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今宵、図書館で逢いましょう。  作者: さきみやめぐ
第六夜

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恭子エピソード 野上先生と香織さん 2

 会計後、香織さんの見送りも兼ねて私も外に出た。


「申し遅れました。 私、森永恭子と申します」


ふと自己紹介してないことを思い出した。


「あっ、薬局長さんですよね! いつも誠司がお世話になっているようで!」

「いえいえ! 私のほうが野上先生に助けてもらっています。 すみません、ご挨拶が今更になってしまって」

「とんでもないです! かえって皆さんに気を遣っていただいてしまって……。 あの、外寒いですよね。 白衣だけでは……」

「あぁ、薄着に見えますけど、中にたくさん着込んで、カイロがいくつも貼っているので!」


人への気遣いや丁寧な話し方が野上先生に似ている。

ただ、野上先生と異なるのはすごく明るいところ。

いや……これも気遣いから来る明るさなのか?


「そうでしたか! お見送りまでしていただいてすみません! あの……」


香織さんはさっき渡しかけた紙袋を私に向けてきた。


「中にメッセージカードがあるんですけど、私の名前は伏せて『患者さんからの差し入れです』って書いてあります。 誠司には私が薬局に来たことを内緒にしているので」

「あの、どうしてそこまで……」


有り難いことに、患者さんからの差し入れは何度かいただいたことはある。

しかし、野上先生に用があったのではなく、わざわざ菓子折りを私たちに渡すなんて……。

すると、呼吸を整えるように息を吐き、香織さんはこう言ってきた。


「私が来ると、誠司が気を遣ってしまって、仕事に支障をきたすかなと思いまして……でも、誠司が仕事をしているところに一度は行ってみたくて……。 薬局で薬が貰えて、誠司が休みの日をずっと狙っていたんです。 それが今日でした!」


無邪気に笑う香織さんが、とても可愛らしかった。

そして、すぐに眉を寄せ、申し訳なさそうな顔をする。


「あと、外でウロウロしてしまって、皆さんが私を不審に思っていましたよね……ご迷惑を承知で来てしまって、本当にすみませんでした!」

「いえいえ! そういうことでしたら、大丈夫ですよ!」


香織さんの話を聞いて、私は笑顔で大きく頷いた。


「ありがとうございます! あの、私がここに来たことは誠司に内緒でお願いします!」

「分かりました。 では、せっかくいただいたお菓子、みんなでいただきますね」


香織さんが持ってきてくれたお菓子は、並ばないと買えないほどの有名なお菓子だった。


「ぜひ! お口に合うと嬉しいです!」


香織さんの表情を見ていると、私まで表情が明るくなる。

そのとき、ふと香織さんに言いたいことが頭に浮かんだ。


「あ、そうだ。 この度はご結婚が決まったみたいで。 おめでとうございます」


香織さんはアタフタしながら「あぁ、そんな、恐れ入ります!」と嬉しそうな顔をしていた。


「薬局の人たち、みんな野上先生のプロポーズ話に食い気味で……」

「なんだか……恥ずかしいですね……」


真冬なのに汗が出そうな香織さんは、両手のひらで顔を扇いでいた。


「あまりの反響なので、私から野上先生にプロポーズのことを詳しく聞けてないんですよ」

「そうなんですか!」


話をするたびに、コロコロと表情が変わる香織さん。

こんな人が奥さんだったら、野上先生は楽しくてしょうがないだろう。

初対面ということを忘れて、私は思い切ってこんなことを聞いてみた。


「ちなみにですけど……香織さん的に結婚が決まって、今のお気持ちはいかがですか?」

「今の気持ちですか! えぇ、そうですね……」


香織さんは少し驚いていたが、私の無茶な質問に答えようと考えてくれた。

そして、香織さんはゆっくりと口を開いた。


「ずっと一緒にいたので、実感はあまり湧かないんですけれど……誠司が私を選んで、一緒に人生を歩んでくれることにとても感謝しています」


優しい口調なのに、強い愛情と決意が伝わってきた。


「誠司の性格や価値観、どれも好きですけど……仕事に一生懸命なところをすごく尊敬していて。 私には到底できない仕事ですから。 誠司のために、私も何かしたいと思ったんですけど……白衣を綺麗に洗って持たせることしかできなくて」


