片瀬エピソード 親友の特別な人 3
自分の恋愛観を笑顔で「歪んでいる!」と言ってきた香織ちゃんに、俺は思わず笑ってしまったが……。
続きが気になるので、改めて質問を振る。
「……その歪んだ恋愛観というのは、具体的に何なの?」
香織ちゃんは深呼吸した後、こう話してくれた。
「誠司のイメージって、人見知りで根暗な感じじゃない? だけど話してみたら、自分から話すのが苦手なだけで、人の話はちゃんと聞いてくれるし。 面白いことには理解があるし、親しくなると、一部の人にしか知らない誠司の良さが出てきて……なんかこう特別感があっていいなっていう……」
あまり上手く伝えられなかったことに、渋い顔をしていた香織ちゃん。
でも、何となく言いたいことは分かったし、俺も共感できるところがあった。
「本人は自分の欠点を悪く言うけど、私はまったくネガティブに思っていなくて……あと、この話を友達にすると『何言ってるの?』って突っ込まれちゃって」
「でもそれで言うと俺、野上とは友達になれないだろうなって前に思っていたから」
「え? そうだったの?」
続々と注文した料理が運ばれてくるが、香織ちゃんは俺の話に食い気味だった。
「俺と違って野上は真面目で頭いいし……で、明るいタイプじゃないし。 俺って陽キャ軍団にいそうな雰囲気じゃん? だから、相手にされないと思っていたけど……」
「思っていたけど?」
「喋ってみてわかった。 人の悪口言ったり、見下したり、そういう卑怯なことは絶対しないやつだって。 あと、勉強ができるのも野上が努力しているって知ったら、素直に『すごい』っていうか……昔は野上に偏見持っていたこと、わりと反省していて」
野上に対して「真面目で暗いし、俺とは馬が合わない」「喋ってもつまらない」と思っていた俺。
身勝手なイメージと変なプライドで、完全にイキっていた自分が引くほどダサかった。
「今は野上の良さをちゃんと分かったし、人として信用できるかな。 まぁ……1つだけ言うなら『そんなに自分のことを悪く言わなくてよくない?』って内心思うんだけどね」
野上に対して「真面目で暗いし、俺とは馬が合わない」「喋ってもつまらない」と思っていた俺。
身勝手なイメージと変なプライドで、完全にイキっていた自分が引くほどダサかった。
「今は野上の良さをちゃんと分かったし、人として信用できるかな。 まぁ……1つだけ言うなら『そんなに自分のことを悪く言わなくてよくない?』って内心思うんだけどね」
俺の目の間で、じっと固まる香織ちゃんを見て我に返った。
「ごめん。 香織ちゃんからしたら、自分の彼氏の悪口言われているみたいで嫌だよね」
日本酒を一気に飲み、空のお猪口につごうとしたが、香織ちゃんが俺についでくれた。
「ううん、それは私も同感! 誠司ってたまにネガティブムーブ出るよね!」
穏やかに笑った香織ちゃんを見てホッとする。
「それに、直弥さんの話には嘘がなさそうだし、今は誠司のことを良く思ってくれているし。 2人が良い関係なら尚更良いよ!」
香織ちゃんはお世辞で言っているのではなく、素で俺に言ってくれていると分かった。
「誠司がね、前に言っていたの。 『片瀬に褒められたことが、今までの中で一番嬉しかった』って。 記憶にあるかな? 確か3年生のとき。 勉強している最中に声をかけられたって……」
それはきっとあのときだ。
「俺も覚えている。 あのときの一言で、野上が初めて俺の目を見て喋ってくれたから。 ていうか、野上そんな感じだったの? 俺の前ではいつもみたいに『そんなことない』って、否定ばっかりだったけど」
あの日、俺が野上の努力を心から認めて、野上に対して一言が無かったら……。
今こうして、野上と居酒屋で飲みかわすことはなかったかもしれない。
正確には、野上の彼女と飲んでいるが……香織ちゃんは「分かる。 誠司ってよく『そんなことない』って否定するよね」と目を細めていた。
「誠司は嬉しそうにしていたけれど、話を聞いた私も自分のことのように嬉しかったな」
「香織ちゃん……」
にっこり笑った後に「私も日本酒飲もうかな! すみません! 日本酒ください!」と店員さんに元気よく注文。
ジョッキのビールは、すでに空になっていた。
「今日は直弥さんに会えて嬉しかったな! 誠司から直弥さんの話は結構聞いていたから!」
「あ、野上って、俺の話を香織ちゃんにしていたんだ……」
2人が付き合い始めたのは2年生からで、俺と野上が話すようになったのは3年生。
多少の会話はあったけれど、お互いのプライベートを深堀りする機会はなかったかもしれない。
それに、野上について浮いた噂は大学で出回ることはなかった。
タイミング的に、野上と恋愛について話すことはむしろ難しかったのかも……。
「うん。 『片瀬ってすごいんだよ!』『俺は片瀬みたいに、器用にできなくてさ』とか、直弥くんを褒めたり自分に落ち込んだり……。 多分誠司は、よその場所でやる実習とか、慣れない人と話すことが苦手なんだと思う」
香織ちゃんが察している通り。
実習中は弱音を吐き、表情が曇っている野上をよく見かける。
特に避けて通れないのが、野上が苦手としている「コミュニケーション」と「実践的な動き」だ。
今は落ち着いてきたほうだが、最初はかなり苦戦していた。
俺はしつこく励ましていたけれど「野上に言葉が強すぎないか」とか「いい加減な言い方になっちゃったか」とか、実は考えている。
「まさにそう。 俺は野上にポジティブなことしか言えないんだけれど……果たしてそれでいいのかなって、迷うことあって」
俺は勉強があまりできないが、人前で話すことを苦だと思わないタイプ。
野上からも「片瀬はコミュ力高くて羨ましい」と言われるほどだ。
新しい日本酒が届いたのと同時に、俺は香織ちゃんのお猪口に日本酒を注いだ。
香織ちゃんは小さくお礼を言って、日本酒をクイッと飲む。
「そこについては……きっと大丈夫だと思う」
真っ直ぐ俺にそう言った香織ちゃん。
「最初はできなくても、誠司ならできるようになるし。 人見知りで馴染めなくても、真面目な誠司なら、周りからの信頼は得られると思うから」
俺は香織ちゃんの言葉に目を見開いた。
そんな俺に微笑みかける香織ちゃん。
「でも、私と直弥さんが『あなたなら大丈夫』ってマメに言わないと! 誠司は自尊心が異常に低いから、しっかりメンタルケアしないとね!」
野上を全方位から受け止めている香織ちゃんに、俺は頭が上がらなかった。
この彼女……人生何周目?
