片瀬エピソード 親友の特別な人 1
野上とは友達になれないと思っていた。
真面目で根暗、かなり優秀だって聞いていて。
俺みたいな「ザ・陽キャ」とは一生関わらないだろうと思って、俺から話しかけに行くことはなかったが……。
3年生のとき、全学部合同で組まされたグループ研修で野上と一緒になって、必然と喋らなくちゃいけなかった。
そこで分かったことは「暗いというより、遠慮している」「目を合わせて喋ってくれないけれど、言っていることはまとも」ということ。
俺が思っているよりも、案外いい奴かもしれないということに気がついた。
実はこのとき、俺がいつも一緒だった友達グループに少し不信感を持っていた。
貸したお金は返ってこない。
他人の陰口を言っている。
おまけに当時付き合っていた彼女に浮気されて……。
そんなことがあったせいか、自然と野上のことを受け入れられるようになったんだと思う。
***
野上とちゃんと喋ったときのことを今でも覚えている。
講義室に忘れ物を取りに行った日。
夜遅い時間の中、1人黙々と勉強していたのが野上だった。
普通に挨拶して帰ろうと思いきや、見たことない課題をやっている野上を見て声をかける。
「凄えんだな。 授業料全額免除の特待生って聞いていたけど、こんな難しい課題やっていたんだ……」
「え、え?」
無意識で出た言葉に自分で驚いたが、このとき初めて野上が俺の目を見てくれた。
次に出てきた言葉は、
「なぁ、もしできれば俺に勉強教えてくれない?」
野上は困った顔をしていた。
それはきっと「自分が勉強を教えることに向いてない」という決めつけと……。
「自分は人に教えられるほどの者じゃない」という無駄な謙虚が原因。
「ぼ、僕なんかでよければ……」
自信なさそうに答える野上を見て、俺は笑いながらお礼を言った。
でも、野上が思っている以上に、勉強を教えるのはかなり上手なんだけどね。
当の本人が気づいてないあたり、野上らしいけど。
野上と1対1で喋った夜から、徐々に接点を持つようになった俺ら。
5年の実務実習では野上とガッツリ一緒になり、そこからはほぼ同じ時間を過ごしていた。
そんな中、野上がこんな話を俺にしてきたのだ。
「大学を卒業したら、彼女と同棲しようと思って」
野上の口から「彼女と同棲」という一言に、岩で頭を叩かれたような衝撃を受けた。
「は? 野上、彼女いたの?」
「え、いるよ……片瀬に言ってなかったっけ?」
俺の驚きように、野上は申し訳ない顔をする。
野上は何も悪くないのに、今にも「驚かせてごめん」とでも言ってきそうだった。
「いや、言ったような、言ってないような……どっちかな」
野上にこんなこと言ったら失礼だけど……年齢イコール彼女いない歴と思っていたから……俺こそ偏見持っていてごめん。
心の中で謝る反面、野上より俺のほうが恋愛に関してレベルが低いのではないかと思えてきた。
「彼女、大学は一緒じゃないの?」
「うん。 大学は別で今は社会人1年目なんだ。 僕らと同い年」
「そうなんだ。 え、写真見たいな」
野上に彼女の写真をおねだりすると、今まで見たことない顔をされた。
しかも俺を疑うような目で見つめる野上。
「どうした野上?」
この日は月曜から金曜までの薬局実習が終わり、その足で居酒屋に来ていた俺ら。
2人ともお酒は入っていたが、お酒に弱い野上はすでに酔っていた。
「片瀬、絶対好きにならないでよ?」
少し頬が赤い野上から、そんなことを言われるとは思わなかった。
「大丈夫だよ! 安心しろ!」
強く言い切ったが、一体どんな彼女なのかが気になって仕方がない。
野上は眠そうに目を擦りながらスマートフォンを取り出し、彼女の写真を探してくれた。
「最近撮ったのは……これ」
「!」
野上とのツーショットで、ライブのツアータオルを首にかけていた。
野上の頭1つ分ほど小さくて、目力が強くて大きな目。
少し厚めの赤い唇に、茶髪のポニーテール。
メイクも自然。
「可愛いじゃん」
俺が感想を言った直後「見せるんじゃなかった!」と野上が素早くスマートフォンを取り上げられた。
野上は勢い余って、自分が飲んでいたレモンサワーを一気に飲み干してしまう。
多分、お酒に弱い人が一番やっちゃいけない行動だと思う。
「いつから付き合ってんの?」
「大学2年から」
「出会ったきっかけは?」
「家の近くの、図書館……」
「何だよそれ。 ドラマとか映画みたいな出会い方じゃん。 告白はどっちから? 彼女とどこま……」
「あぁ、もう! これ以上の質問はナシ!」
さっきよりも一瞬で顔全部を真っ赤にさせる野上。
何年も付き合っているのに、まだ恥ずかしいって思うのか……。
俺としては、もう少し深掘りしたいところだった。
「野上! 俺は彼女との恋を全力で応援しているから。 だからさ、今夜はいっぱい飲んで、たくさん話をしようじゃないか!」
意気揚々と語りかけたが、一方の野上は眠くて口数が減っている様子。
気にせず日本酒を注文していると、野上のスマートフォンが突然鳴った。
「もしもし? へ、香織?」
「香織」と聞こえたことで、電話の相手は彼女だと確信した。
俺とは違う声のテンションで、彼女に聞かれるがまま素直に答える野上。
「今は……片瀬とトウノ屋で飲んでいて……え、大丈夫だよぉ」
彼女も野上がお酒に弱いことを知っているのだろう。
しきりに「大丈夫」と野上は言うが、いつもよりフニャフニャで話す野上では説得力に欠ける。
俺はいくら酒を飲んでもどうってことないが……。
あと30分もしたら、野上は家に帰れないのではないかと思えてきた。
「心配しないで香織! 俺は、大丈夫だからぁ」
一人称「僕」の人が、人格変わって「俺」になっていた。
多分、実習の疲れが溜まっていて、いつもより酔いが回りやすかったのかもしれない。
彼女とどうにか頑張って電話をする野上を見守っていると、
「いた! 誠司!」
背後から、野上の下の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。
そういえば野上って「誠司」って名前だったか。
ぼんやりそう思いながら振り返ると、ついさっき見た写真の子がいた。
「香織!」
写真に劣らず、可愛い雰囲気はそのままだった。