香織さんの言った「白衣」で、ふと気づいたことがあった。


「野上先生の白衣、いつも綺麗だなって思っていましたけど……あれは香織さんが?」


香織さんは「はい、私です」と笑顔で答えてくれた。


「皺もないし、ほんの少し良い香りもしていて。 何か良い洗剤か柔軟剤を使っていますか?」


スタッフの身だしなみチェックをしていると、毎回思っていたことがあった。

野上先生の白衣はいつも綺麗で、ほのかに良い香りがするなと……。


「なるべくキツさがない香りの柔軟剤を使っています。 私が匂いに敏感なので、誠司の白衣用で柔軟剤を探したんです」

「それはすごい! 野上先生の白衣、いつも綺麗で良い香りしますよ!」

「先生にそう言っていただけて嬉しいです!」


香織さんは単に野上先生のことが「好き」という感情だけでなく、人としての「尊敬」も含まれている。

一つ一つの言葉から、思いがよく伝わってきていた。


「野上先生と香織さんは、とても素敵な関係性ですね」


私の一言が意味深に聞こえたのか、香織さんは少し神妙な顔をする。

気がつくと、私は自分の話を始めたのだった。


「私は仕事にのめり込んでしまって……仕事を理由に、女性としての幸せから逃げていました。 傷ついてしまうことが目に見えていたから」


こんな話、薬局のスタッフどころか、身内にも話したことはない。


「でも、友達が結婚して子供が産まれた話を聞くと……祝福したいのに、自分の劣等感が邪魔して友達を避けて……自分で仕事を選んだのに、友達の幸せを受け入れられないなんて……性格悪いなって分かっているんですけど」


これから結婚する人に何を言っているのか……。

我に返り、香織さんにすぐ謝った。


「……ごめんなさい、こんな話されたら不快に思いますよね」

「いいえ! そんなことないです!」


話を黙って聞いてくれた香織さんは、大きく首を横に振ってくれた。


「でも……香織さんと野上先生は違いました」

「え?」


驚いた顔をする香織さんをよそに、私は率直に思ったことを口にした。


「普段の野上先生は誰よりも気遣いができて、どんな仕事も丁寧にやってくれるんです。 表で目立つスタッフがいると、どうしてもそっちに注目されますけど、野上先生には安心してお仕事を任せられます」


ちなみに、表で目立つスタッフの代表例は片瀬先生かしら。

まぁ、それは一旦置いときましょう……。


「その反面、有給を取るときに野上先生が『彼女と旅行に行ってきます』って嬉しそうに話していて。 誠実で恋人思いの野上先生が『結婚』となると、私も納得できました。 いい旦那さんになりそうですし、子煩悩なお父さんにもなりそうですよ」

「先生……」


他人のことを珍しく口に出して褒めた。

慣れないことをしたせいで、少し痒い感覚があったが……。

自分のことのように喜ぶ香織さんを見て、本音を言ってよかったなと思った。


「人様のおめでたい話が、こんなにも喜ばしく思うのは……今回が初めてだなって感じたんです」


最後は明るく言い切ってみると、今にも感動で泣きそうな香織さんの姿が。


「もう、そこまで言っていただけて感無量です、先生……」


香織さんに話したことは全て本心。

恋愛を後回しにした結果、周りに置いてかれたような気持ちに何度もなった。

仕事を一生懸命にやっても、報われている気がしなかったけれど……。

そんな廃れた私でも、野上先生と香織さんの話は、自然と耳を傾けることができた。

こんなにもお互いを思いやっている2人は、皆に祝福されるべきだ。


「香織さん。 野上先生の上司として言うのも何ですが……今後ともよろしくお願いいたします」


私の言葉を受けて、香織さんも姿勢を正して、


「私のほうこそ! どうか、今後ともよろしくお願いいたします!」


2人で目を合わせて笑い合った。


***


 香織さんと会った日のことは、約束通り野上先生に黙っていようと心に決めていたけれど……。

目の前で涙を流す野上先生を見てしまったら、香織さんのことを話さずにはいられなかった。


ごめんなさい香織さん、あなたが薬局に来たことを野上先生に伝えてしまって。

でも、野上先生の心はずっと香織さんだったから。

野上先生が知りたい香織さんのことを、求めていたんじゃないかと思ったの。


あの日から半年以上が経ったけれど、未だに信じられない。

私がそう思うくらいだから、野上先生はそれ以上に苦しんでいるはず。


時々思う。

私が頬杖をついて暇をしていたら、薬局の入り口から香織さんが颯爽と現れて……。

屈託のない笑顔で「また誠司に内緒で来ちゃいました」って、お薬手帳と処方箋を渡してきそうな気がするの。


私が書いた香織さんの薬歴が、二度と更新されないと思うと心が痛い。

祝福されるべき人が、どうしてこんなにも早く永遠の別れをしなければならないのか。

世間はいつだって不公平だなって思ってしまう。

辛いというより、悔しいが勝る。

この感覚は、片瀬先生も同じかもしれない。


どんな無茶でも、1つだけ願いを聞き入れてくれるなら。

香織さんにもう一度薬局に来てもらうこと。

せめて野上先生がこの薬局で仕事をする姿を、香織さんに一目見せてあげたかった。

そして、野上先生の心を一瞬でも癒やしてほしい……。


最初で最後に会った香織さんの姿と、野上先生の悲痛な叫びを胸に、私は静かに涙を流していた。

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