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今宵、図書館で逢いましょう。  作者: さきみやめぐ
第五夜

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実習生

 月曜日の朝は、だるい気持ちで薬局に向かう……。

休み明けの出勤はいつもこうだ。

お酒を飲んでも飲んでなくても、顔は浮腫んでいると思われる。


重い足取りで薬局の中へ入ると、煌々と電気が点いていた。

営業前は最低限の電気しか点けないので、いつもと違うなとは思った僕。


ロッカールームの戸を開けると、室内もしっかり電気が点いていた。

進んでいくと、見慣れない背格好の人を発見。

ヘルプで誰か来たのかもしれない。


「お、おはようございます……」


何も声をかけないのはまずいと思い、勇気を振り絞って挨拶をしてみる。

すると、瞬時に反応して僕に体を向けてくれた。


「おはようございます! あの、今日から実習でお世話になります! 春華医療大学の関谷修平といいます!」


相手の爽やかな挨拶に、僕は少し圧倒されていた。

「あぁ、実習生か」と小さく呟き、そっと顔を見てみると……。


「あ、あれ?」


僕と同じように、相手もびっくりした顔をしていた。


「あ、図書館で会った!」

「君、春華大の薬学生だったのか!」


先週の火曜日、図書館で偶然話した学生さんだった。

さっぱりとした短髪に、浅黒い肌。

逞しい肩幅が片瀬にちょっと似ている。

僕と顔見知りであることにホッとしたのか、


「良かった! 緊張していたんですけど、一度会ったことのある方がいて……ホッとしました」


額には汗が滲んでいて、手元も落ち着かなさそうだった。

自分が実習生だった頃を思い出す。

5年生の薬学生の実習を何度か受け入れていたが、今日から実習生が来ることを完全に忘れていた。

折角来てくれた関谷くんには申し訳ない。


「あ、僕は野上誠司といいます。 関谷くんだったかな。 よろしくお願いします」


2度目の対面に驚かされたが、我に返って自己紹介をした。


「野上……誠司……先生」


名前を覚えようとしてくれたのか、少し難しい顔をして復唱してくれた関谷くん。

この前は先輩風を吹かせてため口になっていたが、実習となると話は変わってくる。

今更だが、きちんと敬語で話そうと決めた。


「あ、この前の本ありがとうございました! お陰で助かりました」


記憶を辿り、そういえばそんなやり取りをしていたなと思い出す。


「そんな、お礼なんて……」


突如ドアをノックする音が聞こえてきた。


「野上先生、いる?」


ドアの向こうから薬局長の声がかかった。


「はい、います。 今出ましょうか?」


営業前まで時間に余裕はある。

何か急ぎの用だろうか。


「ううん、着替えてからで大丈夫。 終わったら私のところに来てほしいかな」

「分かりました。 着替えたら行きます」


会話はすぐに終了。

一体何の話をされるのか……謎だけが少し残る。

薬局長にお呼ばれされたので、一先ず着替えを優先しようとした。


「あの、野上先生。 お手洗いってどこにありますか?」


聞き慣れない「野上先生」の声に一瞬だけ反応しづらかったが、関谷くんの質問だと分かれば即座に返答する。


「あぁ、ロッカールームを出た右側にありますよ。 あ、お弁当とか持ってきている? もしあったらトイレに向かう途中、休憩室があるので冷蔵庫使ってもらって大丈夫なので」


