片瀬エピソード 親友の特別な人 2
居酒屋にやって来た野上の彼女はスマートフォンをしまい、颯爽と俺らの席に近づいてきた。
「もう、お酒弱いのに飲み過ぎだって……」
「えへ……ごめん」
野上の右頬を触りながら、困り顔をする彼女。
蕩けたような顔で謝る野上に驚いていると、彼女は俺のほうを見てくれた。
「えっと、片瀬さん? ですか?」
「あ、はい! 片瀬直弥です。 野上の友達です」
「はじめまして、高坂香織です。 誠司の……彼女です!」
自分の名前よりも、野上の彼女であることを強調してきた彼女。
今の満面の笑みからして……香織ちゃん、めちゃくちゃ野上のこと好きなんだろうな……。
「香織ちゃん、でいいかな? 俺ら、同い年みたいで」
「はい! そしたらため口でいいですかね?」
「うん。 そうしよう」
野上の彼女にしてはやけに明るい子。
野上みたいな「陰」な感じがまったく伝わってこないので、正直意外だなと思った。
「ごめんなさい、急に来ちゃって。 仕事終わって誠司にいつも通り連絡してみたら……かなりお酒、飲んでいるなって思って。 心配でお店に……」
「そうだったんだ。 香織ちゃんは家この近くなの?」
「うん。 あ、でも……今日の夜は、誠司の家に泊まる予定で……」
「あ、そうだったの……ていうか、せっかくだし香織ちゃんも座ったら?」
「いいですか? じゃあ……」
香織ちゃんが椅子に座るとき、野上のことも視界に入ったが……。
俺の存在を消したかのように、香織ちゃんをニコニコした顔で見つめていた。
どうしよう、すっごい面白い……。
「かおりぃ、合鍵渡したんだから先に家で待っててよぉ」
喋り方の癖が強い野上に、香織ちゃんは「飲み過ぎ! なんでそんなに飲むかな!」と辛辣なツッコミ。
その隙に、さっき注文した日本酒がやって来た。
香織ちゃんはそのついでに「生ビールください」と注文。
こんな可愛らしい女の子でも、いきなり生ビール飲むんだ……。
「誠司、結構飲んでいます?」
隣に本人がいるのに、質問は俺に向けてきた。
「うーん、量はそうでもないけど……多分、疲れもあって酔いやすいのかも」
野上と飲もうとした日本酒は、自分で全部飲むことにした。
「そっか……やっぱり実習大変なんだ」
香織ちゃんも俺たちの実習のことを少しは知っているのだろう。
心配そうに呟く香織ちゃんをよそに、野上は今にも寝そうだった。
こういうとき、野上が間になって俺と香織ちゃんの3人で会話をしていくものだが……。
仲介者はまるで機能しなかった。
「直弥さんも誠司と同じ実習先だっけ? やっぱり大変?」
異性から「直弥さん」と呼ばれるのは新鮮だった。
ちなみに「片瀬」呼びは野上を含めた男友達がほとんど。
今まで付き合った元カノとか、親友に近い女友達からは「直弥」呼び。
香織ちゃんの「直弥さん」は、野上に気を遣ってなのか。
でも、妙に心地よかった。
「そうだね。 大学の授業とはまた訳が違うし……実習だけど社会人になった感覚もあるし……」
「そうか……そしたら誠司には辛いか」
野上は香織ちゃんの方に顔を向けたまま寝てしまった。
寝顔を見つめながら、野上の頭をそっと撫でる香織ちゃん。
まるで、ガラス細工を慎重に触っているかのよう。
「香織ちゃんは? 社会人1年目って野上から聞いたけど大変?」
ついさっき野上から聞いたわずかな情報を頼りに、会話を引き出そうとした。
「大変じゃない、と言ったら嘘になるかな!」
お茶目に返事をする香織ちゃん。
でも、社会人1年目を「良い」って言える人、ほとんどいないと思う。
ちょうど俺らの代は、現役で大学を卒業すれば社会人1年目となる。
地元の友達も「辛い」「辞めたい」の嘆きが絶えない。
香織ちゃんもその中の1人だろう。
「でも、少し前と比べたらマシになってきたかなって」
「え?」
香織ちゃんの言葉が気になったが、その間に生ビールがやって来た。
「少し前に、誠司が私のために一役買ってくれたんです」
満面の笑みでそう言った香織ちゃんは、ジョッキを右手に持って「直弥さん、かんぱーい!」と俺に言ってきた。
俺はされるがまま、香織ちゃんが持つジョッキにお猪口をぶつける。
喉を鳴らし、一口飲んだ後の「くぅー!」まで見守っていた。
「いい飲みっぷりだね」
「ふふっ。 今日は格別に美味しい!」
ニコニコ笑う香織ちゃん。
「食べ物も、頼んでいい?」と言われたので、端にあったメニュー表を香織ちゃんに渡した。
「えっと……塩もつ煮と、明太チーズとろろ焼きと、鯵のなめろうと、焼き鳥5本セットで」
