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今宵、図書館で逢いましょう。  作者: さきみやめぐ
第七夜

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少年との約束 1

 先週の金曜日は軽井沢にいたので、図書館に来たのは2週間ぶりだった。

少しドキドキしながら図書館に向かったが、中に入ると心はスッと落ち着く。

夜の図書館ならではの空気感にも、ずいぶん慣れたものだ。


カウンターに香菜子さんはいなかった。

ぐるりと見渡すと、1階にも人がいないことを確認する。

上は当然、誰もいない……今のところ貸し切り状態だ。


テーブル席へと向かい、持ってきた紙袋をテーブルの上にそっと置く。

紙袋には、軽井沢で買ったお土産がたくさん入っていた。

香菜子さんや月岡さん、そして遼くんにも会えたら嬉しいな……。


閉館の時間まで余裕はある。

誰か来ることを待ちながら、図書館のコーヒーを味わうことにした。

コーヒーサーバーの近くに行き、慣れた手つきでドリップをセット。


「軽井沢のコーヒー、美味しかったな……」


1泊2日の軽井沢旅行は、片瀬のお陰で有意義に過ごすことができた。

教会にもお邪魔して、パイプオルガンの神聖な音に耳を澄まし……。

雨予報が外れたことで、2時間程度のサイクリングで風を切って。

薬局長おすすめのパン屋と、お土産を買うために旧軽井沢銀座へ行き……。

帰る直前まで、片瀬は僕たちを連れ回してくれた。


時間が経った今でも、ハルニレテラスで起きたことは鮮明に覚えている。

何かの間違いだと思っても、自分の耳には「誠司」と香織の声がしたのは確実だった。

できあがったコーヒーを飲もうとすると、


「うううぅ……」


誰もいないはずの図書館から、赤ん坊らしき声が聞こえた。

今にも泣いてぐずりそうな……。

驚きはしたものの、声がした方向へ歩いてみた。

心当たりはただ1つ。


「結翔くん?」


小さい籠の中で、大人しくしている結翔くんを見つけた。

僕が図書館に着いたとき、結翔くんがいることに気づかなかった。

さっきまで眠っていて、ちょうど今起きたところだろう。


母親である香菜子さんが近くにいないせいか、何やら不安げな顔をしている。

それとも、寝起きでご機嫌斜めだからだろうか。

子供は好きだけど、こういうときはどう対処するべきか迷うところだ。


「あ……」


僕を見た途端に目を潤ませて、小さく泣き出しそうだった。

香菜子さんは一体、何処にいるのだろうか。

辺りを見渡すが、香菜子さんが居そうな気配すらない。

僕は意を決し、ゆっくりと近づいた。


「ごめん、結翔くん。 お母さん、ちょっと手が離せないみたいだから……」


捲れていた布団をそっと体に包み込ませ、お腹辺りを優しくポンポンと手をのせた。

自分なりに結翔くんをあやしてみると、興味を示したかのように、小さすぎる手を僕のほうに伸ばしてきた。

僕も同じように手を伸ばすと、指をきゅっと握ってくれる。


「ふふっ……かわいい」


少し気持ちが高ぶった僕は、ふとこんなことを思った。

今なら結翔くんと通じ合えるのではないか……。

もちろん、そんなはずはない。


「抱っこする?」


冗談交じりに小さく呟くと、さっきの結翔くんには無かった笑顔が見られた。

本当に通じたのか……?


「失礼します……」


首がすわってきた結翔くんだが、赤ちゃんらしく頭はしっかり重たい。

慎重に慎重にと、自分の方へ抱き寄せた。


小さいのにずっしりと厚みがある。

僕との距離がより近くなったことで、僕の顔面に手を伸ばしてくる。

頬を叩かれたり、鼻を摘ままれたり……痛いけど、そんな行動も許してしまう。


「お腹空いてない? それともおむつの交換かな?」


僕の心配を無視して、ご機嫌に笑っている結翔くん。

そんな顔をされたら、僕も一緒になって笑うしかない。


「まぁ、大丈夫そうかな」


少しでも結翔くんを寂しくさせないようにと、1階フロアを回ってみた。

図書館なので、可愛らしい装飾品は無いが、雑誌や新聞など、観葉植物など見当たるものを見せてみる。


「これ、三木愛花っていう女優さんなの。 結翔くん、会ったことあるかな? 図書館にね、来たことあるんだよ。 綺麗な人でしょう?」


雑誌の表紙に載っている愛花さんを見せると、僕の胸に顔を埋めている結翔くん。

愛花さんを見て、恥ずかしがっているのか?