一瞬、そんな考えがちらついた。
「なので直弥さん。 私は学校や実習で、誠司のことを直接励ましに行けないから、そこは直弥さんに変わらず励ましてほしくて……直弥さんなら嘘やお世辞を言わないだろうから、本心で誠司と向き合ってくれるかなって」
俺の性格や言動まで明確に捉えられていた。
思わず笑ってしまった直後、俺は頷きながら、
「オッケー。 学校と実習中は野上のメンタル守るから任せて!」
俺がグッドサインをすると、香織ちゃんは「よろしくね!」とニコニコ笑っていた。
「ねぇ香織ちゃん……野上のこと、すっごく好きでしょ?」
無意識のうちに、香織ちゃんに突拍子のないことを尋ねてしまった。
しかし、香織ちゃんは何もためらうことなく、
「うん。 すっごく好き」
真っ直ぐな瞳で、穏やかな笑みを浮かべながら言い切った香織ちゃん。
気持ちよく寝ている野上に「ちゃんと聞いていた?」って突っ込んでやりたかった。
***
香織ちゃんとは、そのまま2時間近く飲みながら喋っていた。
それぞれの生い立ちや、今の悩みや将来の話など、たくさん話題は出てきたが「野上ってさ」「誠司がね」と、野上のネタがやはり尽きなかった。
なんだかんだ俺も野上のことを友達として好きなんだと自覚する。
そして香織ちゃんに「卒業したら同棲するって言っていたけど本当?」と聞いてみた。
すると、耳を真っ赤にして「そうなの」と語尾にハートを付けたような言い方をされたのだった。
居酒屋の閉店間際、爆睡していた野上を叩き起こした。
野上は「寝ちゃって本当にごめん」の繰り返し。
しまいには、野上自身が3人分のお会計までするほどの反省ぶりだった。
レジに行った野上を香織ちゃんと2人で待っていると、
「直弥さん、私って誠司と結婚しそうに見えますか?」
後半は日本酒を飲んでいた香織ちゃんも少し酔っていた。
でも、呂律は問題ない。
「俺はすると思うけど……もしそうなったら友人代表のスピーチやろうかな?」
気分が良い俺はそんなことを言ってしまった。
「え! やってくれるの? 嬉しい!」
ノリで言ったのに、本気で喜んでくれた香織ちゃん。
おまけに「ついでに牧師さんもやってくれますか?」と言ってきた。
「誓いのキスを牧師さんの距離で見るのはさすがにしんどい!」
笑って言ったが、サプライズ的な感じでやってみたら面白そう。
香織ちゃんは「友人代表のスピーチは約束ですよ?」と念押しされた。
お会計が終わった野上は、
「え、なんか2人楽しそうじゃない?」
2時間近く寝たせいか、若干酔いが冷めている野上。
俺と香織ちゃんが平然と会話していることに、怪しい目で見ていた。
それでも一枚上手な香織ちゃんは、
「誠司が寝なければ、もっと面白かったのに。 なんで寝ちゃうかな」
これには野上も「そうだよね、本当にごめん」と眉を寄せて謝罪。
野上の新たな一面が見られて、香織ちゃんのことも知れて……。
この日はなかなか濃い一日だったけれど、2人の将来の吉報もそう遠くないと思うと楽しみだった。
どうか野上と香織ちゃんが、末永く共に明るく健やかに過ごしていますように。
2人に会うたび、俺は何度もそう思っていた。
香織ちゃんに言われた友人代表のスピーチも、必ずやろうとしていたのに……香織ちゃんの死が今でも悔しい。
「なんで野上から香織ちゃんを奪ったんだ」と叫んでやりたい……俺とは比べものにならないくらい、野上が辛いことなんて分かっている。
でも、分かったような態度は取れないし、どんな言葉をかけるのが正しいのか、今でも悩んでしまう。
『直弥さんに変わらず励ましてほしくて』
野上を思う香織ちゃんの気持ちを汲み取って……。
香織ちゃんが俺に頼んでくれたことを、野上にたくさんしてやりたいって……。
だから野上に煙たがられても、俺はしつこかった。
どんなに離れても、俺ができる最大限のことを野上にするんだって決めたし……。
言葉が見つからなくても、野上の心に寄り添う努力もするんだ。
『香織の……声が……』
目を真っ赤にしながら野上がそう言ったとき、香織ちゃんのことは本当だと思った。
それと同時に、俺が知っている香織ちゃんの表情や言葉が全部頭に浮かんできて……俺も涙が出てきた。
野上の心が癒えるまで、俺は全力をかけて支える。
香織ちゃん、約束するよ。




