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今宵、図書館で逢いましょう。  作者: さきみやめぐ
第七夜

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少年との約束 2

 香菜子さんの姿が見えなくなった後、僕は遼くんに問いかける。


「今日の香菜子さん、何か変じゃなかった? あまり元気がなかったような?」


すると遼くんは「多分、おじいさんのことかも」と小さく呟いた。


「おじいさん?」


前に香菜子さんと遼くんのやり取りで、香菜子さんのおじいさんはあまり体調が優れてないと聞いたのを思い出す。


「母ちゃんから聞いた話ですけど、香菜子さんのおじいさんが倒れて、先週からずっと寝たきりみたいで。 意識はあるけど、会話はできないって言っていました」

「そうだったんだ……」

「香菜子さん、大のおじいさんっ子なので、かなりショックだと思うんですよね」


大事な家族が苦しい状況にあると、自分自身も不安になるだろう。

香菜子さんの元気がなかったのも、今の話を聞いて理解した。


ふと、ごみ箱からチラッと見える枯れた花に目がいく。


「上の階にお花なんてあったんだ」


どの花も萎れているが、色んな種類のお花が束になっているのが分かる。


「あれ、上の階に花があった覚え無いんですけど……」

「そうなの?」

「いや……もしかしてあれか?」

「遼くん?」


珍しく真剣な表情になり、静かに考え事をする遼くん。

しかし、数秒の間があった後にいつもの遼くんに戻った。


「あ、いや。 最近は日中の図書館に行ってなかったので、いつの間にかお花を置くようになったかもしれませんね!」


遼くんから「日中の図書館」と言われ、僕がお昼に来た日のことを思い出すが……。

お花があったかどうかは覚えていなかった。


「確か本の他に、寄贈品とか地域の歴史に関する資料とかが置いてあったかな?」

「はい。 と言っても、香菜子さん家のものばかりですけど」

「香菜子さん家の?」

「この図書館は香菜子さんの家の人が代々で管理していて、この辺では資産家として有名なんですよ」


前に図書館のホームページを見たとき、個人で運営している図書館であることを知ったが、その個人が香菜子さんのご実家だったとは……。


「全然知らなかった」


今までの香菜子さんを見てみると、丁寧な言葉遣いが印象的だったのと、物事の価値観や考え方もしっかりしていた。

裕福な家庭だったことを聞き、香菜子さんの育ちの良さに納得する。


「それに、保積家って先祖代々から続く名家で、大昔の話ですけど、政治家とか科学者とか……何かとすごい人が多いんです」


遼くんの話を聞いてるうちに、香菜子さんが少し遠い存在のように思えてきた。

自分の身内間では想像しきれない……あまりにも華麗すぎる一族だ。

そんな遼くんはスタスタとテーブル席へ向かっていく。


「その子孫が香菜子さんというわけか……」


僕は呆然と立ち尽くし、真っ暗な階段を見つめていた。


「この仕切り越えて、2階に行ったら香菜子さん怒るかな?」


遼くんの話を聞いて、2階に置いてある寄贈品に興味を持った。

前回はサラッとしか見てなかったので、可能であればちゃんと見たいと思ったが……。


「怒るとは思いませんけど、止めておいたほうがいいと思いますよ」


遼くんは笑い交じりにそう言った。


「2階は香菜子さんの先祖たちの肖像画が並んでいますから……誠司さん、怖くて腰を抜かすと思いますよ?」

「うん、止めておこうかな!」


遼くんの怖い忠告に即答で返事をした。

そんな僕の様子に、遼くんはクスクスと笑う。


「上に行くなら日中がいいんじゃないですか。 2階はテーブル席とか無いので、そんなに混んでないはずですよ」

「うん、そうしようかな。 お昼にまた来るよ」


遼くんの近くに行くと、持ってきた紙袋の存在を思い出した。


「そうだ、軽井沢のお土産を買ってきたんだ。 よかったら遼くんも」


ラスクの詰め合わせを箱で渡すと、遼くんは喜んでくれた。


「え、いいんですか!」

「うん。 図書館で会う人にはお世話になっているから、たくさん買ってきたんだ。 遼くんにもって思ったから」


「うわぁ~軽井沢だ!」と、無邪気に笑う遼くんの顔を見て安心する。


「香菜子さんにお土産渡したかったけれど、渡しそびれちゃって。 今度また来たときに渡そうかな。 あと、月岡さんにも今日会えたら渡したいけれど」

「月岡さん、今日来るかな……先週月岡さんには会ったんですけど、2学期の中間テストの準備で忙しいかもって聞いたような……」


あと数日足らずで10月に入ろうとしている。

月岡さんは学校の用事があるたびにいつも忙しくしていた。


「そうだったんだ。 遼くん、先週も図書館に来ていたんだね」

「はい。 先週は誠司さんに会えなかったので、今日会えて良かったです」

「良かったよ、図書館に来てくれて……あ、遼くん座って。 コーヒー飲む? それともジュース買ってこようか?」


なるべく遼くんに負担をかけないよう、率先して僕から動こうとした。


「じゃあ、コーヒーいただいていいですか?」

「もちろん!」


僕は遼くんの分のコーヒーを用意する。

思えば最初の頃は遼くんが僕に気遣って、コーヒーを出してくれていた。

そこから何ヶ月も経っていて、僕もほとんどの金曜夜をここで過ごす利用者の1人になった。


「誠司さん……この前、薬局で色々とすみませんでした」


突然後ろから、話を切り出してきた遼くん。


「でも、誠司さんに『図書館で待っている』って言われたとき、結構救われました。 勝手に行きづらいって思っていましたけど、みんなは変わらずいてくれるなら図書館に行こうって思って」

