明らかになった過去 3
閉館時間を過ぎ、僕と月岡さんは横並びで歩いていた。
僕と月岡さんの家は真逆の方向にある。
信号で分かれるはずが、青信号になっても、2人で立ったままだった。
「月岡さんは知ってたんですよね? 香菜子さんのこと」
僕の問いかけに月岡さんは頷いた。
「香菜子さんに初めて会ったのは結翔くんが生まれる前だったんだ……ここを通ったときに図書館が開いていて。 おかしいと思って覗いたら、香菜子さんが1人で泣いていたんだ」
「そうでしたか……」
「あのときはマタニティーブルーもあって、弘樹さんのことを思い出す度に辛かったんだと思う。 色々と話していくうちに、香菜子さんの事情を知ったって感じかな」
肌寒い夜風が吹く中、月岡さんは当時のことを静かに話してくれた。
僕の涙は引いたが、鼻詰まりだけが残る。
月岡さんは苦し紛れに話し続けた。
「香菜子さんはさっき言ってなかったけれど……弘樹さんが飛び降りたとき、香菜子さんも居合わせてしまったみたいで……」
「そんな……」
香菜子さんが上のフロアにいて、お花を手にしていた理由を察する。
恐らく屋上に行き、花を供えていたのだろう。
衝撃的な話を聞かされ、再び言葉を失った。
「夜の図書館を開けている理由は、弘樹さんが最期にいた場所だから……香菜子さんと会った日に『私がここで待っていれば、会える気がして』って言っていて……。 だから僕が『自分の感情が正直に出せる居場所を作ったらどうですか?』って提案して、夜の図書館ができたんだ」
この話は、以前にも香菜子さんからも聞いていた。
そのときの香菜子さんは「どうしようもないくらい悩みに悩んじゃって」と濁していたが……。
普通にはとても話せない内容だった。
「最初に話を聞いたときは、どう言葉をかけたらいいか分からなくてさ。 思いつきでそんなことを言ったけれど……逆に香菜子さんを苦しめていたかもね……」
月岡さんは深いため息をついていた。
「いや、月岡さんは香菜子さんを救っていますよ。 それに結翔くんも」
「え?」
辛い過去を話せた香菜子さんは、きっと月岡さんの存在に救われたはず。
僕なりに言葉を選んで、月岡さんに気持ちを伝えてみた。
「当時の香菜子さんが追い詰められたままだったら、お腹にいた結翔くんにも影響があったと思うんです」
「……確かにそうだね」
「それに、月岡さんの提案がなかったら……金曜夜の図書館は無かったですし、僕もここにはいません。 僕もこの図書館に救われた身ですから」
僕の一言で、月岡さんは笑顔を取り戻してくれた。
後ろを振り返り、外で見る図書館を改めて見る。
香菜子さんの幼馴染……弘樹さんが最期を迎えた場所。
ショックで胸が張り裂けそうだったが、不思議と怖いとは思わなかった。
外灯がそう多くないので、目を凝らさないと、うっすらとしか見えない図書館の外観。
1階もすっかり照明が落とされて、本当に真っ暗だった。
僕が愛花さんの話をしていたとき、香菜子さんの前で言った言葉。
『残酷なのは、会いたい人に二度と会えないこと』
この言葉を聞いた香菜子さんは『胸が痛んだ』と言っていた。
あれは単なる同情ではなく……香菜子さん自身も味わっていたからこそ、そう言ってきたものだった。
香菜子さんを思うと、いたたまれない気持ちになる。
香菜子さんの深い悲しみを知らなかったとはいえ、何てことを言ってしまったんだ……。
「香菜子さん大丈夫ですかね。 おじいさんを亡くされて、頼れる家族とかいるんですかね……」
弘樹さんとの交際を反対していたご両親のことを思い出した。
「ご両親とは考えが合わないみたいで、昔から香菜子さんに冷たかったらしい。 結翔くんを育てるって決めたとき、絶縁宣言した上で実家を出たらしい……」
「絶縁宣言まで……」
「人様の事情だから分からないけれど……おじいさんの家やお金のこととかどうするんだろうね……あと、図書館も」
「え、図書館も何か問題でも?」
月岡さんの発言に耳を疑った。
「おじいさんは財産を香菜子さんに譲るって話だけど……図書館は財産の1つに入るのか……おじいさんの遺言によっては残らないかもしれないし……でも、さすがに心配しすぎか!」
月岡さんはそう話すが、僕は図書館の存続が危うい予感もしていた。
「いや、残るとは言い切れないですね……」
僕のリアクションに、月岡さんもため息をつく。
「そうだよね。 仮に図書館が無くなるとなれば残念だけど、おじいさんの遺志なら仕方ないよね……」
弘樹さんの話だけでなく、香菜子さんの家族関係も深刻そうだった。
お嬢様育ちの香菜子さんが、これほどの苦労をされていたとは……。
「ごめん、野上くん」
「月岡さん? どうして急に……」
突然の謝罪に驚く。
「僕が香菜子さんに『野上くんに話してみたら?』なんて言ったから……野上くんなら、香菜子さんに寄り添ってくれるって思ったけど……話を聞いた野上くんは辛かったんじゃ……」
「いいえ、そんな謝らないでください」
月岡さんは自分を深く責めていた。
だが、月岡さんは何一つ悪くない。
「ただその……香菜子さんが抱えていたものが大きすぎて……結局、僕も途中泣いてしまって……」
「野上くん……」
月岡さんは美佳子さんを病気で。
僕は香織を事故で。
香菜子さんは弘樹さんを自殺で。
正直なところ、香織のことをまだ完全に受け止められていない自分がいる。
香菜子さんの傷ついた心に、僕は寄り添えていなかったんじゃないかと深く反省していた。
「……」
次の話が出てこず、月岡さんと一緒に黙り込んでしまった。
上着がないと寒いくらい、季節は冬に近づいている。
この時間は特に冷えて、頭の回転が鈍くなる。
今の状態では、心まで冷え切ってしまいそうだ。
「僕は来週、図書館に行っていいんでしょうか……」
僕の言葉を聞いた月岡さんは、僕の肩を掴み、泣きそうな顔で僕の目を見つめてきた。
「何を言っているの! 気まずいとか思わなくていいの! 分かるよ。 野上くん、気遣い屋だからそう思っちゃうの!」
「へ……」
月岡さんは、僕が心の中で思っていたことをしっかり読み取っていた。
「でもね、それとこれとは違う! 大丈夫だから!」
ハッキリそう言った月岡さんに、ほっと安心する。
「特に来週来てもらわないと、楽しみにしていたお土産がもらえないじゃん!」
「あ、そっちですか?」
「そうだよ、そっちよ。 結構本気で言っているからね?」
数分前まで深刻な話をしていたとは思えないくらい、空気が柔らかくなっていた。
「今日はお開きにしよう! 野上くん、来週は図書館に来て僕と香菜子さんにお土産ちょうだいね!」
掴んでいた僕の肩をポンポンと叩く月岡さん。
意外にも片瀬並みに力が強かったので、少しビックリしていた。
「はい、お土産持って行きますね」
これには思わずクスッと笑う。
月岡さんがニコニコと笑っているのを見て、来週も図書館へ行こうと決めたのだった。




