巡り合い 1
関谷くんが来てから、ちょうど2週間が経った。
1週目は長く感じたが、2週目は思いの外あっという間に過ぎていた。
恐らく関谷くんの前で、人見知りをしなくなったことが大きいと思う。
そして僕だけでなく、他の先生や事務員さんとも会話が弾むほど、人受けが良い関谷くん。
どうしても背格好が片瀬に似ているので、ときどき僕が1人で笑ってしまうが……関谷くんの実習が順調にできていてホッとしていた。
「関谷くんに教えてもらったスタンプ、同期に送ったらびっくりしていた」
「え! 本当ですか?」
先週教えてくれたスタンプは、休憩中に実物を見せてもらい、その場で購入した。
大きな目をした妖精のキャラクターで、かなり癖になる一言が添えられていた。
『恥を知れ』
『この戯け者』
『黙れ』
普段の僕が絶対に言わないような一言ばかり。
会話に合わせてそのスタンプを送ると、片瀬が電話を掛けてまで「あのスタンプ!どうした!?」とリアクションされたほどだった。
「『野上がこんなスタンプを買うとはびっくりだよ』って言われたよ」
「それなら良かったです!」
関谷くんは「嬉しくてたまらない」とでも言っているような表情だった。
関谷くんと話しているのに、片瀬と向かい合って話しているみたい。
ここまでくると、頭では思っていなくても、本当は片瀬本人に会いたいのかもしれない。
僕がクスクスと笑っていると、関谷くんは不思議そうに見つめてきた。
「関谷くんを見ていると、僕の同期にすごく似ていてさ、勝手に親近感湧いちゃって。 不快に思わせたらごめんね」
最初の頃よりも、僕は随分と話せるようになった。
「そんなことないです。 親近感だなんて嬉しいです」
優しい返答に少し安心した。
ふと目線を外すと、関谷くんのお弁当に目が留まる。
「お昼は自分で作るの?」
「はい、昨日の残り物ですけど、大したことないですよ。 1人暮らしなので、自分でどうにかするしかないので……」
関谷くんはそう言うが、コンビニで済ませるアラサーの僕よりも上出来すぎる。
大学生だった頃の僕は、お弁当を持参したことは何回あっただろうか……。
「僕なんか毎回コンビニで買っちゃうからすごいよ!」
そこまで食欲がない僕は、コンビニ弁当のほうが手っ取り早かった。
「でも、コンビニって何でも美味しいですし、行ったらつい買っちゃうんですよね。 友達がコンビニでバイトしていて、ちょっと羨ましいなって思いますもん」
僕の話に合わせてくれた関谷くんに、心の中で「ありがとう」と呟く。
咀嚼が落ち着いたタイミングで、会話を切り出した。
「関谷くんは何かバイト、しているの?」
「バイト」という単語が出てきたので、おもむろに聞いてみた。
「家庭教師のバイトです。 主に理数系がメインですけど」
香織も学生時代やっていたことが頭によぎり、リアクションも大きくなっていた。
「そうなんだ! 人に勉強教えるなんてすごいことだよ!」
コミュニケーション力がある関谷くんなら、きっと良い先生なんだろうな……そう思っていた。
「そんなことないですよ。 中学生のときに僕も家庭教師してもらったことがあって。 いつかバイトで家庭教師をやりたいと思っていたんです」
自分が生徒だったときのことをきっかけに、家庭教師のバイトをやるとは。
とても良い先生に恵まれたのだろう。
「僕、中学3年生のときに、進路についてちょっと迷っていたんです。 野球を続けるのにスポーツ推薦で行くか、進学校に実力で行くか悩んでいて」
「そんなことが……」
すると関谷くんは笑顔で、
「でも、そのときの家庭教師の先生に軽い気持ちで話を振ったら、ものすごい熱く語られちゃって」
香織本人が家庭教師の話をしていた当時のことが蘇ってくる。
懐かしむ関谷くんを見て、僕の心も熱くなった。
「最初は先生の勢いに圧倒されちゃいましたけど。 学校の先生には言ってもらえなかったこととか、考え方に納得できて……」
「勉強だけじゃなくて、生徒の進路に寄り添ってくれるなんて良い先生だね!」
関谷くんが話してくれる家庭教師が香織と重なってしまい、泣きそうになる。
「はい、本当に良い先生でした」
静かに答えた関谷くんは、なぜか悲しげに笑っていた。
もしかすると、僕の返し方があまり良くなかったのかもしれない。
しんみりした空気が続かないよう、僕は口を開いた。
「僕もね、学生時代に付き合っていた彼女が家庭教師のバイトやっていてさ! 大変そうだったけれど、一生懸命やっていたのを思い出して」
だが、関谷くんは「そうだったんですね」と、弱めなリアクションにとどまっていた。
「今の関谷くんの話聞いたら、彼女も嬉しいだろうなと思ってさ……」
「……」
関谷くんは僕の目を見たまま、箸を持っていた手を止めて固まっていた。
見かけない関谷くんの様子に違和感を覚え「どうかした?」と尋ねてみる。
「あの、差し支えなければ……野上先生の出身大学はどちらですか?」
「大学? えっと、神奈川にある……」
言うことに抵抗はないが、自慢するほど偏差値の高い大学ではない。
関谷くんに大学名を言うと、今度は目をより大きくし、
「間違っていたらすみません。 下のお名前って誠司さんでしたよね?」
「そ、そうだけど? どうして?」
薬局で初めて会ったとき、フルネームで自己紹介をしたはずだ。
疑問しか出てこない僕をよそに、関谷くんは体を前のめりにしてきた。
「僕、香織先生の教え子です! 聞いたことないですか?」
「あ! えっ?」
かなり大きい声でリアクションをしてしまった。
無意識に出た声に自分でも驚き、とっさに口を手で塞ぐ。
そして、今知った事実を受け止めるうちに、目の前に映る関谷くんを見て泣きそうになる。
「やっぱり、そうだったんですか……」
関谷くんも感動のあまり目を潤ませていた。




