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今宵、図書館で逢いましょう。  作者: さきみやめぐ
第八夜

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明らかになった過去 2

 香菜子さんを横にさせようと、月岡さんは椅子を何個か繋げてくれた。

僕も横に並んだ椅子へ、香菜子さんを慎重に寝かせた。

香菜子さんを見ると、いつも以上に頬や唇に血色が無く、顔周りがなぜか濡れていた。


「どこか怪我してそうかな?」

「見た感じは大丈夫そうです」

「そっか、なら良かった」


先週、遼くんから「香菜子さんのおじいさんの体調が良くない」と聞いていたことを思い出す。

恐らく、おじいさんのことが気がかりなのだろう……。

それと同時に、1つ気になったことがあった。


「そういえば結翔くんは?」

「多分、お手伝いさんに預けているのかな」

「お手伝いさん?」


聞き慣れない言葉に目を丸くする。


「図書館のすぐ近くに大きい家があるんだけど。 あれ、香菜子さんのおじいさんの家みたいで。 お手伝いさんもいて、結翔くんの子守もしてくれているのかなって」

「近くに家……あ、だから香菜子さん、席を外すときっておじいさんの家に行ってたんですか?」

「そうそう。 図書館が大きいから、おじいさん家があるの分かりづらいんだけどね」


今までの香菜子さんの行動を思い出す。

結翔くんを抱いて図書館を出て行ったのも、おじいさんの家に結翔くんを連れていくためだったことを察した。


「そうだ……」


香菜子さんを見つける前、白い花びらを拾おうとしたことを思い出す。

そのままにしてたので、再び階段へと向かう。


「あれ……」


よく見ると、階段の左側に花束ごと転がっているのを見つけた。

花束も拾い上げると、少し枯れているのが分かる。

この前と同じく、上にあるお花を変えに行ったのだろうか。


「野上くん?」


花束を持っている僕に、月岡さんは声をかけてきた。


「あぁ、落ちていた花びらと一緒に花束も見つけまして……香菜子さん、新しいお花と交換してたのかなって」

「そっか」


先週の香菜子さんがやっていたのと同じく、枯れた花束と花びらをごみ箱にそっと捨てた。


「先週も香菜子さんが上の階にいて……最初は変だなと思ったんですけど。 冷静に考えたら、責任者の香菜子さんなら上にいても問題ないですもんね」

「え?」

「でも、上に行くなら、電気点けてもいいと思うんですけど……」


現に階段で倒れていた香菜子さん。

上の階を明るくしていれば、今みたいに転ぶことはなかっただろう。

そのとき、月岡さんは小さな声で、


「もしかして……屋上……」

「屋上?」


深刻そうな表情の月岡さんが口にした意味深な一言。

ただならぬ気配に、僕の心がざわつく。

月岡さんは下を向き、そのまま黙り込んでしまった。


「月岡さん?」


僕が呼びかけも、月岡さんは体を硬直させたまま。

月岡さんから話してくれるのを待っていると、


「ん……」


香菜子さんが目を覚ました。

微かな声に気づき、僕は香菜子さんの近くに駆け寄る。


「香菜子さん、気がつきましたか?」

「あれ……すみません……私……」


僕と月岡さんの顔を見て、申し訳なさそうに謝ってきた香菜子さん。

加えて、今の状況に困惑している様子だった。


「上で大きい音がしたので、様子を見に行ったら、香菜子さんが倒れていて……ここに連れてきたんです」


事情を説明した直後、香菜子さんの目から一筋の涙が突然流れる。

サッと手で拭い、鼻をすすっていた。


「すみません……確か階段を踏み外してしまって……」


全体的に覇気が無い感じ。

やっぱり香菜子さん……この前と同じで元気がない。


「転んで痛いところありますか?」

「……大丈夫そうです」

「あ、もしよければ飲み物要ります? 僕買ってきますよ」


月岡さんの言葉に「そしたらお水を買ってきてもらえますか」とだけ言った香菜子さん。

それを聞いた月岡さんはすぐに立ち上がり、図書館を出ていった。


「誠司さんも運んでくださったんですよね。 ありがとうございます。 驚かせてしまっすみません」

「いいえ、僕は全然……」


月岡さんの背中を見送った後、香菜子さんは僕のほうを見て謝ってきたが……。

僕が返事をした後、香菜子さんは下を俯いていた。


「あの……香菜子さん……」

「はい」

「答えづらかったらいいんですけど……最近何かありましたか?」


おじいさんの体調不良が気がかりで、香菜子さんに元気がないのは知っている。

ただ、情報源は遼くんなので、知らない程で聞いたほうが自然だと思った。


「この前も顔色悪そうに見えたので……」


人様の私情には、あまり首を突っ込まないほうがいいだろう。

それでも、いつもお世話になっている香菜子さんに、少しでも僕にできることがあるなら……。


しかし、僕の思いとは裏腹に、香菜子さんは静かに涙を流していた。

ハッとした僕は、いつも使わせてもらっているティッシュボックスを持ってきて、香菜子さんにティッシュを渡す。


「すみません……」


香菜子さんは初めて僕の前で泣いていた。

拭いても涙は止まらず「どうして止まらないんだろう」と言いながら、目元を強く抑えている。


「いいんです、僕もずっと泣いてばかりなので……」


無性に涙が止まらない状況の香菜子さんを見て、自分を見ているかのようだった。


「誠司さん……」


目を潤ませた香菜子さんが、僕を真っ直ぐに見つめてくる。

香菜子さんの表情と涙が、今の僕にも乗り移ってきそうだった。

沈黙が流れる中、走って戻ってきた月岡さんがやって来たが、


