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今宵、図書館で逢いましょう。  作者: さきみやめぐ
第五夜

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巡り合い 2

 仕事が終わった後、僕は関谷くんと喫茶店へ入った。

近場だと知り合いに遭遇するかもしれないため、少し離れたお店をあえて選んだ。


「すみません。 ご馳走になってしまって」

「全然! 僕から誘ったんだし遠慮しないで! それに、薬局だと話しにくいしね」


注文してすぐに、コーヒーとミルクティーが出てきた。


「いただきます」


関谷くんの挨拶に僕はコクリと頷き、ミルクティーを飲む姿を見つめていた。


「なんだか感慨深いな。 まさか香織の教え子にこうして会えるとは……」


嬉しい溜め息を吐き、僕もコーヒーを飲んだ。


「僕もそう思います。 まさか先生の彼氏さんに直接会えて、実習先でお世話になるとは思いませんでした」


関谷くんはちょっと照れ臭そうに笑っていた。


「でも実は、自己紹介のときに『あれ?』って思いました。 『先生の彼氏さんと同姓同名だな』って」

「そうだったの?」


お互いに笑い合う。


「それに、図書館のときの話を色々思い返したら、先生も同じことを話していたなと……」

「図書館のとき?」

「野上先生が『前にもこんなことがあった』って言ってたじゃないですか。 あと、香織先生からも薬用植物学の本で野上先生と出会ったって」


香織は関谷くんに、僕のことをかなり喋っていたのだろうと悟った。

当時中学生だった関谷くんは、どんな気持ちで聞いていたのかと思うと、胃がよじれるぐらい申し訳なくなってきた。


「確認だけど……香織はかなり僕とのことを喋っていたのかな?」

「はい、先生がよく喋るので聞いていました」

「なんだかごめんね……」


香織がぺらぺらと喋るのは想像がつく。

口が軽いという意味ではなく、良いことがあると、全身で喜びを表現するタイプ。

恐らく『誠司から告白された』『誠司と旅行に行った』などを、嬉しそうに話していたのだろう。


「いや、僕も当時は調子乗って質問していたので。 『彼氏、いるの?』とか『どこまでいったの?』とか……」

「あのとき変な質問したの、関谷くんだったのか」

「そうなんですよ! その節はすみません!」


関谷くんは、過去の言動に反省している様子だった。

そんな彼を見て、僕は笑い飛ばした。

お陰で香織は楽しく家庭教師のバイトができたわけだから。


「香織と付き合う前かな? そのときの生徒さんに『彼氏、いるの?』って聞かれたってさ。 『大人をからかってくるお調子者だ』って笑っていたよ」

「うわぁ、やばい! それ僕です!」


今日イチの笑みを零す関谷くんは、さらに香織の話をしてくれる。


「僕、香織先生の恋愛相談を聞いてたので、お2人が付き合う前後を知ってますよ! 出会ったときから野上先生のことが気になってたみたいで!」


懐かしむように関谷くんは言っていた。


***


 8年前、香織が中学3年生の関谷くんの授業をしていたとき。

真剣に授業をしているかと思いきや、


「薬学部に通う大学生で、私と同い年なんだって! 探し求めていた本をきっかけに出会うって、運命だと思わない?」

「ふふっ……大袈裟でしょ……」


香織は授業とまったく関係ない話を関谷くんにしていた。


「しかも喋っているとき、私のことを見てすごく笑ってくれるの!」

「笑ってくれるって……単純に先生の顔が面白かったからでしょ」


当時は思春期で、今より少しトゲがある言い方だった関谷くん。

しかし、香織の話はしっかり聞いてくれていた。


「きっと……白衣、似合うんだろうな」

「先生。 それ、一歩間違えたらただの変態だから」


教え子からの辛辣なツッコミに、顔を赤らめる香織。


「ち、違うから! あぁ、これ以上は話し込んじゃうからおしまい!」

「いやいや、先生から話してきたんじゃん!」


終始、2人の授業は和やかだった。


***


「という感じで、当時から野上先生のことが気になってしょうがないみたいで」

「へぇ、そうだったんだ……」


香織と初めて会ったとき、僕だけが一目惚れして、1人で舞い上がってしまったと思っていた。

だが、関谷くんの話を聞いて、香織も同じく僕を意識してくれていたんだと思うと、にやけが止まらない。

その一方で、関谷くんを巻き込んでまで、僕らの出会いや馴れ初めを話していたと聞いて、より恥ずかしく感じた。


「結果、付き合ったんですよね」

「それはまぁね!」


香織と付き合ってからは、僕らの関係性は年々強くなるばかりだった。

よく「いつかは停滞期がやって来る」と聞いていたが、僕らにはそう感じることはなかった。

たくさんデートして、旅行もして、同棲することになって……。

人生で最も緊張したプロポーズもした。


香織と歩んできた思い出が山ほどあるのに……。

関谷くんに「今の僕たち」について話せないもどかしさで、僕の口がこれ以上動こうとしなかった。


「こうしていられるのは、先生のお蔭だって思うんです」


突然、関谷くんは言葉を噛みしめるようにそう言ってきた。


「さっきも休憩室で話しましたけど。 香織先生から『誰かの意見に押し潰されそうだとしても、後で後悔しない選択をしてほしい』って言われたとき……心では決まっているのに、やりたいって声に出して言えなかったんだなってそのときに気付いたんです」


