軽井沢で起きた奇跡 1
珍しく早起きをした今朝。
理由は朝の新幹線に乗るためだった。
起きた直後は眠気がまだ残っていたが、東京駅に着くと、人の多さに圧倒されたおかげで目が覚める。
久々に乗る新幹線は嬉しいはずだが、1人分のチケットを持っている状況が、やはり切なく感じた。
それでも目的地で僕を待つ人はいたし、初めて行く場所だったので、意を決し車内へ乗り込んだ。
上野と大宮を越え、分岐点となる高崎で、見慣れた上越新幹線の路線を見送り、新幹線はどんどん進んでいった。
途中、真っ暗なトンネルを颯爽と走っていき、景色が真っ暗に……。
そして、自然豊かな高原が目の前に映ったのだった。
***
軽井沢駅の改札を出ると、スポーツブランドのポロシャツを着た片瀬が僕を迎えに来てくれた。
「待ちくたびれたよ、相棒」
「相棒って……」
片瀬からふざけたことを言われるのは約2ヶ月ぶり。
「ごめん、結構待った?」
「そうでもないよ。 長旅お疲れ」
8月に片瀬から「軽井沢に来ないか」と誘われた僕。
言われたときは乗り気では無かったが、運よく連休でお休みを取らせてもらった。
「こっちはやっぱり涼しいね。 9月なのにこんな爽やかなんだ」
大学生のとき、香織とスノーボードをしに来たことがあったのはお隣の新潟。
こっちへ行く数日前、天気予報を入念に調べて、ざっと荷物をまとめてきた。
最高気温が22度と、すっかり秋の陽気だ。
都内なら問題なく半袖で過ごせるが、ここは一足早く季節が移り変わっている様子。
「そうだな。 湿気も落ち着いたから過ごしやすいよ」
そう言いながら僕の荷物をすんなり持ってくれる。
「あ、ありがと」
ぶっきらぼうな優しさは相変わらず。
「荷物、これだけ?」
「そう。 片瀬なら色々貸してくれるかと思って」
気遣い屋の僕がそう人に頼るなんてそんなに無い。
片瀬はちょっと驚きつつも「貸すよ全然」とすんなり返事をしてくれた。
片瀬と並んで歩くと、駐車場に止まっていた片瀬の車に乗り込んだ。
「片瀬の家ってここから近いの?」
スマートフォンをいじりながら、車内の音楽をかけようとしていた片瀬。
「いや、車だと10分、15分はかかるかな……それより腹減っていない? どっか食べに行かない? あ、食欲はどんな感じ?」
片瀬は僕を案じて、最後の質問だけ僕のほうを見て言ってきた。
変わりなく心配してくれるのはありがたいが、自分のことを話すときはどうも緊張する。
「あ、あるよ。 朝から何も食べていなくて……」
今日に関しては、食欲以前の問題だった。
家を出る支度でバタバタしていたため、食べる時間が無かったからだ。
こんなことを言ったら、また片瀬にとやかく言われるかもと思ったが……。
「ほんと? なら丁度よかった」
片瀬は持っていたスマートフォンを適当に置いて、シートベルトを着けて車を走らせた。
「え、丁度いいって?」
急なエンジンに慌てて僕もシートベルトを着ける。
片瀬が流した曲は、ロックバンドが歌うドライブに持ってこいのやつだった。
「ランチ前に来てくれたから間に合うと思う。 よし、行こう。 あ、お客さん。 ちゃんと背中つけて座ってくださいね」
真面目な顔しておふざけは言ってくるので、僕も一瞬笑ってしまう。
「あの、片瀬。 無理な運転はしないでね」
「大丈夫、法定速度は守るから」
白い歯を見せる笑顔が怪しい。
大学時代、片瀬の運転で車に乗ったことが何度かあったが……。
運転に慣れているが故なのか、車を走らせると飛ばし屋だった。
ブレーキは上手いのに、アクセルは全開。
当時を思い出し、片瀬にやんわり注意を促したが……知らない土地で、何処に行くかも分からない。
唯一頼れるのは、隣にいる飛ばし屋の親友だけ。
言われるがまま素直にシートに背中をつけて、じっと座っていることにした。
「今日乗ってきた新幹線は何だったの?」
大人しく座っている僕に、ドライバーはけろっと声を掛けてきた。
「えっとね、はくたかだった!」
北陸新幹線に乗ったのは、今回が初めてだった。
東京駅からわずか4駅。
1時間程度で軽井沢に行けることに感動した。
高崎駅までは香織との旅行で通ったので、景色を見ながら懐かしい思い出に馳せていた。
即答で元気よく答えた僕に、片瀬は面白そうに笑う。
「あぁ、それだったら早いやつだわ」
「うん。 だから帰りは各駅停車のやつにしようと思って。 あさまで帰る予定」
「ははっ! もう帰る新幹線のこと考えてんの?」
今日の片瀬は、いつもよりよく笑っているなと思った。
そんな片瀬の横顔を見ると、さっきは付けてなかったサングラスをかけていた。
ちなみに眩しいほど日差しは出てない……。
「野上って行ったことある? 埼玉にある鉄道博物館」
「行ったことないな……名前は聞いたことあるけど」
「そうなの? 好きそうだけどね、そういうところ」
マニアまでいかないが、鉄道はわりと好き。
「一度は行ってみたいな」と思っていた場所だ。
「いつか行ってみたいなとは思っているんだよね」
「今度一緒に行く?」
「え、本気で言っている?」
「本気だって。 嘘はつかないよ」
「ふふっ! 考えておく」
いいな……内容はくだらないのに、温かい雰囲気が伝わるこの会話。
笑いながら窓の外を見ると、のどかで広大な自然の景色が一面に映った。
東京のように高い建物たちに邪魔されることなく、車や電車も真っ直ぐに悠々と走っている。
マイナスイオンに囲まれた感覚を味わいたくて、そっと窓を開けてみた。
特に片瀬は何も咎めることなく、スイスイと運転してくれる。
どことなく僕が育った山形の景色にも近い感じ。
季節の移り変わりで、木々が緑色と黄色が混ざっているが、またそれも良かった。
僕が見ている景色、香織もきっと気に入るだろうな……。
そんなことを思っていた。