「……元気にしているかな、愛花さん」


渡米してから日が経っている。

ふと、最近の愛花さんが気になって、独り言を発していた。

雑誌を棚に戻し、別のところに視線を変える。


「あ、そうだ。 お土産」


紙袋の中を片手で漁り、結翔くんに見せてみた。


「これはね、結翔くんに買ってきたの。 可愛いでしょ」


軽井沢に住むハンドメイドの作家さんが作った、猫のぬいぐるみを結翔くんに買ってきた。

興味を持った結翔くんは、口に含もうとする。


「気に入ってくれたかな? でも、食べられないよ?」


本当に食べられたら困るので、口元から少し離した状態にする。

それでも結翔くんは手からぬいぐるみを離さず、ニコニコとしていた。


「ん?」


入り口のところから音がした。

香菜子さんが戻ってきたと思い、体を反転させて入り口付近に行ってみる。


「誠司さん……」


現れたのは遼くんだった。

僕が結翔くんを抱っこしている姿を見て、不思議そうな顔をしていた。


「遼くん!」


やっと遼くんに図書館で会えたことが嬉しい僕は、笑顔で迎え入れた。


「え、抱っこしているのって結翔くん? え、いつの間に大きくなっている!」


人見知りをしない結翔くんは、遼くんが近づいてきても泣かない。

結翔くんの柔らかい頬をつんつんと触る遼くん。


間近で遼くんの顔を見ると、今日も血色があまり感じられなかった。

それでも、表情は薬局で会ったときよりも明るい。

遼くんと結翔くんの平和な雰囲気を、僕も笑顔で見守っていた。


「全然泣かないですね。 誠司さんに抱っこされていて、僕に頬を触られているのに」

「うん。 寝起きなんだけど、香菜子さんがいないから、僕が抱っこしていて」

「そうだったんですね。 ふふっ、可愛い……」


こうして話してみると、何も変わりない。

僕と遼くんが図書館で会うことが久々とは思えないぐらい、自然な会話をしていた。


「香菜子さん、どこにもいないんですか?」

「うん、1階にいなくて」

「じゃあ、上とか」

「まさか? あり得ないでしょう!」


いつも通り2階から上は真っ暗。

逆に人がいたら恐怖だ。

人が入らないように、仕切りも置かれている。


「うー」


結翔くんは2階の階段に視線を移していた。

上へ行きたいかのように、体重を前方にかけてくる。

抱きかかえていた僕もバランスを取ろうとすると、上へ行きそうになる。

暗闇の先には、できれば行きたくない。


「ちょっと、結翔くん……」


そのとき、一瞬だけ僕の視界に白い何かが映った。


「え?」


しかも階段の先である2階。

僕はもしかして、見てはいけないものが見えてしまったのか。

結翔くんを守るように、僕は少しだけ体勢を縮めて、自分の背中を階段側に向ける。


「誠司さん?」


僕の異変に遼くんも気づいた様子。

口を開くことも怖く思えて、呼びかけに黙っていた。

目線だけ階段の方に恐る恐る向けていく。


すると、誰かのつま先が見えた。


「誠司さんと遼くん?」

「あ……香菜子さん?」


ゆっくりと階段を下りて、1階にやって来た香菜子さん。

白い何かは香菜子さんが来ていた白いロングスカートだった。


恐怖心から解放された僕は、


「香菜子さんか……良かった! さっき見ちゃいけないものを見た気がして怖かったんですよ!」


早口で事情を話す僕に、香菜子さんは「すみません、怖がらせて」と謝っていた。


「でも、どうして真っ暗な上の階にいたんですか?」

「2階に飾るお花を変えようとしたんです。 スマホのライトで間に合ったので」


数輪のお花を手に持っている香菜子さん。

枯れている花を受付に近いゴミ箱へ捨てていたが、香菜子さんの表情がどこか暗かった。


「あ、遼くん。 久しぶりね。 来てくれたんだ」


香菜子さんから話題を転換され、遼くんにスポットが当たった。


「はい。 今日はわりと体調良いので。 誠司さんにも会えてラッキーでした」

「元気そうで良かった。 ゆっくりしていってね」


いつも通りの会話だが、どこか香菜子さんの雰囲気に違和感を覚えていた。


「誠司さんもごゆっくり」

「あ、あの! 香菜子さん!」


僕らの横を通り過ぎ去る香菜子さんを慌てて呼び止めた。


「結翔くん、さっき起きたみたいなんですけど」


結翔くんを抱っこしている僕に驚き、駆け足で戻ってきた。


「すみません、結翔のことを見ていてくださって」


申し訳なさそう言われて、結翔くんを香菜子さんへと渡した。


「起きちゃったか、おはよう。 まだ夜だけどね」


結翔くんに目を合わせ、香菜子さんは優しく話しかけていた。

そして、結翔くんを抱きかかえた状態で、


「本当に助かりました。 ありがとうございました」


頭を下げた香菜子さんは、静かに結翔くんとその場から離れていく。


「あ、お土産……」


猫のぬいぐるみを結翔くんに持たせたままだと後から気づき……。

結局、香菜子さんへのお土産も渡しそびれてしまった。

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