香織が言ったことをそっくりそのまま覚えていたようだった。


「当時のこと、野上先生も知っていますよね。 僕の進路のこと、野上先生にも言ったって香織先生が」


僕の名前が出てきた瞬間、流れそうになった涙が止まる。


「香織が?」

「次の授業のときに、先生が僕に『貴方のことを褒めていたよ。 ちゃんと悩むべきところで足を止めて、慎重に考えられてすごいって。 自分にはそれができなかったって、彼が言っていたわ』って」


僕が何気なく言った言葉を、香織は関谷くんに言っていたとは……。

昔のことなのに、ここでも関谷くんは記憶力を発揮させていた。


「僕、そのとき思ったんです。 先生が好きな彼、すごくいい人だなって」

「え、どうして?」


僕を「いい人」と評価する理由がまったくわからなかった。

それでも関谷くんは、真面目に答えてくれる。


「僕は自分の欠点を隠したいって思うほうなんですけど……野上先生は自分の欠点をあえて告白して、名前も顔も知らない僕を褒めてくれて……普通はできないと思うんですよ」


そんなことを言われるとは思ってもいなかった。


「そのことがあってから、お2人の恋を陰ながら応援していましたよ!」


にっこり笑う関谷くんを見て、僕も笑顔になる。


「スポーツ推薦で高校でも野球は続けられました。 残念ながら怪我をしてしまって、高校3年の夏は、大会に出られなかったんですけど……自分で決めた道なので、悔いはまったく無かったです!」


怪我のせいでやりたいことが続けられず、多少の葛藤はあったと思う。

それでも、関谷くんの表情はとても清々しい様子だった。


「野球人生に区切りがついて、この先どうしようかって考えたら、野上先生がフッと頭に浮かんだんです」

「え、僕?」


関谷くんの話を夢中で聞いていたので、いきなり呼ばれたときは驚いた。


「会ったこともない僕を評価してくれたのが、妙に残ったんだと思います。 あとは、先生がやたらと野上先生の話をしていて『薬剤師ってそんなに魅力的なんだ』っていう謎の影響もありますけどね……」


最後は思い出したかのように悪戯っぽく笑っていた。

そして、真っ直ぐに僕の目を見て、


「僕がこうしているのは、香織先生のお蔭でもあって、野上先生のお陰でもあります。 本当にありがとうございます」


関谷くんは深く頭を下げてくれたのだった。

身も心も満たされる思いだったが……彼にどうしても伝えなくてはならないことがある。


「関谷くん……あの、実はね……」

「先生のこと、聞いています……事故にあったって……」


僕に言わせないように気を遣ってくれたのか、静かにそう告げた関谷くん。


「実家から連絡があったんです。 ちょうど野上先生と図書館で会ったときに、電話があったのを覚えていますかね。 そのときに母親から知らされました」

「そっか……知っていたんだね」


僕と会話をしていた最中に掛かってきた着信。

あれがそうだったとは……。


「正直言葉にならなかったです……僕が成人式を迎えた時に顔を出してくださったのが最後でした……」

 

キャッチボールのように続いていた会話が初めて途切れた。

関谷くんにとっては、大事な恩師である。

香織がこの世にいない現実を、関谷くんも受け止めきれてないようだ。


「……最後に会ったとき、僕が薬学部に入ったことをすごく喜んでくれて……だから未だに信じられなくて……」


関谷くんは必死に涙を堪え、今の心境を素直に語ってくれた。


「だから凄く嬉しかったんです。 野上先生に会えて……」

「え?」

「言いたかったお礼が言えて……先生、僕のこと見てくれたのかなって……悲しまないように、野上先生と引き合わせてくれたのかなって……」


言葉を詰まらせながらも懸命に述べ、最後は溜め込んでいた涙を1つ流したのだった。


「野上先生、すみません……香織先生の話を聞いていると、辛いですよね」


関谷くんは、僕の涙が止まらないことを心配してくれた。


「ごめん……こんなに泣いていると気遣うよね」


必死に涙を拭い、今の素直な気持ちを伝えようとする。


「でもね、関谷くんが教えてくれる香織の話、どれも良い話だから……僕の知らないところで、香織はこんなにも一生懸命で、関谷くんに尽くしていたんだなって。 きっと関谷くん以外の子にも、慕われていたのかなって思ったら嬉しくて……」


僕が泣いているのは、この場に香織を呼びたくても呼べないから……。

関谷くんと巡り会えた喜びを分かち合いたいのに、香織がいない悔しさと悲しさでいっぱいだったからだ。

でも、話してくれることはすべて温かい。

関谷くんの話は一言も聞き漏らさずに、ずっと聞いていたいくらいだ。


「はい、先生は他の生徒にも慕われていました」


関谷くんの穏やかな微笑みが、そのことを証明してくれる。


「ありがとう関谷くん……本当にありがとう……」


最大限の感謝を伝えようと彼に笑ってみせた。


「このことは香織に感謝しないとだね!」


僕の言葉に応えるよう、関谷くんは強く頷いてくれたのだった。

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