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今宵、図書館で逢いましょう。  作者: さきみやめぐ
第五夜

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他愛のない会話

 数日が経ち、金曜日を迎えた夜の図書館。

珍しく月岡さんが拗ねていた。


「聞いてないよ、三木愛花がここに来ていたなんて!」


普段落ち着いている月岡さんにしては、とても意外な姿だった。

僕はマウントを取りたい訳ではないが……。


「月岡さん、今まで愛花さんにお会いしたことないんですか?」


面白さが勝ってしまい、ニコニコしながら聞いてみる僕。


「一度も無いよ! え、野上くん! 三木愛花のこと、下の名前で呼ぶ仲になったの?」


大きい手で口を覆い、かなり動揺した様子。


「ちょっと喋っただけですって」


お話の内容はとても言えない。

なぜなら「墓場まで持っていけ」と愛花さんに命令されているから……。


「ちょっと喋った? 何それ羨ましい……」


両手で両頬を挟んで驚く月岡さん。


「月岡さん、趣味が映画鑑賞で。 愛花さんが出ている作品もよく見るんですって」


今日は香菜子さんも交えて3人で話していた。

僕はついさっき来たばかり。

早くから来ていた月岡さんは、愛花さんの話で盛り上がっていた。


「月岡さんのほうが図書館に長く通っているのに、お見かけすることも無かったなんて……」

「それだけ神出鬼没ってことだよ。 何せ彼女は大女優だから」


頬杖をついてコーヒーを飲む月岡さん。

溜め息と一緒に残念そうな顔持ちだった。


「で、本物の三木愛花はどうだった? 美人だった? やっぱりいい匂いするの?」

「月岡さん落ち着いて! 誠司さん困っていますから!」


怒涛の質問に僕が少し困っていたところ、香菜子さんは興奮状態の月岡さんをなだめてくれた。

愛花さんの顔、表情、香水をなんとか思い出す。


「えぇと、美人でした。 それと……いい匂い……ですね」

「いいなぁ! やっぱり一流の芸能人っていい匂いするんだな!」


腕を組み、何度も頷きながら僕を羨ましがっていった。


「月岡さん、匂いがどうのって何ですか?」

「昔、美佳子さんと歌舞伎を見に行ったことがあって。 主役級の役者さんが花道を通ると、すごくいい匂いしたんだよね。 美佳子さんとも『あれはお香の匂いかな?』って、帰りに盛り上がっていたんだよ」

「愛花さんも一流女優だから、良い香りがしていて当然ですね!」


多分、愛花さんが愛用している香水は、誰もが知るような高級ブランドのヤツだろう。


「それにしても羨ましい! え、野上くん。 三木愛花と何喋ったの?」


喋っただけでなく、手紙まで貰っちゃったし……香織には本当に申し訳ないけれど……抱きしめられちゃったし……。


「そこはノーコメントで勘弁してください!」

「えぇ! 事務所通さないと駄目みたいな?」


月岡さんの返しが面白過ぎて、図書館にいることを忘れるくらい大笑いしてしまう。

香菜子さんも吹き出していた。


「月岡さん、そんなに愛花さんのこと好きですか?」

「そりゃ勿論! あんなに良い芝居する女優さんいないし、スクリーン映えする凄い人だよ! 今回のハリウッド進出は大正解だと思っているし! それにあの会見は最高に面白かった! 大物になる人はあのくらい強気でいかないと! 絶対に彼女は大物スターになってくるよ!」


今の月岡さんの話を直接聞いたら、愛花さんはきっと嬉しかっただろうと思った。

思わず僕も月岡さんの意見に大きく頷いた。


「美佳子さんと一緒に映画見て泣いたのも、三木愛花が主演のやつだった」

「あのラブストーリーの……」


僕も前に見たことがある。

香織に無理やり付き合わされて、結果的に僕のほうが涙腺崩壊するオチだった。


「月岡さん、どうして愛花さんが図書館に来ていたって知ったのですか?」

「遼くんから聞いたんだよ」

「え?」

「若い子だからさ、さっきも教え子みたいに接しちゃってさ」


久々に遼くんの名前を聞いた。


「遼くん、元気そうでしたか?」


香菜子さんも同じことを思っていたらしい。

僕が聞こうとしていたことをそのまま質問していた。


「元気だったと思うけどな。 いつも通り喋っていたし。 僕より先に図書館にいて、一緒にいたのは30分ぐらいかな?」


遼くんとのニアミスは残念だったが、


「でも、元気そうでよかった」


無意識のうちにそう言った僕。


「本当にそうですね。 私も館内にいたりいなかったりで、遼くんとすれ違うことはよくあるので……」


香菜子さんの言葉で、ふと思い出した。


「そういえば……香菜子さんって日中も図書館にいるんですか?」


香菜子さんは少し間が空いたのち、


「結翔のことがあるので、あんまり日中は出ないんです。 その点、夜は自分のペースで動けますし……この時間なら結翔が泣いても問題ないので」


大人たちが雑談する横で、すやすやと眠っている結翔くん。

香菜子さんの発言に、やっぱりそうかと頷いた。


「子供がこれだけ小さいと、仕事しながらは難しいからね」


月岡さんも話を聞き、同調している様子。

いつもの落ち着いた月岡さんに戻った。


「ねぇ、香菜子さんも会ったことあるの? 三木愛花に」

「月岡さん。 まだその話、続けます?」


前言撤回。

まだ引きずっていた。

どうしても面白くなってしまって、僕は突っ込まずにはいられなかった。


「私は愛花さんと高校が一緒だったので、学校でもこの図書館でも会ったことあります」

「え、待って。 ちょっと待って!」


そう言った後、コーヒーを一気に飲み干して、正気になろうとする月岡さん。

これだけ大人が騒いでも結翔くんは起きないので、そこには救われている。


「高校が一緒だった?」

「はい」


冷静になって考えると、自分の生活上、国民的女優が視界に入ってくることって結構すごくないか?

