1本の電話
仕事から帰ってきて、図書館が開くまでの時間。
僕は家のキッチンにいた。
整頓された食器棚の片隅に、香織が集めていた茶葉を見つける。
軽井沢のお土産を持って行くついでに、紅茶も楽しめるようにしようと思いついた。
「結構あったんだな……」
香織のお気に入りの茶葉もあれば、見たことがない茶葉もあった。
半年以上この中を開けていなかったので、茶葉の賞味期限が心配だったが、問題なさそうだ。
香織に断りもなく茶葉を取り出していいか迷ったが……。
月岡さんに飲んでもらえるとプラスに捉えれば、香織も笑って許してくれるだろうと思った。
「香菜子さんも飲んでくれたらいいな……」
もし香菜子さんにも会えたら、香織が好きな紅茶を飲んでほしい。
正直会えるか分からないが、会えると信じよう……。
茶葉の他に、透明のティーポットも取り出す。
慎重に机の上に置き、衝撃が抑えられるように紙で包んでいると……。
スマートフォンの着信音が室内に鳴り響く。
夜遅くだったので、片瀬が野暮用で電話をかけてきたのだろうと思っていたが、
「お母さん?」
着信の相手は香織のお母さんだった。
突然の電話に心拍数がグッと上がる。
「……もしもし」
唾を飲み込み、小さな声で受話器の向こうに呼びかけた。
『誠司くん? 久しぶりね』
「ご、ご無沙汰しております」
香織のお母さんの優しい声は健在だった。
『ごめんなさい。 いきなり電話なんてかけてしまって。 今、忙しかったかしら?』
「いいえ! 今は家にいます」
『そうだったの』
香織のお母さんと話したのはいつぶりだろうか。
あの日を境に、会うことも連絡を取ることも無かった。
電話越しなのに、声と息遣いだけで香織に似ているお母さん。
香織と電話しているのかとも勘違いしてしまう。
『電話に出てもらえてよかったわ……前から連絡するタイミングを伺っていたんだけど、なかなか思い切ってできなくて……』
「僕のほうこそ……自分から連絡ができなくてすみませんでした……」
『ううん! 誠司くんが謝ることじゃないわ!』
香織のお母さんが言った言葉に胸が痛くなる。
僕は香織のご両親に寄り添ったことが何もできていなかった。
四十九日に言われたお父さんのこともあって、2人との接触を控えていたけれど……。
どちらかと言えば、自分の深い悲しみに囚われすぎて、周りをちゃんと見ていなかった。
自分の至らなさ、不甲斐なさを改めて反省していると、
『誠司くんがもしよければなんだけど……今度、ウチに来られないかしら?』
香織のお母さんからの予期せぬ提案に、僕はしばらく言葉を失ってしまった。