お店のイチオシから、渋い一品まで頼んだ香織ちゃんに、再び話を振ってみた。
「野上が香織ちゃんのために一役買ったって、どういうこと?」
生ビールを順調に飲み進める香織ちゃんは、その問いに答えてくれた。
「2ヶ月前にね、誠司とライブに行ったの。 誠司と付き合って3年くらい経つけど、その時に初めて彼の前で泣いたの」
「え? それは何で……ライブに感動したとか? それともケンカ?」
理由を挙げてみたが、野上が人とケンカするようには見えないので、前者が正解かと思った。
「ううん。 仕事があまりに辛くて、誠司に愚痴とか本音を言ったら、涙まで出ちゃって」
やっぱり仕事が大変なんだなと同情したが……。
香織ちゃんの話に続きがありそうだと思い、俺は黙っていた。
「私、自分の弱みをあまり見せたくなくて……自分が泣いたり怒ったりして、気を遣われたくないからさ……多分、私が普段明るく振る舞っているから、そんな風に見えないと思うけど」
「うん。 俺、香織ちゃんのこと明るい人だって思ったよ」
「そう見えるでしょ? まぁ、無理している訳ではないけれど……明るくすることで、自分の素を出さないように守っているのかもね」
今の話を聞いて、野上と香織ちゃんの共通点を感じ取った。
人付き合いに慎重なところ。
無意識のうちに気を遣ってしまうところ。
他人ファーストで動いてしまうからこそ、2人の関係が穏やかに続いているのだろうと思った。
「同期の退職と人間関係で問題が立て込んじゃって、内面的に落ち込んでいた矢先に誠司とライブに行ったのね。 そのときに感情が爆発して泣いちゃって……誠司に嫌われる覚悟で仕事のこと喋ったら『話してくれてありがとう。 ずっと辛かったよね?』って言ってくれて」
野上らしい優しくて温かい励ましの一言。
俺もそんなことを言われたら、普通に泣くと思った。
「あぁ、この人は私がカッコ悪くても、すべて受け入れてくれると思ったら安心しちゃって。 そこからは多少傷ついても、誠司が励ましてくれるって思えるから……今はマシかなって!」
言い切った直後に、塩もつ煮と鯵のなめろうが運ばれてきた。
「美味しそう! 直弥さんも食べない?」
わざわざ聞いてきてくれたが、香織ちゃんに好きなだけ食べてほしいなと思って、
「ありがとう。 俺は結構食べたから香織ちゃんが食べて」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
そう言って、塩もつ煮を一口食べていた。
「ん! 味が染みていて美味しい! 幸せ!」
香織ちゃんの表情を見ていると、こっちまで良い顔をしたくなる。
鯵のなめろうも口にすると、目を瞑って美味しさを表現していた。
「香織ちゃん、意外と渋いね。 ビールは豪快に飲むし、刺身は光物なんだね」
「『中身はおじさん』って言われる。 刺身はなんでも食べられるけど、特に光物が好き。 ビール以外もウイスキーとか日本酒、ワイン、なんでもオッケー」
「おお! 野上より飲めるね!」
生ビールを注文した時点で、お酒に強いであろうことは察したが、想像よりも飲兵衛なのかもしれない。
俺の言葉に対し、香織ちゃんは笑顔で返してくれた。
「香織ちゃんはさ、野上のどういうところが好きなの?」
「直球すぎる質問! えー! そうだな……」
俺が問いかけた質問に戸惑っていたが、咳払いをしてからこう答えた。
「私のことをずっと好きでいてくれることかな!」
「……!」
聞いたのは俺だが、まさかそんな答えが返ってくるとは思わなかったので……。
俺まで体温が上がってしまった。
「って……自分で言うのって恥ずかしい!」
真面目に答えたと思いきや、香織ちゃんは両手で顔を隠していた。
というか、彼女がそう思うくらい野上が香織ちゃんのことを好きって……。
「かおりちゃん……もう飲まないからぁ……」
熟睡中の野上が、絶妙なタイミングで寝言を突然言い出す。
これには香織ちゃんと大笑い。
「寝言で香織ちゃんの名前が出てくるくらいだから、野上も相当好きなんだな……」
野上は香織ちゃんに頭が上がらないだろう。
きっと間違いない。
「他にも誠司の好きなところ、ちゃんとあるんだよ! ただ、ちょっと私がズレてるというか……あまり共感してもらえなさそうで……」
「どういうこと? 恋愛観がちょっと変わっているってこと?」
余計な一言を言ったかなと一瞬だけ後悔したが、
「そう、一言で言うとまさにそれ! 私の恋愛観、歪んでいるの!」
むしろ好意的なリアクションをされたのだった。