「ど、どうした、香菜子さん?」


前にもこんなことがあった。

前回は僕が泣いていて、今回は香菜子さんが泣いている状況。

香菜子さんは、椅子から立ち上がって「何でもないです」と言い、月岡さんのところに向かった。


「お水ありがとうございます」

「あぁ、いえいえ」


月岡さんからお水を受け取った香菜子さん。

目を真っ赤にしていても、スラスラと言葉を発していた。


「お財布取ってくるのでちょっと待っていてください」

「……香菜子さん」


月岡さんは突然、その場から離れようとする香菜子さんを呼び止めた。


「野上くんにも話してみたらどうですか。 僕に会ったときのように……彼とのこと」


事の状況を掴めないまま、黙って月岡さんと香菜子さんを見ていた。

一体『彼とのこと』とは何なのか。


「野上くんなら香菜子さんの話、受け止めてくれますよ」


振り返った香菜子さんは再び涙を流していた。


***


 数分後、僕ら3人はテーブル席に座った。

香菜子さんは息を吸うかのように、小さく話し始める。


「……私には幼馴染の男の子がいました。 どんなときでも私の味方になってくれる……頼もしい人でした」


声はさほど大きくないのに、図書館全部に響いているようだった。


「物心がついたときから、私は彼のことが好きで……彼もまた私に特別な感情をもってくれました」


月岡さんは香菜子さんの過去を知っているようだったが、静かに頷きながら聞いていた。

僕は香菜子さんの言葉を聞き逃さないようにと真剣だった。


「でも、彼との交際を両親は認めてくれませんでした」

「それは……どうして……」


僕の質問に、涙を堪えながら話を続ける香菜子さん。


「片親育ちで学歴が十分でないと……彼は高校卒業後に就職して、稼いだお金はお母さんの治療費にあてていたんです」


確かに香菜子さんは家柄が良く、裕福な家庭に生まれてきた。

親御さんにとっては、相手の生い立ちが気になったのかもしれないが……。

香菜子さんの話を聞く限り、相手は香菜子さんを大事にしていて、母親思いの人だと感じる。


「彼は何とかして交際を認められるように努力してくれました。 でも……私の前では気丈に振る舞っていた彼は……いつしか精神的に追い詰められてしまって……」


香菜子さんが呼ぶ「彼」という人に、僕は会ったことがない。

だが、自分のことのように心がひどく痛かった。

すると、言葉を詰まらせていた香菜子さんは声を震わせ……。


「その結果……彼は自ら命を……」

「……え?」

「……金曜日の夜、この図書館の屋上から飛び降りたのです」


香菜子さんはこの一言で再び涙を流した。


「彼がいないなら……後を追って死んでやろうと思いました。 そしたら妊娠が分かったんです……まるで彼に『そんなことしないで』と言われている気がして……結翔を育てることが、私の使命だと思ったんです」


月岡さんは黙って香菜子さんにティッシュを差し出した。


「両親とはかなり揉めたんですけど、唯一かばってくれたのが祖父でした。 祖父は自分の財産を私に譲ると決めてから、両親は口出ししてこなくなって……私は実家を出て、祖父の家で一緒に暮らしてたんですけど……」

「香菜子さん……?」

「……昨日の夕方、祖父が……おじいさまが病気で亡くなって……」

「……!」


おじいさんの訃報は、月岡さんも知らなかった様子。

2人で言葉を失っていた。


「私の味方がまた1人いなくなったと思うと、なんだかやりきれない気持ちで……。 病気を患っていたので、いつかこうなることは……分かってたんですけど……うぅ……」


感情がピークに達し、嗚咽を漏らす香菜子さん。

月岡さんは香菜子さんの背中を優しくさすっていた。

あまりの衝撃的な事情に、僕はただ黙り込んでいたが……。

唯一出てきたのは、やはり涙だった。


「図書館にいれば……上に行けば2人に会えるのかなって……でも、何もない……返事も……姿もない!」


ここまで感情を露わにする香菜子さんは初めて。

僕と月岡さんに言っているよりも、香菜子さんにとって大切な2人に強く訴えているみたいだった……。


「どうして……私を結翔を置いて……逝ってしまったの……?」


手で顔を覆ったまま、香菜子さんは暫く泣き続けた。


僕は果たして……この話を聞いて良かったのだろうか。


「本当ですよね……どうして急に……目の前からいなくなっちゃうんですかね……」


無意識のうちに思ったことを口にした僕。

月岡さんと香菜子さんは僕の言葉に反応した。


「ずっと一緒にいるはずだったじゃん……って何回思ったことか。 何かの間違いかと思っても……全然戻ってこなくて……」


四六時中、どんなに香織の帰りを願っても、ひっくり返ることは決して無い。

ただ1人で虚無感を飲み込んでいるだけの毎日だ。


「あと何回泣いて、何回苦しんで……何回絶望した朝を迎えればいいんだって……そう思うんです……」

「誠司さん……」


涙が止まらないまま、香菜子さんの顔を見る。


「香菜子さん……僕も、会いたい人に二度と会えないんです……」


こんなこと、本当は僕の口から言いたく無かった。

自分の口で言ってしまうと、香織の死を認めてしまったみたいで……。


「あぁ……弘樹……うぅ……」


香菜子さんは両手で口を抑え、激しく泣いてしまった。

僕の言葉を聞き『会いたい人にもう会えない』という現実を突き付けられたから……。

傍にいた月岡さんも涙を流していた。


ねぇ香織……。

あとどれだけ泣いて、どれだけ苦しめば……香織に会えるのかな。

いや、分かっているよ。

そんなこと、一生懸けても絶対に無理だって……。

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