表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
今宵、図書館で逢いましょう。  作者: さきみやめぐ
第六夜

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
70/101

片瀬エピソード 親友の特別な人 2

 居酒屋にやって来た野上の彼女はスマートフォンをしまい、颯爽と俺らの席に近づいてきた。


「もう、お酒弱いのに飲み過ぎだって……」

「えへ……ごめん」


野上の右頬を触りながら、困り顔をする彼女。

蕩けたような顔で謝る野上に驚いていると、彼女は俺のほうを見てくれた。


「えっと、片瀬さん? ですか?」

「あ、はい! 片瀬直弥です。 野上の友達です」

「はじめまして、高坂香織です。 誠司の……彼女です!」


自分の名前よりも、野上の彼女であることを強調してきた彼女。

今の満面の笑みからして……香織ちゃん、めちゃくちゃ野上のこと好きなんだろうな……。


「香織ちゃん、でいいかな? 俺ら、同い年みたいで」

「はい! そしたらため口でいいですかね?」

「うん。 そうしよう」


野上の彼女にしてはやけに明るい子。

野上みたいな「陰」な感じがまったく伝わってこないので、正直意外だなと思った。


「ごめんなさい、急に来ちゃって。 仕事終わって誠司にいつも通り連絡してみたら……かなりお酒、飲んでいるなって思って。 心配でお店に……」

「そうだったんだ。 香織ちゃんは家この近くなの?」

「うん。 あ、でも……今日の夜は、誠司の家に泊まる予定で……」

「あ、そうだったの……ていうか、せっかくだし香織ちゃんも座ったら?」

「いいですか? じゃあ……」


香織ちゃんが椅子に座るとき、野上のことも視界に入ったが……。

俺の存在を消したかのように、香織ちゃんをニコニコした顔で見つめていた。

どうしよう、すっごい面白い……。


「かおりぃ、合鍵渡したんだから先に家で待っててよぉ」


喋り方の癖が強い野上に、香織ちゃんは「飲み過ぎ! なんでそんなに飲むかな!」と辛辣なツッコミ。

その隙に、さっき注文した日本酒がやって来た。

香織ちゃんはそのついでに「生ビールください」と注文。

こんな可愛らしい女の子でも、いきなり生ビール飲むんだ……。


「誠司、結構飲んでいます?」


隣に本人がいるのに、質問は俺に向けてきた。


「うーん、量はそうでもないけど……多分、疲れもあって酔いやすいのかも」


野上と飲もうとした日本酒は、自分で全部飲むことにした。


「そっか……やっぱり実習大変なんだ」


香織ちゃんも俺たちの実習のことを少しは知っているのだろう。

心配そうに呟く香織ちゃんをよそに、野上は今にも寝そうだった。

こういうとき、野上が間になって俺と香織ちゃんの3人で会話をしていくものだが……。

仲介者はまるで機能しなかった。


「直弥さんも誠司と同じ実習先だっけ? やっぱり大変?」


異性から「直弥さん」と呼ばれるのは新鮮だった。

ちなみに「片瀬」呼びは野上を含めた男友達がほとんど。

今まで付き合った元カノとか、親友に近い女友達からは「直弥」呼び。

香織ちゃんの「直弥さん」は、野上に気を遣ってなのか。

でも、妙に心地よかった。


「そうだね。 大学の授業とはまた訳が違うし……実習だけど社会人になった感覚もあるし……」

「そうか……そしたら誠司には辛いか」


野上は香織ちゃんの方に顔を向けたまま寝てしまった。

寝顔を見つめながら、野上の頭をそっと撫でる香織ちゃん。

まるで、ガラス細工を慎重に触っているかのよう。


「香織ちゃんは? 社会人1年目って野上から聞いたけど大変?」


ついさっき野上から聞いたわずかな情報を頼りに、会話を引き出そうとした。


「大変じゃない、と言ったら嘘になるかな!」


お茶目に返事をする香織ちゃん。

でも、社会人1年目を「良い」って言える人、ほとんどいないと思う。

ちょうど俺らの代は、現役で大学を卒業すれば社会人1年目となる。

地元の友達も「辛い」「辞めたい」の嘆きが絶えない。

香織ちゃんもその中の1人だろう。


「でも、少し前と比べたらマシになってきたかなって」

「え?」


香織ちゃんの言葉が気になったが、その間に生ビールがやって来た。


「少し前に、誠司が私のために一役買ってくれたんです」


満面の笑みでそう言った香織ちゃんは、ジョッキを右手に持って「直弥さん、かんぱーい!」と俺に言ってきた。

俺はされるがまま、香織ちゃんが持つジョッキにお猪口をぶつける。

喉を鳴らし、一口飲んだ後の「くぅー!」まで見守っていた。


「いい飲みっぷりだね」

「ふふっ。 今日は格別に美味しい!」


ニコニコ笑う香織ちゃん。