一般人の僕からしたら、そんな光景は贅沢に思えてくるのだが……。

香菜子さんのことだから、愛花さんみたいなスターを見かけても、平然を装っていられただろう。

僕と月岡さんには無理だろうな。


「何それ。 世間、狭すぎじゃない?」


ごもっとも。

今日の月岡さん、いい意味で冴えている。

仏のように温厚な月岡さんは間違いなく良いけれど、感情がダダ漏れしている感じも……人間味あって好きだ。


「ずるいなぁ……香菜子さんは三木愛花と高校が一緒。 野上くんは図書館で逢瀬を重ねた仲……うらやましいぜ、ちくしょう……」


消え入りそうな声でぼそぼそ呟きながら、机に顔を突っ伏した月岡さん。


「逢瀬って……」


逢瀬なんてとんでもない。

そんなことを香織の耳に知れたら……。

何故か鬼の形相をした香織を思い出してしまった。


「コーヒー、淹れ直しましょうか」


話のキリをつけるかのように、香菜子さんは僕と月岡さんのカップを持って席を立った。

三木愛花のワードを一旦避けようと思い、僕も別の話を振ってみる。


「この前の火曜日の夕方、図書館に行ったんです。 夜の時間以外に行ったのは初めてだったんですけど」

「あ……言われたら、僕もまだ夜以外に行ったこと無いかも」


月岡さんも日中の図書館をいまだに知らないそうだ。


「そこでたまたま見つけたんです。 彼女と出会ったきっかけの本と」

「香織さんと出会ったきっかけの本? この図書館に?」


僕が知っている月岡さんの顔に戻ってきた。


「はい。 なんか、感動しちゃいました」


こうして話している今も気持ちが高ぶっていた。


「懐かしいなと思って本を見ていたら『その本、借りたいんですけど』って、大学生の男の子に突然声を掛けられて」

「いきなり言われたらビックリするよね」

「驚きました。 香織との馴れ初めというか、会話のシチュエーションが完全に一緒で」

「え、どういうこと?」


月岡さんは目を丸くする。


「香織に声を掛けられた一言目とドンピシャだったんです。 僕が持っていた本を借りたいって言われて、デジャヴかと思いました」

「えぇ! 面白い偶然だね……」

「しかもその彼、僕と同じ薬学部の大学生みたいで」

「え、野上くん。 話しかけたの?」


僕の人見知りを知っている月岡さんは、かなりびっくりしている反応だった。


「はい。 ちょっと舞い上がっちゃったのもあるんですけど……気が付いたら話しかけちゃって」


僕みたいなおじさんが謎に話しかけてきて、不審に思われるかもと不安だったが……。

優しい彼のお陰で、気まずくならずに済んだ。


「いやぁ、いいことだったんじゃない? 野上くんにとっても、その子にとっても」


僕と学生との間にあったことを思い浮かべたのか、微笑ましそうに僕を見る月岡さん。

その表情はもはや、


「月岡先生……」


この人は大先生だったんだと……会話の至るところで実感する。


「そう言う野上くんこそ先生だからね? 職種は違うけどさ」


謙遜するかのように苦笑いする月岡さん。


「いや、僕なんて全然……」


薬局で白衣を着ているのは事実だが『野上先生』なんて恐れ多い。

僕は片瀬みたいに頼もしいタイプではないし、月岡さんのように温かくて包容力のある人ではない。


「野上くんはもっと自信持っていいんだよ! そう言われて、あまりピンとこないかもしれないけれど」


月岡さんの言う通りで、どんなに好意的なことを言われても「自分はそう思えない」とか「何を根拠にそう言ってくるのだろうか」と、心に蓋をしてしまう。

「自分は大した人じゃない」という考えが重くのしかかっているのが、自分に自信を持てない最大の理由なのだろう。


返事に詰まっていると、香菜子さんが僕らのコーヒーを持って席に戻ってきた。


「あら、盛り上がっています?」

「香菜子さん知っていました? 野上くん、薬剤師さんなんですよ」


僕らの前にコーヒーを置きながら、月岡さんの言葉に首を縦に振って、


「えぇ。 図書館に初めていらっしゃった頃、聞いたことあったので。 立派ですよ本当に」


香菜子さんにしては、大きめのリアクションだった。


「そんな……大したことないですよ」


お決まりの返答しかできない僕。


「人の命に関わるお仕事ですし。 それに、頭が良くないと薬剤師さんにはなれませんよ。 常に緊張感を持ってお仕事されていると思うので」


やんわりと諭された僕は、香菜子さんに尋ねる。


「香菜子さん、どうしてそのように……」


すると香菜子さんは真剣な表情で、


「結翔が具合悪いとき、お薬のことで薬剤師さんに聞くことが多くて……子供を持つと、今までの思考と大きく変わりました。 ありがたいなと本当に思うんです」


と、最後は嚙み締めるように述べた。


「そうでしたか……」


何だか嬉しいような、照れくさいような。

その薬剤師さんは僕ではないが……じわじわと心が温かくなった。


熱々のコーヒーカップを両手で包みながら、その余韻に浸る僕。

香菜子さんも月岡さんも、ほんのり笑顔を見せた金曜日の真夜中だった。

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