「そう思ってもらえたなら良かった」


僕が振り返ってそう言うと、遼くんは照れくさそうに笑っていた。


数分後、コーヒーが入ったカップを持って遼くんの目の前に置く。


「ありがとうございます」


微笑みながら返事をされ、僕も隣に座ってコーヒーを飲む。

ある程度の時間が経ったので、自分のコーヒーは温くなってしまったが……。

遼くんも隣にいると、美味しさはそう変わらないように思えた。

出来たてのコーヒーを飲む遼くんは「うん、いつものコーヒーだ」と穏やかな表情を見せる。


「誠司さん。 少し長くなるんですけど……僕の話をしてもいいですか?」


突拍子もなく問いかけてきた遼くん。

僕はすぐに頷いた。


「もう察していると思うんですけど……図書館に行けなかったのは、持病が悪化したからです。 俗に言う先天性心疾患……ですね」


処方箋を見た時点で、病気のことは概ね把握していたが……。

遼くん本人から改めて聞くと、どうしても黙っていることしかできない。

それでも、最後まで話を聞こうと遼くんの目を見つめた。


「入院と退院を何回も繰り返して、小学生に上がるまで大きい手術も経験したんです。 子供の頃『明日もしかしたら目を覚まさないかもしれない』とか考えていました。 そう思うと毎晩寝るのが怖くて……」

「……」


涙が出そうになるのをグッと堪える。


「そのときに両親が僕のために、この図書館の本を借りて読み聞かせてしてくれたんです。 それが唯一の楽しみでした。 当時の僕の夢が『退院したらこの図書館に毎日通うこと』で……健気だと思いません?」


笑いながら問いかける遼くんに、僕も釣られて「うん、健気だし可愛いよ」と笑った。


「自分の頑張りが報われたのか、中学と高校は通院で済むくらいまで回復できました。 体育はできなかったですけど、毎日学校に行けるのが夢みたいでした。 でも、また体調が悪くなって……」

「そんな……」


そして遼くんは話を続ける。


「検査受けたら『アメリカに行って手術を受けないか』って。 しかも生存率は50パーセント……そんなことを言われたら覚悟が決まらなくて……ずっと悩んでいました」


遼くんがこの図書館に来ていた理由。

過酷な闘病生活で、癒してくれた本がこの図書館のものだったこと。

夜の時間にも足しげく通うのも、辛い過去を乗り越えたからだということ……。

笑顔の裏で、遼くんが苦しんでいたことを思うと胸が痛かった。


「あ、ちなみに6月ぐらいから、しばらく入院して経過見て、この前誠司さんと会ったときは一時帰宅のときだったんです」


ちょうど遼くんと一度会ったきりから、会わなくなってしまったのがちょうど6月だった。

その間、遼くんは1人であまりに大きい悩みを抱えていたとは……。


「そう、だったんだ……」


言葉が見つからなくて、これが精一杯だった。


「ごめんなさい、誠司さん。 重たい話になっちゃって」

「そんなことないよ! むしろ話を聞くことしかできなくてごめんね……」


僕の謝罪に困った顔をした遼くんは「相変わらず優しいな、誠司さん」と呟く。


「自分はどっちの道を進めばいいのか分からなくて随分悩みました。 時間は待ってくれないし、行きたい図書館にも思うように行けなかったですし……」


涙目で切ない表情をしていた。

心臓が弱い彼の心は、潰れるほど苦しだろうと悟る。

すると、遼くんは目を擦って僕のほうに体を向けてきた。


「でも決めました。 手術を受けることに」


ニコリと笑った遼くんを見た瞬間、一筋の涙が僕の頬を伝って落ちる。

こんな若い子が、自分の命と向き合って大きな決断をしたなんて。


「知り合いに励まされて目が覚めました。 今を生きられなかった人、生きていてほしかった人もいるのに……頑張って動いている自分の心臓、諦めるのは違うなって。 僕と同じ病気だった友達の中には、亡くなっている人もいたので……」


今を生きられなかった人、生きていてほしかった人。

そう言われたことで、なおさら僕の精神が揺さぶられた。

香織が正にそうだから……。


「自分を信じて、もう少しだけ前を向こうと思います」


どうか遼くんには生きていてほしい。

香織が迎えられなかった今日や明日、その先も穏やかに過ごしてほしい。

心の底からそう願った。


「うん。 きっと上手くいくよ」


香織の思いというより、僕の思いが強く出たあまり、視界が段々とぼやけてくる。


「誠司さん、泣いている……どうして、僕の話聞いて……」


僕が泣いているせいか、遼くんもポロポロと涙をこぼしていた。


「……ごめん……最近、大事な人を亡くしたからつい……」

「誠司さん……」


命がけの手術を決めた人に、自分の話をしてしまっていいのかと思った。

それでも、遼くんに自分の気持ちをしっかり伝えたい……。


「でもね、遼くんにはまだまだこの先も生きていてほしい。 僕の大事な人も、明日を望んでいたから」


あの日、何事もなく明日を迎えていたら、僕らは結ばれるはずだったから。

何よりも香織はその明日を楽しみにしていた。

だからこそ遼くんに言いたい。


「それと……約束しよう。 手術が終わったら、また図書館で会おう」

「はい。 戻ってきます、必ず」


図書館で最初に会ったときのように、遼くんは笑顔で返事をしてくれた。

その笑顔を、また次に会ったときに必ず見せてほしい。

遼くんと同じように、僕も笑顔で返したのだった。

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