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今宵、図書館で逢いましょう。  作者: さきみやめぐ
第六夜

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恭子エピソード 野上先生と香織さん 1

 私が「帰りたいなぁ」と呟いていた夜の18時過ぎ。

患者さんの出入りが少なくなると、早く帰りたいと思ってしまう。


いつもは定時に皆を退勤させて、自分も残業ゼロで帰ろうとするが……。

季節は花粉症シーズン。

耳鼻科に行ってきた仕事終わりの患者さんが、ぽつぽつと見えていた。


処方箋とにらめっこをして、服薬指導で「花粉症のお薬ですね」と毎回声に出す。

その繰り返しに、正直私は飽きていた。


頬杖をつきながらパソコンを見ていると、入り口の呼び鈴が鳴る。

事務員さんが「こんばんは」と声をかけた先に、小柄な女性が立っていた。


薬局が閉まるギリギリの時間に来たことを申し訳なく思っているのか、律儀に「今、お薬もらっても大丈夫ですか?」と聞いていた女性。

まぁ、患者さんが処方箋を持って来た以上、薬は渡さないといけないから。

すぐに処方箋が貰えるように調剤室を出て、事務員さんの傍まで向かった。


「処方箋、もらいますよ」


チラッと患者さんを見ると……。

恐らく今までこの薬局に来たことないであろう若い女性だった。


「あの、薬局に来たのが初めてなんですけど」

「では、こちらをご記入いただいてもよろしいですか? それと、保険証とお薬手帳もお預かりします」


事務員さんは、バインダーに挟んだ問診票を女性にボールペンと一緒に渡していた。

女性は「わかりました」と受け取り、ソファーに腰掛けてペンを進める。


オフィスカジュアルコーデ。

上品な紺色のバックに、大手百貨店の紙袋。

仕事終わりでお疲れかと思ったが、目に力があって、清潔感が保たれている。

患者さんがその女性1人しかいないからか、自然と見てしまう。

処方箋を見ると、女性も花粉症の薬を貰いに来たようだった。


「薬局長、ちょっといいですか」


事務員さんが小声で、私に声をかけてきた。


「ん?」


調剤室の出入り口付近に呼び寄せられた。


「今いる患者さん。 実は、少し前から薬局の外でウロウロしていて……」

「え、あの女の人?」

「はい。 10分くらい、薬局の中を眺めている感じで……」


見かけ上は不審者とは思えず、事務員さんの話に耳を疑った。


女性の様子を伺っていると、バインダーを持って受付に向かってくる。

話していた事務員さんがバインダーを受け取り、私もチラッと問診票を見た。


『高坂香織 27歳 会社員』


住所を見ると、薬局から家までは少し距離がありそうだった。

アレルギーは花粉症のみ丸がついていて、薬によるトラブルや治療している病気もなければ、妊娠もしてなさそう。


そして何より、綺麗な字が印象的だった。

私の字は丸文字の癖があり、人様に見せるには抵抗がある。

それに、筆跡である程度の人柄も読み取れると聞くが、女性が書いた字から怪しい様子は見られない。


「ん?」


目線を問診票から反らすと、女性は薬局内をキョロキョロと見渡していた。

まるで誰かを探しているみたい……?