聞かれてもないことまで長々と答える僕。

話すときは毎回必死だけど、話が終わると「余計なお節介だったかな」と思ってしまう。


「ありがとうございます。 ちょうど飲み物とお弁当を冷やしたいと思ったので助かりました!」


関谷くんはニカっと笑ってくれた。

図書館で会ったときにも思ったが、感じの良い子であることは違いない。


「さて、僕も……」


颯爽とロッカールームを出ていく関谷くんを見送った後、僕も手早く着替えを済ませようとする。


「……ん?」


懐かしい何かが鼻をかすめる。

袖を通した白衣を鼻に近づけると、違和感を覚えた理由が分かった。


「あぁ、しまった……」


ロッカーの中で静かに眠らせていた1枚の白衣。

香織が洗って畳んでくれた最後の白衣を無意識のうちに着てしまっていた。

関谷くんとのやり取りに気を取られていて、思いっきり油断していたんだ。

言葉にならないショックが全身を走る。


香織が、僕に、してくれた、ものが……。

どうしよう……白衣に纏っていた香りが……消えてしまうのではないか……。


***


 調剤室に行くと、薬局長と関谷くんが並んで喋っていた。

もちろん、2人は僕に起きたアクシデントを知らない。


「おはよう、野上先生。 ちょうど良かった」


実習生がいるからなのか、薬局長はいつもより目がバキバキしているように見える。


「お、おはようございます」


あまり元気がないと悟られないよう、どうにか挨拶を返す。

薬局長が言う「ちょうど良かった」とは何のことだろう。


「聞いたよ。 関谷くんと顔見知りだったなんて」

「薬局長、ロッカーで僕と先生が話しているのを聞いていたらしくて」

「あ、盗み聞きじゃないわよ! たまたま耳に入ってきたのよ!」


高笑いしながらそう話す薬局長。

本人は「たまたま耳に入ってきた」と言っているが、ほんの少し「盗み聞きなんじゃないか」と僕は疑っていた。


「そこで、関谷くんの指導を野上先生にお願いしたいと思っていて」

「え、僕ですか?」

「本当は内田さんにお願いしていたけど、ヘルプの頻度が多くてウチでの出勤が少ないから」


内田さんは僕の1年下の女性薬剤師さん。

店舗内では、実習生と年齢が近い薬剤師が、指導を担当する決まりになっていた。

彼女が無しになると、次に回ってくるのは確かに僕だ。


「大丈夫ですかね……僕なんかで」


急に大役を任されてしまって、さらにショックが増す。


「大丈夫! 先生が人見知りなのは知っているけど、関谷くんとは面識あるみたいだし!」


苦笑いしかできなかった。


「関谷くんもせっかくなら、野上先生のほうがいいでしょ! 男同士だし!」

「はい!」


関谷くんは笑って返事をしているが、言わされているのではないかと不安になる。

薬局長と初めて会った実習生は、目力の強さと貫禄ある雰囲気に圧倒されるからね……。

得意げそうに手を叩いた薬局長は機嫌よく、


「じゃあ決まりだ! よろしくね野上先生! 実習記録とか諸々の書類は印刷してあるから、関谷くんに渡してあげてね!」

「あの! 薬局長! 僕……」


実習生を何度か教えたことはあったが、完全について教えるのは初めてだ。

直近は片瀬がいたため、指導関係で任されるものは片瀬に全部流れていた。


慌てながら呼び止めると、薬局長は勢いよく後ろを振り返ってきた。

そして僕をガン見……はっきりとしたアイメイクに緊張感が上乗せされる。


「片瀬先生にはできて、自分にはどうせできない。 そう思っているでしょ?」

「えっ! や、薬局長……」


思っていたことを見透かされ、言葉に詰まってしまった。

だが、僕の焦りように対して、どこか穏やかな様子の薬局長。


「まぁ確かに……片瀬先生は面倒見が良いのは事実だけれど。 野上先生は丁寧で気遣いができるし、私は先生が適任だと思っているわよ」


思いがけない言葉を掛けられ、拍子抜けしていた。

その隙に薬局長は僕に距離を詰めてきて、


「気のせいかしら……ほんの少しだけ、前の野上先生に戻った気がする。 もしかして白衣のせいかしら?」

「あ、これは……」


実習の話に気が持っていかれていて、白衣のことを再び思い出す。

薬局長に「白衣」と言われ、急激に胸がズキっと痛くなる。


「香織さんも嬉しいんじゃないかな。 野上先生が白衣を着てくれて」


優しい表情を浮かべる薬局長は、香織の何かを知っているようだった。


「どういう……ことですか……香織が……」


話をしていると、向こうから事務員さんたちが続々とやって来た。

それを合図に肩をポンポンと叩き、薬局長は僕から離れていく。

よく分からないが、任された仕事は断れなさそうだった。


理解が追いつかないが、薬局長から「やってみてよ」と目で伝えられた気がする。

香織から受け取った白衣を着ていたからなのか……。

「自信を持って」と僕の背中を押したのは、香織なのかもしれない。

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