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今宵、図書館で逢いましょう。  作者: さきみやめぐ
第六夜

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軽井沢で起きた奇跡 2

 外の景色に見とれていると、いつの間にか目的地に到着していた。

片瀬に車から降りるよう促され、僕も後についていく。

辺りは静か。

たまに鳥が鳴いているのと……。


「何か聞こえる?」

「うん、この先歩いたら教会があるよ」


前にあった片瀬からの電話の通り、教会もパイプオルガンも本当に実在していた。


「教会とは逆方向だけど、飯食べにこの坂降りるぞ」

「うん」


緑に囲まれた教会が気になりつつ、下り坂に足を踏み入れた。

きっと食後に立ち寄るだろう。


あちこち見渡す限りすべてが自然。

空気が澄んでいるってこういう場所のことをいうんだと思う。

どの光景も僕には新鮮なので、忙しく首を動かしていた。


「あっち行くぞ」


やって来たのは、ハルニレテラスという場所だった。


「うわぁ、なんかオシャレなところ……」

「雰囲気良さそうだろ? 今日は空いているほうかも」


片瀬の話では、軽井沢で朝食を食べる観光客や地元の人が多く、土日は特に混雑しているらしい。

今日は僕ら2人で平日に有給休暇を取ったことと、雨予報が出ていたこともあって、どのお店も並ばずに入れそうだった。


目的のお店まで、敷地内をゆったり歩いていく。

温かみのある木材の平屋が並んでいて、テラス席でゆっくり食事までできる。

まるで別世界に迷い込んだみたいだった。


所々で楽しそうに会話を弾ませる老年層のグループやお菓子を頬張る子供たちもいる。

見ているこっちまで、微笑んでしまうような空間だった。


「見える? あっちに川もあるんだ」

「うわぁ、綺麗……」


僕らから少し距離はあったが、片瀬が指した先に小川が見えた。

自然の中にある川は透き通っていて、きっと美味しい水だろうと考えていると、


「ふっ。 そんな顔しなくても……」


川や周囲の景色に気を取られて過ぎて、無防備に口を開けていたらしい。


片瀬が歩いて行った二、三歩遅れて僕もついていくと、落ち着いた雰囲気のレストランが目の前に現れる。

そこには、香ばしいパンと濃密なコーヒーの香りも漂っていた。


9月末まで数量限定のモーニングメニューがあるらしく、運よく注文できた。

大きいお皿にボリューム満点のサラダ、ポテトサラダ、トースト、ベーコンと目玉焼き、冷スープ、ブルーベリーソースが乗ったヨーグルト。

豪華で色とりどりな朝食に目を輝かせてしまう。


「コーヒーでございます」


ウエイターさんが置いてくれたコーヒーを見て、図書館のことを思い出した。

そういえば今日は金曜日だ。


2人揃って「いただきます」と言い、フォークを手に取る。

最初に野菜を食べ、メインのトーストを一口。


「美味しい……!」


僕の反応に片瀬は笑って「良かった、連れてきて」と言い、片瀬は豪快に食べ進める。

僕も僕で、食べっぷりのいい片瀬を見られて嬉しかった。


「もしかしたら来ないんじゃないかって思っていたからさ、来てくれて良かったよ」


食事の合間、呟くようにそう言ってきた片瀬。

確かに電話を前にくれたとき、情緒は安定していなかったし、遠出するほどの気力も無かった。

今も「元気」とは言えず、香織の姿、形を恋しく想うことに変わりない。

でも……。


「片瀬に会いに行かないとって思って」


片瀬は持っていたナイフをお皿の淵に「ガシャン」と落としてしまった。


「なんだそれ……遠距離恋愛のカップルか」


僕は真面目に言ったつもりだが、客観的に聞いたら男同士でいちゃついた会話に聞こえたのかもしれない。

笑いながら軽く突っ込まれたので、僕は真っ先に自分の考えを伝えた。


「違う、そうじゃなくて! 会えるときに会わないとっていうことを最近気づかされるようになったというか……」


コーヒーを飲む片瀬を見て、僕は自分の近況を話そうと決心した。


「実はね。 コーヒーを飲みに図書館へ行くようになったのね」

「図書館でコーヒー?」


「何それ?」っていう顔をする片瀬。

実際、僕も最初はそう思っていた。


「毎週金曜日の夜だけ図書館が開いていて、そこに行くと美味しいコーヒーが飲めるんだ。 そこで会った人たちに、自分の話をするようになって、色々と発見ができたり、考えさせられたり……」


