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今宵、図書館で逢いましょう。  作者: さきみやめぐ
第五夜

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ずっと黙っていたこと

 関谷くんが薬局に来てから数日が経った。

この日は他店舗のヘルプを頼まれ、いつもと違うところにいた僕。


関谷くんの指導担当になったことで、ヘルプは無いと思ったが……シフトで出ていた通り今日はヘルプに来た。

幸い、呑み込みが早い関谷くんは他の先生たちとコミュニケーションが取れているので、僕が常にいなくても問題なさそうだった。


それに、今日のヘルプは僕にとって少しラッキーでもあった。

今の配属先は通勤時間に40分かかるが、今日の店舗は家から歩いて行ける距離。

電車の時間を気にせず済むし、家を出る時間にも余裕ができた。


何度かヘルプで来たことある店舗でもあり、薬局自体は小規模で落ち着いている。

僕が好きな穏やかな店舗……前に配属していた尾久店を思い出す。


関谷くんには悪いけど、僕にはやっぱり指導する側は性に合っていない。

1人で調剤室にいたほうが気持ち的に軽かった。


とはいえ、明日の仕事も関谷くんと一緒であることに変わりはない。

明日は明日でなんとかするとして、今日は肩の力を抜かせてもらおうと思っていた。


「先生、お薬お願いします」


いつものように処方箋が調剤室にやってきた。

一緒にお薬手帳も渡されたが、大学病院で出された処方箋。

薬歴からみると、心臓に疾患を持った患者さんのようだった。


よく見ると、その患者さんは19歳ととても若い。

慎重に慎重を重ね、服薬指導用のカウンターに入った。


「カキウチさん、カキウチリョウさん」


フリガナを読み上げ、患者さんに声を掛ける。

カキウチさんらしき人が、僕の前に姿を見せてくれた。


「大変お待たせいたしました。 お薬の確認お願いします」

「……」


患者さんからの返事が無かったので、薬が入ったバットから視線を変えると……見覚えのある人が。


「誠司さん?」

「遼くん……」


図書館で何度か会ったことのある遼くんだった。


「あれ? ここの薬剤師さんでしたっけ?」


外は日差しが照っているというのに、この日も遼くんはブカブカのパーカーを着ていた。

僕の白衣姿にかなり驚いている様子。


「今日はヘルプで来たんだ。 偶然だね」


流石に仕事中なので、ボリュームを落として遼くんに事情を伝えた。


「びっくりした……世間って狭いわ……」

「やぁ……本当に……」


僕も同じく、最近は特に『世間の狭さ』に驚かされることが多い。

自然と遼くんの気持ちに同調した。


「ちなみに確認ですけど、僕のこと覚えています?」

「そりゃあ、覚えているよ! 一緒にトランプをやったでしょ?」

「うわぁ、やりましたね! 懐かしい!」


遼くんとやったトランプも、随分昔のように感じる。

あの日から夜の図書館に、欠かさず行くようになった僕。

『香菜子さんや遼くんと出会っていなかったら、夜の図書館に通うことはなかっただろう』と思うと、妙に感慨深い。


「あぁ、ごめんね。 話が脱線して……お薬についてお話しますね」


僕の仕事モードを感じ取り、遼くんは「あ、はい先生!」と元気よく返事をしてくれた。


「お薬手帳を拝見しましたが……心臓に疾患が……」


僕の一言に遼くんはニカっと笑い、


「もう小さいときからで……」


ハハハと笑いながら話は続いた。


「いつものお薬ですよね? 説明は暗記しちゃうほど聞いているので、省略でいいですよ!」


なんて言われたが、そうはいかないと思って結局きっちり指導した。

遼くんからは「ここにいる先生たちよりも丁寧!」と、大げさに反応されたのだった。


処方薬について話しているときは真剣だったが、会計中にふと思い出す。

前に図書館で会ったとき「体調が悪くて」と話していた日、僕とは3週間ぶりの再会だった。

あのときの体調不良は、心臓のことがあったからだろうか……。

事情を聞いていなかったとはいえ、もう少し遼くんに気を遣ってあげるべきだったと反省する。


「30円のお釣りです」


お釣りが乗ったトレーを遼くんのほうに置いた。

小銭入れにしまう遼くんが、


「誠司さん、大丈夫ですか? それとも気のせい?」

「え?」

「なんか、僕と喋っているうちに、元気がなくなってきた感じがしたので」


遼くんは笑いながらそう言う。

僕よりもずいぶん若い遼くんは、どうしてこうも察しが良いのか。

遼くんの勘の良さだけでなく、僕がかなり分かりやすいタイプだからだろう。


「ごめんなさい、誠司さん。 体調のこと黙っていて。 図書館の人たちには、迷惑かけたくないと思って言ってないんです。 あ、香菜子さんだけかな、心臓が悪いって知っているのは」


