香菜子エピソード 初恋だったあの人
あの人は幼い頃から、私の傍に必ずいてくれた。
保育園生だった頃、私が公園のブランコで延々と乗っていた記憶がある。
「10回漕いだら次の人に交代しなさい」と先生に言われていても、私は頑なにブランコから降りなかった。
それに反してあの人は……。
『香菜子ちゃんの代わりに僕が代わるよ』
いつもそう言っていた彼に、私は常に甘えていた。
幼い当時から、あの事件が起こるまでずっと……。
***
古びたブランコに1人、私は座っていた。
「んー」
ぼんやりしていた私を呼ぶように、おくるみに包まる小さい息子が声を出してきた。
息子の様子を伺うと、ニコニコと笑う。
まるで息子が「大丈夫?」と言ってくれたみたいだった。
「結翔はパパにそっくりね」
息子に釣られて私も表情が綻んだ。
すると、さっきまで一切無かった風が大きく吹いた。
日中は煌々とした秋晴れだったけれど、夕方になれば多少の冷気を感じる。
「寒いね……お家に帰ろうか」
結翔にそう優しく話しかけ、ゆっくりと重い腰を上げる。
「よいしょっと……」
私は昔から家に帰ることが嫌いだった。
17時を知らせる鐘が鳴ると、周りの友達は一斉に家へ帰っていく。
一方の私は拒絶反応なのか、鐘の音と同時にお腹が痛くなる。
すると、あの人はにっこり笑って、
『香菜子ちゃん、僕と一緒に帰ろう』
彼が手を差し伸べてくれたお陰で、なんとか家に帰っていた。
あの頃が懐かしい……。
手を繋いで帰った当時を思い出し、柔らかく笑みを浮かべた。
人は一生に一度、誰かしら好きになる。
その中で、初恋は特別だと思う。
自分の親、兄弟や祖父母も、はたまた友達にも「初恋」というものがあるはずなんだけど……。
「初恋は成就しない」
よく周りからそう言われて「そんなはずない」と思っていた私。
でも、それは本当だった。
帰り道、近所の子供たちがシャボン玉で遊んでいるところを見かける。
なんだか、初恋ってシャボン玉みたい。
フワフワと上に上がったと思えば、呆気なく消えていく。
「……」
ときどき考えてしまう。
私とあの人は、最初から出会うべきではなかったんじゃないかと……。
そうすれば、あの人は私の前からいなくなることは決してなかった。
出会ったとしても、あの人にワガママを言ったり、甘えたり、そんなことをしなければ……。
関係を遠ざけることができたと思う。
今さら手遅れなのに、ずっとそんなことを考えていた。
涙が突然、ポロポロと流れていく。
私、結翔よりも泣いているんじゃないかな。
「……っ」
結翔の顔を見て、慌てて涙を拭う。
泣き虫なお母さんでごめんね。
鼻をすすっていると、スマートフォンの振動が体に伝わってきた。
「もしもし……」
珍しいことに、祖父の秘書からの着信だった。
「……何て……仰いました?」
視界が一気に真っ暗になる。
まるで、あの人を失ったときと同じ気分だった。




