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今宵、図書館で逢いましょう。  作者: さきみやめぐ
第五夜

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香織エピソード 弱い貴方も 2

 アンコールが続き、ライブは予定の終了時刻を過ぎていた。

終電のことを考えて、ライブ後は軽くご飯を食べてすぐにお店を出た。


僕は明日からまた実習、香織も仕事だ。

現実が待っているものの、余韻がまだ残っていた僕らは、ゆっくりとした足取りで有楽町駅を目指していた。


「すごかったね」

「うん、すごかった」


という、短文での感想が何回か続いていた。

香織は行く先を真っ直ぐ見つめたまま、ぼんやりした様子。

外灯に差し掛かったとき、香織の頬が少し赤くなっているのが分かる。


「疲れてない? 大丈夫?」


僕を心配してきた香織。


「うん、平気だよ」

「そう? 思ったより誠司が声を出して楽しんでいたから……体力残っている?」

「ふふっ、大丈夫」


歌ってくれたほとんどが知っている曲。

声は出るし、手も上がる。

ヒット曲から、個人的に好きなアルバム用の曲まで聴けて大満足だった。


「すごく楽しかった。 なんか、疲れとか鬱憤とかが吹っ飛ぶくらいスッキリしている」


心身にくる疲れは、休んで疲れを取るのが正解だと思っていたが……。

こういうライブで解消することも結構良いなと発見ができた。


「なら良かった。 誘ってみたけど、あまり乗り気じゃなかったらどうしようかと思っていたから」


真っ直ぐだった視線を下にして、小さく話す香織を見て我に返った。

僕は足を止め、香織に問いかける。


「香織は楽しかった? 香織こそ疲れてない?」


少し間があった後、


「楽しかったよ。 誠司とライブに行けて満足!」


いつもの笑顔を見せてくれる香織……だが、僕には引っかかることがあった。


「そっか」


聞きたいことがあるのに、それ以上聞けない気もして……。

自分の葛藤がもどかしい。


「うん」


絶対そうじゃない。

どうして今にも泣きそうな顔をしているの。


僕は空いていたもう片方の手を持ってきて、香織の右手を両手で包んだ。


「……本当に?」


僕の体温よりも冷たい手をしている。

包まれた手をじっと見つめて、


「ふふっ。 温かい、誠司の手」


笑っているのに、声は震えている。


「……ちょっとだけ、でいいから」


よく聞き取れなかったが、香織はそう発した後、僕との距離がぐっと近くなった。


「香織?」


繋いだ手が離れたと思いきや、香織の体に優しく包まれて……。

鼻をすする音と、体を震わす香織の様子から、彼女が泣いていることに気づく。


「どうした?」


僕がそう尋ねると、


「なんか……不安なきもち、ずっとあって……」


涙が止まらないのか、言葉が途切れてしまった香織。


「うん。 ゆっくりで良いから……話続けて」


小さい背中をポンポンと優しく叩きながら、香織の言葉を待つ。


「……はなすとながいよ?」


辛そうに泣いている香織を見るのは、このときが初めてだった。


「いいよ。 今聞くし、電車の中でも聞くよ」

「今話したら電車乗れなくなるから、電車の中で話す。 でも、泣くのは今にしておく」


『あ、そっちが先か』と思ったときには、香織は声を漏らしてしっかり泣いていた。

香織の泣き声を聞き、僕は彼女の後頭部まで包み込んだ。


幸い外は暗く、日曜の夜は都会でも人はさほど多くない。

もう少しこのままでいさせてあげたい……そう思っていた。


***


 帰りの電車で、香織が抱えていたものをすべて聞いた。


入社直後、研修の一環で販売員として仕事をしていた香織。

前に「お客さんとの会話が楽しい」と話していたが……。

香織の配属先に、売り上げや接客に関して圧力をかけてくる店長がいるらしく、他の従業員は誰1人逆らえない環境とのこと。

そんな中、香織と同期の2人が入ってきたことで、店長はより一層厳しくなったんだとか。


特に同期は店長のターゲットになってしまい、精神的に追い込まれた挙句に退職が決定。

同期の話を知った香織は「自分は何もできなかった」と申し訳なく思っていたようだった。

香織からマイナスなことは一切聞いていなかったので、僕は正直驚いた。

恐怖心を与えてくる店長に、今までずっと怯えながら仕事をしていただろう……。


『案外、人の変化に気づかないことあるから。 思ったことは口に出したほうがいいなって最近特に思う。 相手のことを褒めたり、自分の悩みを話したり』


だからさっき、意味深なことを呟いていたのかと腑に落ちた。

戸塚駅に着いてからも、僕は香織の手を離さなかった。

途中で手が痺れそうだったけど、とにかく香織のメンタルケアが第一優先だったから。


「話を聞いて引いたでしょう?」

「いや、僕も香織の立場だったら……自分のことで精一杯だったと思うよ」


退職した同期に寄り添えなかったことを悔やんで、僕の前で涙を流すなんて……香織は本当に優しいよ。

目をこすり、鼻をすすりながら、


「っていうか……私って泣くとブサイクでしょ?」


香織の可愛い問いかけに少し笑いそうだったが、僕は黙って首を振る。

そんなことは1ミリも思わなかった。


「話してくれてありがとう。 ずっと辛かったよね?」


そう言葉をかけると「泣かせないでよ、バカ!」って何故か一喝された。


でも、こうして話せて、感情も出せて……少しはスッキリしたでしょう?

大丈夫、どんなに辛くて理不尽なことがあっても、僕は絶対に香織の味方だからね。

もう泣かないで……香織には陽だまりのように笑っていてほしいから。

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