るって聞いて安心しました」


僕らの反応を見た香菜子さんは少し微笑み、


「この図書館……祖父母が初めて出会った場所らしいんです」


その言葉を聞き、僕は目を見開いた。


「大好きな祖父母が心を通わせていた場所だって聞くと、私が生きている間だけでも図書館を守りたいって思ったんです。 子供の頃から図書館で遊んでいた私にとって、ここはある意味実家なんです」


自分の幼少期を思い出したのか、悲しい表情を再び見せる香菜子さん。


「それなのに、弘樹は図書館の屋上でどうしてあんなこと……」


香菜子さんは、自前のタオルで涙を拭う。


「すみません、またこんな話してしまって……」


謝罪する香菜子さんの言葉を聞き、首をふって「謝らないでください、香菜子さん」と投げかけた。


「あ、野上くん。 ちょうど3分じゃない?」


月岡さんの一言で、3分経過していたことに気づく。

図書館のカップに、ゆっくり紅茶を注いだ。


「わぁぁ……注ぐとますます良い香りですね」

「色も綺麗だ」


2人のリアクションに、僕も嬉しくなった。


「今日持ってきた紅茶はアップルティーです。 甘さと爽やかさがあって、飲みやすい紅茶なんです。 香織という、僕の彼女がよく淹れてくれたんです」

「香織さん……」

「僕の婚約者だったんですけど、3月に事故で亡くなりまして……」

「え……」

「……香菜子さん、コーヒーが苦手って仰っていたので、甘みがある紅茶なら飲めるかなと思って! お口に合えばいいんですけど」


危うく、取り返しのつかないところまで感情が出そうだった。

そう思って、とっさに別の言葉を口にした。


「ありがとうございます。 私の嗜好まで気にかけてくださって……」


香菜子さんは小さくお礼を言ってくれたが、再び泣いてしまいそうな雰囲気だった。


「僕も香織と出会った場所が、神奈川にある図書館なんです。 香菜子さんのおじいさんとおばあさんと同じ『図書館』でした。 なので、さっきの話を聞いて……なんか嬉しいなって……」


香菜子さんと月岡さんは僕のほうに体を向けて、静かに話を聞いてくれた。


「僕は図書館に感謝しています。 そうでなきゃ、ここでお2人に会えませんでしたし……香織のことで悲しい気持ちがまだありますけど。 優しい気持ちに触れることができたのも、ここがあったから……」


涙を拭うことを忘れ、香菜子さんは僕の話に何度も頷く。


「涙が出てしまうこと、あるかもしれませんけど……それでもいいと思います。 これからも結翔くんの傍にいて、図書館を守って……おじいさんや弘樹さんも、きっと喜んでくれるんじゃないでしょうか」


香菜子さんは声を詰まらせながらも「そうですね」と答えてくれた。


「僕も香織のことで泣いてばかりいましたけど……やっぱり香織のことは忘れたくなくて……」


こんなことを喋ってしまうと、さすがに僕も涙が止まらなかった。


「偉そうなこと言っていたらすみません。 でも、自分を見失ってしまうこと……あると思って……僕も悩んで、月岡さんに頼ってしまったこと、よくあったので……そのお陰ですごく救われたんです。 香菜子さんもそうですよね?」


静かに涙を流しながらも、月岡さんは穏やかに微笑んでいた。


「香菜子さん。 僕らに弱いところを見せていいんです。 僕ではちょっと頼りないかもしれませんが……こうして悲しいことも、楽しかったことも話していいんです」

「だとしたら……もう泣き顔を晒しているので……かなりお見せしています」


香菜子さんの呟きに「そうだね」と月岡さんは少し大げさに笑ってくれた。


「2人とも忘れているかもだけど……紅茶、飲まない?」


涙で顔がぐちゃぐちゃな僕と香菜子さんを慰めるように、月岡さんはそう言ってきた。


「せっかくの紅茶が冷めちゃいますね」


香菜子さんはやっと笑ってくれた。


「どうぞ、お召し上がりください」


僕の掛け声を合図に、2人はカップを静かに持っていき、


「いい香り……」


2人が同じコメントをしてくれて、僕まで嬉しくなった。

だって本当に「いい香り」だから。

目を見開いて一言。


「美味しい!」


ここまでリアクションがシンクロされて、笑わずにはいられなかった。


「良かったです!」


ホッとした気持ちと、嬉しさで満たされたような気持ちと。

抱えていたすべてのものが、紅茶の温かさに包まれる……そんなように感じたのだった。


「すごく美味しい……私もこの紅茶なら飲めます!」


涙目で感動を伝えてくれる香菜子さん。


「うん、コーヒーと雰囲気変わって新鮮! 何杯でもいけちゃうよ!」


満面の笑みを浮かべる月岡さん。


紅茶を図書館に持ってきて本当に良かった。

こうして2人が喜んでくれたのは……紛れもなく香織のお陰だね。


「月岡さん、バウムクーヘン頂きます!」


フォークで少し触っただけで、バウムクーヘンの柔らかさを感じる。

甘さも丁度よくて、持ってきた紅茶と相性抜群だった。

感想を言ったら「グルメリポーターになれるよ」と、月岡さんに褒められる。


僕に続いて、香菜子さんもバウムクーヘンを食べていたが……。

豪快に頬張る香菜子さんを見て、思わず笑わされる。


「そうだ。 これは提案なんだけれど……」

「何ですか?」

「結翔くんってもうすぐ1歳になるよね。 もしよければ、図書館でお祝いでもどうかなって。 今日みたいに紅茶とお菓子とか持ってきてさ」


月岡さんの提案に大賛成だった。


「いいですね月岡さん。 やりましょう!」

「まぁ、夜遅いから……結翔くんが寝ているところ、大人たちでパーティする感じになっちゃうけど!」

「いいんですか、そんなことしてもらって……」

「いいに決まっているじゃないですか! あ、図書館は開けてもらわないと!」


どんなに悲しい思い出があっても、みんなで新しく作っていけばいい。

泣きたいときは泣いていい……いつだって傍にいるから。


「ふふっ! 金曜日の夜はちゃんと開けますよ!」


香菜子さんの笑顔が見られ、僕と月岡さんは喜ぶように目を合わせた。

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