時折、何かに感動したような溜め息を溢す素振りも見せていた。


少し変わった患者さんが気になるが、処方箋を持って調剤室へ行く。

ガラス窓越しの調剤室からも様子を見ていたが、やはり落ち着きがなさそうだった。


「高坂様、お待たせいたしました」

「は、はい!」


女性の名前を呼んだ直後、しっかりとした返事で私の前に来てくれた。


「先ほどは問診票のご記入、ありがとうございました。 本日は花粉症でお薬を貰いにいらっしゃったということですかね?」

「はい。 毎年、この時期になると鼻水とクシャミが止まらなくて……」


大きい目が緩くなり、はにかんだ表情が可愛らしかった。


「それはお辛いですよね。 他に気になる症状はありますか?」

「無い……ですね……はい! 大丈夫です!」


少し考える素振りを見せたのち、元気よく返事をしてくれた。

27歳というと、ウチでは野上先生と片瀬先生と同じ年齢。

「愛嬌」という言葉に無縁な27歳組の2人に反して、この患者さんは「愛嬌」そのもの。

同性の私まで微笑ましく見えた。


「それは何よりです。 お薬でのトラブルや過去にご病気もないとのことで……念のためお伺いしますが、妊娠については……」

「あぁっ! その予定は、まだ、です! はいっ!」


急に頬を赤らめ、きっぱり否定していた。

そのわりにはニヤニヤと笑っていて「どうかしましたか?」と聞かざるを得ない雰囲気。

口を手で覆う姿を見ていると、薬指に控えめな大きさをしたダイヤの指輪が。


「あぁ、すみません! 薬局で大きい声出してしまって…… 」


眉間に皺を寄せながら、丁寧に謝ってきた。


「大丈夫ですよ。 では、処方されたお薬について説明させていただきますね」


私も気を取り直して、本題へ戻ることに。


「フェキソフェナジンが14日分出ています。 1回1錠で、1日に2回服用してください。 以前まで飲んでいたお薬は……」

「どうしても眠気の副作用が気になったので……」

「そうでしたか。 フェキソフェナジンは市販薬でもあるように眠くなりにくいので、眠気は軽減されると思いますよ」


安堵した様子を見て、私も反射的に微笑む。


「お薬手帳では、点鼻薬の処方が過去にあったようですが、こちらは大丈夫ですか?」

「家にまだ点鼻薬が残っていたので、耳鼻科の先生に今回はナシでお願いしました」


受け答えをスムーズにしてくれたお陰で、服薬指導はそこまで時間がかからなかった。


「お薬の他にご質問はありますか?」

「大丈夫です! ただ、あのっ!」

「?」


女性は持っていた紙袋を引っ張り出し、


「これ、もしよかったら薬局の皆様で召し上がってください!」

「えっ? あ、その……」


突然の展開に、さすがに驚いてしまった私。

初めてウチの薬局に来た人が、いきなり差し入れを渡してくるとは一体どういうことなのか。


「すみませんいきなり! あの……私、高坂香織と申しまして、野上誠司の……」


野上先生のフルネームと、左手に光る指輪を見てすぐ閃いた。


「……婚約者?」

「……はい」


少し前のクリスマスに、野上先生が恋人にプロポーズをした話で盛り上がっていたウチの薬局。

記憶に新しいので「彼女」というより「婚約者」で脳内変換されていた。


プロポーズが成功した後、女性スタッフからの質問にタジタジだった野上先生。

聞きたい気持ちは分かる……人見知りで奥手そうな野上先生が、どんなプロポーズをしたのか。

私は個人的に質問を飛ばさなかったが、内心は相手との馴れ初めやどんな人なのか、色々と聞いてみたかった。


私の口から出た「婚約者」に、さっきと同じく顔を真っ赤にした女性。

ではなくて、香織さん。


「すみません、いきなり薬局に来てしまって」

「いえいえ! 処方箋は持ってきていただいていますし……ちなみに、野上先生は今日お休みですけど……」


さっきから薬局内をキョロキョロしていたのは、野上先生を探していたからなのか?

シフトが決まっていたのでやむを得ないが、少し申し訳ないなと思った。


「そこは大丈夫ですから! あっ……」


香織さんの視線を追っていくと、目をキラキラさせて香織さんを見つめる事務員さんと薬剤師の2人が立っていた。

香織さんも応えるように、たくさんお辞儀をしている状況。

色めき立っている2人に、小声で「締め作業進めて!」と忙しく促す。


「あぁ、薬局が閉まる時間ですよね! すみません! お薬代いくらですか?」


香織さんは慌ただしく財布を出したのだった。

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