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今宵、図書館で逢いましょう。  作者: さきみやめぐ
第七夜

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遼エピソード 女神の微笑み 2

 病室で飽きるほど見た白色の電気とは違って、温かみのある図書館の照明。

またいつか、眩しさで目がやられそうになる手術室の照明を見る日が来るのか……。


「振り回されてきたか……それで言うと、私もちょっとだけ共感できるかも」

「え?」


愛花さんは深く息を吐き、ゆっくり話してきた。


「私が何に振り回されていたかというと……家族関係かな。 父親の暴力が原因で親は離婚して。 母親の収入じゃ生活できないから、芸能事務所に入って自分が稼ぐようになって……」


三木愛花の生い立ちは世に出回っていないはず。

隣で聞いていて絶句した。


「子役として成功しているように思われたけど、家庭環境は最悪よ。 自分の居場所なんてどこにも無くて……こんな人生、やめたいって何回も思った」


愛花さんが芸能人として振る舞っていた裏に、そんな闇があったとは……。

どう反応するべきか、僕は返事に困っていた。


「でも、遼くんの話を聞いたら……私の苦労話なんて大したことないわ……」

「いや、全然そんなこと……」


悲しい顔をしながら笑って、愛花さんはコーヒーカップを持つ。


「虚しいけれど……人生、何が起こるか分からない。 こんな言葉で片づけたくないけど、実際そうなのよね……」


ここに来るとき、僕も同じようなことを思っていた。

そして、目の前にいる愛花さんもそう思う1人……。

自分だけじゃないことに、ほんの少しだけホッとした。


「こんなような話、少し前にもしたの」


愛花さんは思い出し笑いをして言っていた。


「え、そうなんですか?」


愛花さんの暗い事情を知っているのは僕だけじゃないらしい。

一体誰のことだろうか。


「さっき香菜子に聞いたんだけど……誠司さんって人、遼くん知ってる?」

「はい、何回か会ったことあります」


僕も知っている人だと言うと、愛花さんはクスっと笑い出す。


「なんかこう、人が良さそうな感じ出てない? 喋った感じから滲みでちゃう的な?」

「あぁ、わかります」


愛花さんから見ても、誠司さんってやっぱり「良い人」なんだな。

数回しか会ってないけど、最初に会ったときから僕もそれは思っていた。


「誠司さんに私のディープな話を喋っちゃったんだけど、ずっと黙って聞いてくれたの。 お陰でスッキリしたんだ!」

「なら良かったじゃないですか」


僕に話した自分の生い立ちも含め、誠司さんに色々と話したのだろう。

優しい誠司さんなら、愛花さんの重たい話もきちんと耳を傾けていたに違いない。


「あと……私が見る限り、誠司さんも何だか訳アリそう」


芸能界で色んな人と仕事をしているからだろうか……愛花さんは人の内側を見る力がある。

ひょっとすると、誠司さんも人には言えない何かを抱えているのだろう。


「そもそもこの時間にここへ来るくらいだから、大体みんな訳アリよね。 私も該当しているけど」


確かにそうだ。

月岡さんは奥さんを亡くしているし、愛花さんも自らそう言っているし……香菜子さんも……。


「え、僕のこともそう思っていましたか?」

「まぁ薄々。 でも特にそういう話は今までしていなかったから、違うかなとも思ったけど……。 改めて聞いたら、そりゃあ驚いたよ」


僕より年上だけど、世間で見たら愛花さんの年齢はまだ若い。

僕の闇を何となく感じ取っていた愛花さんは、本当にすごいと思う。


「で、これからどうするの? 手術受けるなら、なるべく早いほうがいいんじゃないの?」


核心を突いた質問をされて、再び現実に引き戻される僕。

愛花さんの言う通り……僕には時間が迫っている。


「……僕のことどうこうを置いといて。 愛花さんがもし僕みたいな状況だったらどうしますか?」

「答えづらいことを聞いてくるね……」


無茶苦茶な質問だと分かってはいるが、こういう質問を誰にもしたことがなかった。

それはきっと、僕には大事な話ができる友達がいないからだと思う。

もちろん学生時代は楽しかったが……病気のことで気を遣われないよう、友達にはずっと曖昧にしていた。

