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今宵、図書館で逢いましょう。  作者: さきみやめぐ
第八夜

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あなたの傍にいる 1

 夜道を歩いているとき、頭の中は香織のお母さんとの電話のことでいっぱいだった。


「はっ、忘れ物!」


用意したお土産と紅茶セットを家に忘れてきたかと思ったが、手にちゃんと持っていた。


「あぁ大丈夫か、良かった……」


あの後、僕は香織のお母さんにちゃんと返事ができなかった。

しかも「誠司くんのタイミングでいいからね」と結局フォローまでしてもらって……。

きっと僕に電話をかけるだけでも、すごく勇気と気力が必要だったと思う。

考えれば考えるほど、香織のお母さんに申し訳ない気持ちが増してくる。


数十分後、開館時間に合わせて図書館に到着した。

そして、入口の前にいる月岡さんの後ろ姿を見つけた。


「月岡さん!」

「……野上くん」


割れ物のティーポットを持っていたので、あまり揺らさないよう小走りで近寄る。

僕の声に気づいた月岡さんは後ろを振り向いたが、どこか浮かない顔をしていた。


「……開いてないんだ、図書館が」

「え?」


月岡さんが言った通り、重い扉はびくとも動かなかった。

それもそのはず。

唯一、開放されている1階のフロアは照明が落とされていた。


「香菜子さん……やっぱり気にしているんですかね」


金曜日の夜に行くと、必ず開いていた図書館。

やはり先週のことが原因だろう……心当たりはそれしかなかった。


「美味しいバウムクーヘン、持ってきたんだけどな……」


月岡さんはわざわざお菓子を持って来てくれたようだった。

僕だってそうだ。

今日は紅茶を振る舞おうと、ティーポットまで自前で持ってきた。

実際は香織の私物だけど……。


「もし、よければ僕の家に来る?」


月岡さんはサラっとそう言ってくれた。


「い、いいんですか?」


このまま家に帰るという気分ではなかったので、僕としては率直に嬉しかった。


「『じゃあ、各々帰ろうか!』っていうテンションじゃないでしょう? 僕が現にそうなんだけど」


月岡さんも同じ気持ちでいてくれていた。

尚更有り難い。


「じゃあ、お言葉に甘えて……」


その時、子供の泣き声が聞こえてきた。


「……結翔くん?」


視線の先には、泣いている結翔くんを抱きかかえた香菜子さんの姿が。

普段は大人しい結翔くんが、珍しく大袈裟なほど泣きじゃくっていた。


「結翔が全然寝てくれないのと……ぐずってしまっていて……」


香菜子さんはあまり目を合わせてくれず、俯いたままそう話していた。

先週の夜、香菜子さんの泣き顔を初めて見てしまった。

衝撃的な過去を打ち明けた香菜子さんが、僕に気まずいと思ってしまうのも無理はない。


そんな中、図書館の入口に体を向けて、激しく泣いている結翔くん。

まるで「図書館に連れて行ってほしい」と香菜子さんに訴えているようだ。


「香菜子さん。 今日も図書館開けて、いつもの閉館時間までここにいましょう!」


月岡さんは優しく微笑んで、香菜子さんに言いかけた。

香菜子さんは困惑した顔をしていたが、僕も月岡さんの言葉には同感だった。


「そうしましょう、香菜子さん」

「ですが……」

「ここは香菜子さんと結翔くんの場所です。 僕たちも居させてもらっていますが……香菜子さんが居なくちゃ、ここには入れませんから」


念を押すように、僕も何とか香菜子さんを諭してみた。

香菜子さんがこの時間に図書館を開けていたことで、僕はここに通い、いくつもの出逢いがあった訳だ。


「偶然なんですけど……今日、美味しい紅茶を持ってきたので、みんなで飲みませんか? 月岡さんもお菓子、持ってきてくれたみたいで」

「紅茶あるの? 野上くん、ナイス!」


笑顔でグッドサインを送る月岡さん。

月岡さんと目を合わせて笑い合っていると、


「……っ」


香菜子さんは鼻をすすり、涙を流していた。

今日までの1週間、ずっとネガティブな感情を抱えていたのだろう。