「食べ物も、頼んでいい?」と言われたので、端にあったメニュー表を香織ちゃんに渡した。


「えっと……塩もつ煮と、明太チーズとろろ焼きと、鯵のなめろうと、焼き鳥5本セットで」


お店のイチオシから、渋い一品まで頼んだ香織ちゃんに、再び話を振ってみた。


「野上が香織ちゃんのために一役買ったって、どういうこと?」


生ビールを順調に飲み進める香織ちゃんは、その問いに答えてくれた。


「2ヶ月前にね、誠司とライブに行ったの。 誠司と付き合って3年くらい経つけど、その時に初めて彼の前で泣いたの」

「え? それは何で……ライブに感動したとか? それともケンカ?」


理由を挙げてみたが、野上が人とケンカするようには見えないので、前者が正解かと思った。


「ううん。 仕事があまりに辛くて、誠司に愚痴とか本音を言ったら、涙まで出ちゃって」


やっぱり仕事が大変なんだなと同情したが……。

香織ちゃんの話に続きがありそうだと思い、俺は黙っていた。


「私、自分の弱みをあまり見せたくなくて……自分が泣いたり怒ったりして、気を遣われたくないからさ……多分、私が普段明るく振る舞っているから、そんな風に見えないと思うけど」

「うん。 俺、香織ちゃんのこと明るい人だって思ったよ」

「そう見えるでしょ? まぁ、無理している訳ではないけれど……明るくすることで、自分の素を出さないように守っているのかもね」


今の話を聞いて、野上と香織ちゃんの共通点を感じ取った。

人付き合いに慎重なところ。

無意識のうちに気を遣ってしまうところ。

他人ファーストで動いてしまうからこそ、2人の関係が穏やかに続いているのだろうと思った。


「同期の退職と人間関係で問題が立て込んじゃって、内面的に落ち込んでいた矢先に誠司とライブに行ったのね。 そのときに感情が爆発して泣いちゃって……誠司に嫌われる覚悟で仕事のこと喋ったら『話してくれてありがとう。 ずっと辛かったよね?』って言ってくれて」


野上らしい優しくて温かい励ましの一言。

俺もそんなことを言われたら、普通に泣くと思った。


「あぁ、この人は私がカッコ悪くても、すべて受け入れてくれると思ったら安心しちゃって。 そこからは多少傷ついても、誠司が励ましてくれるって思えるから……今はマシかなって!」

 

言い切った直後に、塩もつ煮と鯵のなめろうが運ばれてきた。


「美味しそう! 直弥さんも食べない?」


わざわざ聞いてきてくれたが、香織ちゃんに好きなだけ食べてほしいなと思って、


「ありがとう。 俺は結構食べたから香織ちゃんが食べて」

「じゃあ、お言葉に甘えて」


そう言って、塩もつ煮を一口食べていた。


「ん! 味が染みていて美味しい! 幸せ!」


香織ちゃんの表情を見ていると、こっちまで良い顔をしたくなる。

鯵のなめろうも口にすると、目を瞑って美味しさを表現していた。


「香織ちゃん、意外と渋いね。 ビールは豪快に飲むし、刺身は光物なんだね」

「『中身はおじさん』って言われる。 刺身はなんでも食べられるけど、特に光物が好き。 ビール以外もウイスキーとか日本酒、ワイン、なんでもオッケー」

「おお! 野上より飲めるね!」


生ビールを注文した時点で、お酒に強いであろうことは察したが、想像よりも飲兵衛なのかもしれない。

俺の言葉に対し、香織ちゃんは笑顔で返してくれた。


「香織ちゃんはさ、野上のどういうところが好きなの?」

「直球すぎる質問! えー! そうだな……」


俺が問いかけた質問に戸惑っていたが、咳払いをしてからこう答えた。


「私のことをずっと好きでいてくれることかな!」

「……!」


聞いたのは俺だが、まさかそんな答えが返ってくるとは思わなかったので……。

俺まで体温が上がってしまった。


「って……自分で言うのって恥ずかしい!」


真面目に答えたと思いきや、香織ちゃんは両手で顔を隠していた。

というか、彼女がそう思うくらい野上が香織ちゃんのことを好きって……。


「かおりちゃん……もう飲まないからぁ……」


熟睡中の野上が、絶妙なタイミングで寝言を突然言い出す。

これには香織ちゃんと大笑い。


「寝言で香織ちゃんの名前が出てくるくらいだから、野上も相当好きなんだな……」


野上は香織ちゃんに頭が上がらないだろう。

きっと間違いない。


「他にも誠司の好きなところ、ちゃんとあるんだよ! ただ、ちょっと私がズレてるというか……あまり共感してもらえなさそうで……」

「どういうこと? 恋愛観がちょっと変わっているってこと?」


余計な一言を言ったかなと一瞬だけ後悔したが、


「そう、一言で言うとまさにそれ! 私の恋愛観、歪んでいるの!」


むしろ好意的なリアクションをされたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