だからこそ、自分より大人で、世の中の厳しさを知る愛花さんなら、何か答えてくれるのではないかと思った。


「こればっかりは人の命かかっているから……そんな生半可なこと言えないわよ」


渋い顔をしながらも、考えてくれている様子。


「要するに……手術をしない選択をして、残りの人生を悔いなく思う存分に過ごすか。 もしくは手術を受けて、成功の可能性だけを信じるか……ってことよね」

「え?」


愛花さんがボソッとつぶやき言葉に、思わず目を丸くした。


「究極だけど……どちらにおいても希望は0って訳じゃないから……って遼くん?」

「あ……すみません。 なんか、自分にはなかった発想だったので……」


『残りの人生を悔いなく思う存分に過ごす』

『成功の可能性だけを信じる』

『どちらにおいても希望は0って訳じゃない』


愛花さんの言葉が、心の奥底に深く刺さる……。

僕はずっと「失敗」や「絶望」で捉えていたんだ。


「それに、私個人で思うことがあるんだけど……」


愛花さんはさらに言葉を続けた。


「仕事ではありがたいことに色んな役を演じさせてもらったけど……その中で特に思うのが、人の生死に向き合う役柄は本当に辛いなって」


そう切り出した愛花さんの表情は、いつもよりも真剣だった。


「家族や恋人が亡くなるとか、自分が死ぬとか……もし本当にそうなったら、自分は果たして耐えられるのかなって」


ふと月岡さんのことを思い出した。

普段は温厚で、たまに先生風を吹かせて僕に厳しく言ってくる人も、悲しい過去を持っている。

僕の知らないところで、たくさん涙を流していたのだろうと思った。


「世の中には『もういっそ、自分なんていなくなってしまいたい』と思ってしまう人もいれば『まだ生きていたい』と切に思う人もいる。 自分もその狭間にいて、いつ自分がどうなるか分からない……」


幼少期に入院していた頃、同じ年ぐらいの子たちも病室にいて……。

何人もの小さい友達と永遠の別れを経験した。

その子たちも望んでいたはず……まだ生きていたいと。


「だからこそ、自分が息をして心臓が動いている間は『とりあえず生きなきゃ』って考えになったの。 まぁ、役から教わったって感じよね」


そうか。

僕の心臓は弱いけれど……今を生きていることは確かだ。

どうなるか分からないのが人生……だけど、自分だけじゃない。

愛花さんも、今この瞬間を生きている人たちも。


「あまり良いアドバイスになってなくて申し訳ないけど! こんなんでいいかしら?」


ニカッと笑う愛花さんの顔。

女優さんなのに、少年のような笑顔が意外としっくりくる。

思わず僕もつられて笑った。


「はい、ありがとうございます」


僕の肩をポンポンと叩き、愛花さんはコーヒーを飲み干した。


「あぁ、美味しかった! これでもう飲み納めかな!」


満足げな愛花さんだが、僕は「飲み納め」の一言が引っかかった。


「飲み納めって、どういうことですか?」

「今週中にはアメリカへ行くのよ。 拠点を向こうに移すって会見でも言ってたでしょ? あとは私が日本を発つだけ」


まさかそんなすぐに向こうへ行くとは予想外だった。


「アメリカ……」


しかも、僕の手術もアメリカだと言われていた。

愛花さんの新たな挑戦もアメリカだったことに驚く。


「本当は誠司さんに直接お礼がしたかったけど、火曜日の今日は流石に来ないだろうから、さっきお礼の手紙を書いてたのよ。 まぁ、遼くんに会えたし、良しとしましょう!」

「はい……」


色々と話をしてもらったのに、こうもあっさりとお別れになるとは……。

自分でも気づかないうちに返事が小さくなっていた。

そんな僕を見た愛花さんは、いきなり僕の頬をつまんだ。


「いい男になれよ、少年。 また会えるから!」


僕に優しく微笑む愛花さん。


「あの、愛花さん……お願いが……」

「ん?」


キョトンとした顔を僕を見つめる。


「最後に……写真を撮ってもらってもいいですか?」


それを聞いた大女優は大笑い。

「しょうがない! 今回だけ特別ね!」と言って僕に近づいてきてくれた。


愛花さんの甘美な香りにドキドキしながら、笑顔で撮った1枚の写真。

ありがとう、愛花さん。

この心臓が動く限り、僕らしく生きてみようと心に誓った夜だった。

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