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今宵、図書館で逢いましょう。  作者: さきみやめぐ
第六夜

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軽井沢で起きた奇跡 3

 朝食を終えると、再び涼しい外に出てきた。

片瀬に「少し歩こうか」と言われ、他のお店を見ながら歩みを進める。


コーヒー専門のお店、ハンドメイドの雑貨屋、地元で採れた果物を使ってスイーツを提供するお店。

どのお店も魅力的で、温かみのある雰囲気に心が癒される。

ゆったりとした足取りで歩いていると、無数の木々が目の前に映った。


「いい空気だな」

「うん、ほんと」


片瀬がこの周辺で休日を過ごしたくなるのがよく分かる。

体を伸ばしたり、深呼吸をしたり。

空気を吸い込むだけで、自然と笑顔になる。


「何か飲み物でも買ってこようか。 またコーヒーでいい? それとも別の飲み物にする?」

「ありがと。 うん、コーヒーで」

「オッケー」


片瀬は敷地内の喫茶店へと向かっていき、僕は近くの椅子に腰を掛ける。

もう少しこの感じを味わいたいし、飲み物1つ欲しいと思っていた。


後ろを振り返ると、さっきの小川があった。

距離が近く、水が流れる音も途切れることなく聞こえる。

森林のどこからか、鳥の鳴き声と、風に揺られて木々が擦れあう。

自然の音に耳を傾けていると、


「誠司」


僕を呼ぶ声がどこからか聞こえてきた。

片瀬しか知っている人はいないのに……。

誰の声だろうかと、座ったまま体が固まっていた。


「?」


不思議そうな顔をしていた僕は、あることをふと思い出した。


『行ったことのない、静かな別荘みたいなところ……』

『喫茶店やパン屋とか、お店がいくつかあって……僕の他にもお客さんらしき人がいたんだ』

『小川が近くに流れたところにテラス席があって、自然豊かな良い場所だった……』


誰かが僕に話していたこと。

別荘みたいで、人やお店がいて、小川もあって、テラス席があって……僕が今ここにいる風景と一致している。


『香織が来たんだ』


『香織』という名前を聞いて、とっさに顔を上げて周囲を見渡す。


『香織が僕に言ったんだ。 『お父さん、今からみんなに挨拶してくるからね』って。 笑顔でそう言って、走り去っていったんだ』


四十九日の帰りに言っていた香織のお父さんが見た夢。

もしかして、お父さんの夢に出てきた場所はここだったのか。

そうだとしたら、さっき僕を呼んだ声は……。


「香織……?」


僕の言葉に応えてくれるかのように、またしても風が吹く。

目を閉じて、全部を抱きしめるような想いで風を肌で感じていた。

長くゆっくりと吹く風は、髪と洋服、皮膚からまつ毛まで軽やかに揺らしてくれる。

でも不思議……まったく寒くない。

むしろ人肌に触れてるように温かい。


「ありがとう……ずっと傍にいてくれたんだ」


そんな奇跡、起きるはずないのに。

今は本当に香織が傍にいてくれたことを信じたかった。


「野上?」


目を開けると、両手にコーヒーを持って僕を心配そうに見つめる片瀬が立っていた。

またしても涙がこぼれてしまう。


「コーヒーありがとう……いくらだった?」


手で涙を拭きつつ、ポケットから財布を出そうとした。

片瀬はコーヒーを静かに机に置いて、僕の動きを止める。


「どうかした?」


真っ直ぐに僕を見つめてくれる片瀬。

今までのことがフラッシュバックする。

感情が一瞬で巻き戻されて、それに反応するよう再び涙が流れてきた。


「香織の……声が……」


何も言わず、片瀬は優しく僕の肩を抱く。

「そんな訳ないだろう」という言葉は一切言わず、背中を優しくさすってくれた。


「そっか……香織ちゃん、野上と一緒に来てくれたのか」


片瀬の呟きに僕は何度も頷く。

僕の話を肯定してくれて、心が救われた。


「声が聞こえたときのこと、俺に話せる?」


右目から一粒、涙を流した片瀬が優しく尋ねてきた。

僕は涙に消されて言葉が切れないよう、ゆっくり話し始める。


香織のお父さんが見た夢のこと。

その夢が今の光景と合っていて、一瞬だけ香織に呼ばれる声がしたこと。

片瀬がここに戻ってくるまでの出来事を余すことなく伝える。

片瀬は最後まで話を聞いてくれた。


「香織ちゃん、きっとここが気に入ったのかな……だから野上を呼んだじゃないかな」


片瀬にそう言われ、香織の姿を想像してみる。


アイスクリームを幸せそうに頬張る香織。

売っている雑貨にひたすら「かわいい」を連呼する香織。

お店にいた子供に懐かれて、同じ目線になって笑顔を振りまく香織。

テラス席で大きく伸びをする香織。


どんなシチュエーションでも、香織の姿が簡単にイメージできた。

なんだか嬉しいのと恋しいのが混ざって……。


「うん……絶対そうだ」


涙声でそう答えると、片瀬にグーパンチで肩を叩かれた。


「軽井沢に来て正解だったな」


片瀬の目元は赤くなっていた。


「来て良かった……ありがとう片瀬」


片瀬は照れ臭そうに「おう!」と笑っていた。


「もう少しここにいるか。 時間はまだたっぷりあるし」

「うん、そうしたい」


僕は本日二度目のコーヒーを飲んだ。


「え、美味しい!」

「だろ? ここのやつ、コーヒー専門店のやつだから本格的なんだよ」


濃密な苦味と甘みが合わさった、とても美味しいコーヒーだった。

この景色に囲まれながら飲んでいるのも、コーヒーの美味しさが引き立っているかもしれない。


「あとさ、あそこ行く? 薬局長おすすめのパン屋」

「え、片瀬行ったことあるの?」


片瀬の異動が決まったとき、薬局長がしつこくパン屋の話をしていたのを思い出した。


「いや、場所だけ知っている。 パン屋を見かけるたびに薬局長の顔が浮かぶから、入る気にならなかった」

「えぇ、そうだったの?」


遠回しに薬局長の悪口を言う片瀬。

そんな片瀬の言動に、笑いを堪えることができなかった。


「せっかくだし行こうよ! 行ってみたい!」


今日は香織も一緒に来てくれたんだ。

片瀬と香織と……軽井沢で過ごす時間を大いに楽しもうと心に決めたのだった。

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