香菜子さんとは家族ぐるみで付き合いがあったと聞いていたので、すぐに納得できた。

黙っていたことを謝る必要なんてない。

遼くんの優しさは痛いほど伝わってくる……何より、病気で苦しむ人の気持ちは計り知れないから……。


「ううん……僕のほうこそヘルプで来ちゃったから、かえってごめんね」


薬をもらいに来た遼くんにとって、僕がこの店舗にいることは想定外だったと思う。

きっと気まずかったはずだ。


「誠司さんは悪くないですよ! お仕事ですから! ね!」


笑った顔はいつもの遼くんなのに、いつもと違って見えた。


「じゃあ、お仕事頑張ってください。 ありがとうございました!」


薬を手に持った遼くんは、僕に労いの言葉を掛けてくれた。


「お大事になさってください」


僕がいつも患者さんを見送るように、遼くんにも同じように言葉を掛ける。

後ろ姿を向けたと思いきや、遼くんはまた戻ってきた。


「誠司さん。 最近は図書館に行っていますか?」


不意打ちに質問が飛んできたので、ぎこちなく「そうだね、うん、行っているね」と返してしまった。


「そっか……今度の金曜夜、図書館に来ますか?」


真面目な顔をして僕に問いかけてきた。


「え、うん。 行くと思うけどな」


遼くんはさっきと同じく「そっか」とだけ言い、僕に目を合わせず下を向く。


「行きたいな……図書館」

「遼くん……」


遼くんの悲痛が、小さく呟いた言葉に表れていた。

こういうとき、どういう言葉を掛けるのが正解か、27年も生きていて分かっていない。


「まぁ、勝手に家とか病院抜け出して行っているんですけど……でも、あまり長居するわけにはいかなくて……ハハハ……」


先週の金曜日、月岡さんが遼くんの姿を見たと言っていた。

それもきっと、体調のことを考えて、図書館に数十分しかいられなかったのだろう。


本当は自由に図書館へ行き、ゆっくり過ごしたいはず。

無理に笑っているのが露骨に出ていた。


「じゃあ、今度こそ帰りますね」


そう言って軽くお辞儀をし、そのまま薬局を後にしていった。


彼自身の何かを包み隠しているように、不自然なパーカー姿が僕の視界に映る。

オーバーサイズの服を着ていても、華奢な体型をしているのは明確だ。


「すみません、ちょっとだけ出ます……」

「え? あ、はい」


遼くんが薬局から出て行ってすぐ、僕は近くの事務員さんに断って少し外に出る。

他の患者さんがいなかったので、とっさに遼くんを追いかけようと判断した。


「遼くん、ちょっと……」


そう遠くないところに遼くんがいたので、あまり大きい声を出さずに遼くんを呼んだ。

僕の声に気づき、振り返ってくれた遼くん。

僕から駆け足で近づいた。


「いつでもいいから、図書館で待っているよ。 みんなもいるから。 ね?」


今の僕が遼くんにできることは、薬を処方するか、どうしようもない励ましの言葉を掛けることしかできない。

ハタチ目前の遼くんが、僕らのような大人に見せない苦しさを抱えている。

中身は違うけれど……僕も遼くんの知らないところで、もがき苦しみ続けている。


それでも。

境遇や価値観が違っても、お互いに「図書館」という場所に安心を求めている。

せっかくの共通点を潰してしまったら、僕も遼くんも後悔してしまう。

そう思った。


「はい、ありがとうございます! 今度またスピード対決しましょう!」

「あ、そうだね! リベンジしよう!」


逆にゲームのお誘いをされるとは思わなかったが、嬉しそうな顔を見て安心する。

遼くんの小さい背中が見えるまで、僕は静かに見送った。

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