それを救い上げるような言葉を聞いた途端、緊張状態だった心が解けていったのか。


「今、開けますね」


目元を手のひらで拭い、笑顔でそう言ってくれた。


「あ、そしたら僕、結翔くん抱っこしますよ」

「お願いしていいですか」

「野上くん、荷物預かるよ」


僕は月岡さんに持っていたトートバッグをお願いして、香菜子さんから結翔くんを少し預かる。

さっきまで泣いていた結翔くんは、香菜子さんと同じく潤んだ目をしながらも、僕に笑った顔を見せてくれた。


辛くて苦しい香菜子さんを見たからこそ、結翔くんには少しでも笑っていてほしい。

そう思いながら、結翔くんの背中を優しく撫でた。


***


 図書館に入ってすぐ、先に軽井沢のお土産を渡した。

2人とも喜んでくれた様子だった。


「結翔にもお土産もありがとうございます。 お礼を言いそびれてしまってすみません」

「いいえ! 全然!」

「結翔、猫のぬいぐるみが気に入ったようで、いつも遊んでますよ」

「それなら良かったです!」


少しずつだが、いつもの香菜子さんに戻ってきてくれてホッとした。

紅茶のお湯を沸かしている間、香菜子さんに素朴な疑問を振ってみることに。


「香菜子さん、コーヒーを置くようになったきっかけって何だったんですか?」


第一、香菜子さん本人がコーヒーを飲めないのに、どうしてコーヒーを置いたのか……。

聞けるタイミングはいつだってあったが、そんな質問をしないまま時だけが過ぎていた。


「コーヒー好きの祖父がよく飲んでいたんです。 祖父が図書館に来ると『コーヒーが飲みたい気分だ』って言い出して、いつの間にか『常備しておけ』ってことになりました。 置いているコーヒーは、祖父のお気に入りの銘柄なんです」


亡くなったばかりのおじいさんの話をさせてしまい「しまった」と思ったが、どこか穏やな表情の香菜子さん。

そして、気になっていたコーヒーの銘柄についても話に出てきた。

保積家のおじいさん御用達なら、そう簡単にスーパーでは買えないだろう。


「その頃はお腹に結翔がいたので、祖父が私を心配して様子見に図書館へ来てくれたんだと思います。 苦いのは飲めないって知っているのに『香菜子は飲むんじゃないぞ!』って毎回言ってくるんです」


妊娠中だった香菜子さんを思って、カフェインのことを気にしていたんだと察した。


「もしかして、あの髭生やしたおじいさん?」


何かを思い出したような月岡さんは、香菜子さんに確認する。


「はい、あれが祖父です」

「そうだったのか……どうりで品のあるおじいさんがいるなと思ったけど」


僕よりも長く図書館に来ていた月岡さんなら、香菜子さんのおじいさんと会っていそうだ。


「どういう雰囲気の方でしたか?」

「見た目がね、スッとした鼻と切れ長の目。 少し腰は曲がっていたけど、年配のわりに背もあったな」


腕組みをしながら、香菜子さんのおじいさんを思い出してくれた月岡さん。


「そうですね。 祖母曰く、昔はかなりの男前みたいで。 白黒写真でも分かるくらい、確かにそうでした」


こうまで聞くと「香菜子さんのおじいさんの写真を見てみたい」と思ってしまう。

月岡さんは穏やかに微笑みながら、


「そしたら結翔くんは、おじいさんみたいな男前になるかもね? それとも香菜子さんみたいに可愛い感じかな?」


泣き疲れた結翔くんは、籠の中でスヤスヤと眠っていた。

寝顔を見つめながら、香菜子さんは小さく呟く。


「結翔は……弘樹の子供の頃によく似ているんです」

「!」


突然、弘樹さんの名前が出てきてしまい、言葉を詰まらせる僕と月岡さん。


「まだ赤ちゃんですけど、目とか笑った顔とかよく似ているんです。 弘樹を思うとやるせない気持ちになりますけど」


結翔くんの子育てをする中で、弘樹さんの姿が重なって見える。

そんな状況で、香菜子さんは辛くないだろうか。

そう思っていた。


「でも、結翔のことは後悔してないです。 弘樹と私を繋ぐ、大切な子ですから」


強く言い切った香菜子さんを見て、僕と月岡さんは頷きながら微笑んだ。

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