全国の図書館を見渡しても、そんなサービスがある図書館は聞いたことがないだろう。

折角喋ろうとしたのに、途中で自信を無くし、声が小さくなっていった僕。


「でも、野上がそういうところに行くなんて珍しいな」


片瀬は「夜の図書館」ではなく、僕に対する感想を言ってきた。


「野上って人見知りだし、アブノーマルな感じのところには普通行かないでしょ?」


図書館を「アブノーマル」と表現されるとは思わず、少し笑ってしまった。


「え、そうだよね?」


僕の反応が笑っただけだったので、片瀬は念を押すように再び聞いてきた。


「そうだね!」


行ったきっかけは酒に酔った勢いだった。

多分そうしてなかったら、図書館に行かなかっただろう。


「他にどういう人が来るの?」


片瀬は話題の幅を広げにいってくれた。


「若い館長さんと、僕より年上で学校の先生をやっている人とか、高校卒業した子もいて。 決まった人しか会わないからそんな多くは無いよ」

「そうなんだ。 流石に女の人は来ないだろ?」


唯一言っていないのが愛花さん。

彼女も利用者の1人だったけど……本人のことを考えたら言わないほうが良いと思って、名前を出さなかった。


「そうだね、女性は館長さんぐらいかな」


たまに他の人も見かけるが、人見知りの僕からは声を掛けないし、相手もそう話しかけてこない。


「え、館長さん若いんでしょ? どんな感じなの?」

「どんな感じ……若いけど子供いるからね」

「まじ?」


僕よりも食べるのが早い片瀬は、お皿の半分が空になっていた。


「……片瀬はさ、最近気になっている人とかいないの?」

「あ、急に話を変えてきたな!」


唐突な話題に片瀬は笑っていた。

久々に会えたせいか、片瀬の近況や恋愛に関する話に興味があったのだろう。


「っていうか、こっち来たら余計に出会いとか無いよ!」

「そっかー。 今は仕事優先?」


ヨーグルトの器をとって「まぁね」と返事をするだけ。


「俺の話はいいの! 今日は野上の話を聞こうとしたのに!」


あっさり片瀬に会話の主導権を奪われ、別の質問を僕にしてきた。


「俺の古巣はどう? 人足りているの?」

「片瀬が異動してから人は入ってこなかったし、産休で事務員さんが1人いなくて……でもね、実習生が来たの」

「おぉ、よくその状況で実習生受け入れたな」

「それがね、香織の知り合いだったの」

「香織ちゃんの知り合い?」


今日一の驚きを見せてくれた。


「香織が家庭教師のアルバイトで教えてた子だったみたい」

「すごい偶然! でもどうやって知ったの?」


前のめりで話を聞いてくれる片瀬。


「向こうは僕のことを香織経由で前から知っていたみたいで。 関谷くんっていうんだけど、僕の名前と大学名とか、当時聞いてた話を照らし合わせたら一致しているってなって、関谷くんから言ってきてくれたの」

「野上の名前と大学を覚えていた関谷くんがすごいな……」


僕も同じく、関谷くんの記憶力に脱帽していた。


「香織が関谷くんに僕のことを吹き込んでいたのもビックリだけどね」

「さすが香織ちゃんだな!」


笑い交じりにコーヒーを飲む片瀬。


「その様子だと香織ちゃん、野上のこと関谷くんに相当喋っていたんじゃないの?」


片瀬にそう言われ、体温がグッと高くなる。


「関谷くんからは言ってこなかったけど……なんか恥ずかしいことまで知っていそうだよね……」


香織の教え子と聞いてから、関谷くんと話す機会がさらに増えたけれど……他にも絶対知っている気がする。


「タイミングがあれば聞いてみたら? 香織ちゃんの知らない一面も知ることできそうだし」

「うん、そうしようと思っている。 せっかく縁あって会えたからね!」

「お、なんかいつもの野上じゃないみたい!」


弄っているのか褒めているのか。

どっちにも取れるけど、前向きな僕の姿を見て、片瀬は嬉しそうにしていた。


「あとね、その関谷くんがちょっと片瀬に似ているんだよね。 雰囲気とか背格好とか……特に大学時代の片瀬に似ている」

「え、俺? そんなに似てるの?」

「うん。 何回か片瀬と見間違えてビックリしたよ」


ピンときてない片瀬に、関谷くんの顔が分かる写真を見せたかったが、あいにくそこまで用意できなかった。


「そういえば、野上が送ってきたスタンプを教えたのもその子だったっけ? 思い出したよ」

「そうそう、あれ面白いでしょ?」

「野上が自分で買ったとは思えないようなキャラクターでびっくりだよ。 ちなみにその漫画、今度実写化するってさ」

「本当に? それは見てみたいかも」


片瀬はスマートフォンで検索し、公式ホームページを見せてくれた。

アニメも放送されているのに、実写化も決定とは……人気なのは確かだ。


「あとさ、ずっと言おうと思っていたんだけれど。 野上、俺に送る連絡、冷たすぎない?」

「え? そう?」

「そうだよ! スタンプ1個だけ、しかも『あばよ』とか『はい?』とか、会話の続けようがないやつばっかり! そうかと思ったら、めっちゃ口悪いスタンプが来たから何事かと思ったよ!」


文句を言う片瀬が面白くて、笑いながら食事に手をつけていた。


「でも片瀬、スタンプ1個でもいいって言ったじゃん」

「そうは言ったけどさ、もうちょっとちょうだいよ? 俺、ゲームの課金より、野上に送るスタンプに課金の比重が上がったんだからね? 俺、健気じゃない?」


片瀬に『遠距離恋愛のカップルか』と言われたが、今の感じでは片瀬が『彼氏への愛が重たい彼女』というように見えていた。


***


 ようやく自分のモーニングプレートがすっきりしたところで、僕もコーヒーを一口飲む。

同じコーヒーなのに、図書館で飲むコーヒーとはまた少し違う。

すっかり冷めていたものの、コーヒーはとても美味しかった。


図書館では今までたくさんコーヒーを頂いてしまったし、月岡さんから京都のお土産をたくさん貰ったし……。

僕も軽井沢でお土産買おうかな。


「片瀬、軽井沢で買えるお土産屋さんってどっかある?」

「そりゃああるよ! ここは軽井沢ですから!」


ドヤ顔で答える片瀬が面白く、思わず笑ってしまった。


「お土産を買いたくてさ。 オススメのところあったら連れてってよ」

「おう、任せなさい」


早い時間に来られて良かった。

美味しい朝食が食べられたし、片瀬とこうして穏やかな時間を過ごせて……。

たまにはこういうのも悪くない。

コーヒーを飲みながらそう思っていた。

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