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今宵、図書館で逢いましょう。  作者: さきみやめぐ
第四夜

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女優が下した決断 2

 手紙の最後には、愛花さんのサインが書かれていた。

あの大女優から直筆の手紙を貰うなんて、夢を見ているようだ。


「渡されたときに伝言を預かりました。 『私が吐き散らしたことは、墓場まで持って行ってほしい』と。 あと、お借りしたハンカチは洗濯してくださったようです」


いつものように涼しい顔して、香菜子さんはそう言ってきた。

便箋を丁寧に折り、封筒にしまいながら「ご心配には及びません」と笑う。


香菜子さんから手渡されたハンカチは、シワ1つもなく、高そうな柔軟剤の香りまで……。

封筒の中に手紙をしまおうとすると、もう1つ何かが入っていた。


『私の大ファンと言っていた方に、渡してあげてください』


書かれた小さい付箋紙に、愛花さんの生写真。

右下には白いペンで愛花さんの直筆サインが記されていた。

愛花さん、最初に僕と会ったときの話を覚えてくれていたんだ……。


「愛花さんらしいお気遣いですね」


そばで見ていた香菜子さんも、にこやかな表情を浮かべていた。


愛花さんの前では「知り合いが大ファン」と言ったが、それは香織を指していた。

香織にこの写真を渡したら、きっと喜ぶだろうな……。

それとも「私の知らないところで、女優と会っていたのか!」と叱られるか……でも、香織にこの写真を直接渡せないんだよな。


そう思うと、愛花さんの厚意が無駄になってしまう申し訳なさと、香織に対する気持ちが重なって……涙で視界がぼやけそうになる。


「久々に愛花さんのお顔を見ましたが、吹っ切れたように感じました。 誠司さんのお陰だと愛花さん言っていましたよ」


黙り込んでいた僕を励ますように、香菜子さんは力強くそう言ってくれた。


「僕は特に何も……話を聞いただけですよ。 でもよかったです。 愛花さんが新たな道に進めて」


先週の金曜日は、感情を抑えられないほど泣いていたけど……。

香菜子さんが言ったように「吹っ切れた」のであれば本当に良かった。

本当に元気がないと、平気なフリすらできないから。


「手紙でも書いてある通り、火曜日に愛花さんがいらっしゃったんです。 前日に連絡がありまして、夜の図書館には当分来られないからということで、特別に開けたんです」

「そうでしたか……」


夜の図書館で過ごす特別な時間。

大女優である愛花さんにとっても、この図書館は思い入れがあるのだろう。

出国を控えていた火曜日の夜、愛花さんが有意義な時間をここで過ごす姿を想像する。


目線を下にすると、香菜子さんは今日もサイダーを手にしていた。

本命のぶどうジュースは、恐らく売り切れていたのか。

蓋を緩めた時の「シュワッ」という音に、どうしても笑ってしまう。


「ん?」


香菜子さんはサイダーを飲みながら、僕の反応に疑問を持ったようだ。


「いや、意外な一面があるなと思いまして」


表情を隠しながら僕は呟いた。


「それはどういう……」


僕の言葉に理解が追いついてない香菜子さんは、続けて質問を振ってきた。


「愛花さんのことです。 クールで少しドライな印象があったんですけど……繊細な一面があったり、意外に喋ると面白かったり……」


愛花さんを知る香菜子さんは、僕の発言で「確かにそうですね」と小さく言って、再びサイダーを飲んだ。


「それに……香菜子さんも」

「私も、ですか?」


不思議そうな顔でこちらを見つめてきた。


「最初は落ち着いている印象だったんですけど……意外と話しかけてくれたり。 あと、図書館にコーヒー置いているのに、自分はコーヒー飲めないとか。 良い意味でイメージを裏切るパターンがあるなと思いまして……」


香菜子さんは苦笑いをしながらサイダーを見せて「これもですか?」と言ってきたのだった。


「まぁそうかもしれませんね。 未成年に見えて実は子持ちとか、だいぶ印象を裏切っていますもんね」


ケロリと言う香菜子さんが一瞬恐ろしく見えた。


「香菜子さん、それについてはもう、本当に謝りますから……」


僕のオロオロした様子に香菜子さんは笑ってくれた。

その隙を見て、僕は香菜子さんに別の話を持ちかける。


「あの、香菜子さん。 この前のことなんですけど……」

「?」


「僕ががいきなり泣いてしまって……驚かせて本当すみませんでした」


結翔くんを抱かせてもらったとき。

幾つもあった感情が混ざり、突然涙が零れてしまったあの日の夜。

月岡さんが来たことで、落ち着くことができたが、香菜子さんとは後味の悪い空気のまま2週間経ってしまった。


「いえいえ。 私は大丈夫ですから」


香菜子さんに会ったとき、このことをちゃんと言おうとしていた。

たった今それができて、緊張していた気持ちが緩んでいく。


「誠司さんの言葉を聞いて、胸が痛みました。 『残酷なのは、会いたい人に二度と会えないこと』」

「香菜子さん……」


髪に隠れ、表情が見えないほど俯く香菜子さん。

自分で言った言葉なのに、改めてその言葉を拾い上げると、とてつもなく悲しく聞こえる。


「本当……まさにその通りだと思います……」

「っ……」


香菜子さん……涙声になっているのだろうか。

そう思っていたところ、香菜子さんは僕のほうを見て、


「でも良かった。 変わらず今日も図書館に来てくださって」


目を少し潤ませながらも、そう微笑んでくれた。


「はい……金曜になると、ここに来たいといつも思うんです」


夜の図書館に足を運ぶようになって、ちょうど2ヶ月くらい経つ。

金曜日の夜は「ここに行こう」と思う僕がいた。


心はまだ沈んでいて、香織のことで頭の中を占めていることに変わりはない。

でも、苦しいのは僕だけではない。


心に傷を負ってしまった人が、他にもいることを気づかせてくれるこの図書館。

人間関係を築くことに消極的な僕にとって、貴重なコミュニティでもあった。


「それは何よりです」


香菜子さんは穏やかな表情を見せた後、こう話してくれた。


「私気づいたんです。 結翔が保育園とかに入園しないと、私は人と話す機会が全然無いんだなと。 なので、誠司さんみたいな利用者さんと話す時間が重要だったりするんです」


香菜子さんよりも年上で、男の僕に話し相手が務まるのかと考えたが……。

香菜子さんの言葉に嘘があるようには思わなかった。


「僕、人と話すの苦手なんですけど。 ここに来る人はみんな温かくて……すごく話しやすいなって……」


ここにいて一番感じるのは、そこだと思う。

辛いこと、大変なこと、悲しいことを分かっているからこそ……。


「私もそう思います」


温かくて優しい時間が有り難いがゆえに、泣きそうになる。

でも、金曜日の夜くらいはこんな思いしてもいいよね。

あとの時間は、貴方のことを想うから……今晩もまた温かいコーヒーを飲んでいた。


***


 この日の終盤、こんな話もしていた。

愛花さんから頂いた手紙を見つめながら、


「香菜子さんが愛花さんと顔見知りっていうことにも驚きました。 連絡先も知ってたんですね」


テレビでしか見ない芸能人との遭遇だって奇跡なのに……。

自分のことを認知してもらえるなんて、相当なことだと思った。


前世の僕は、とてつもなく良いことでもしたのだろうか?

冗談でもそう勘違いしてしまう。


「愛花さんとは同じ高校だったので、10代のころから面識あるんです」

「え!?」


香菜子さんからの衝撃発言に、思わず大きい声を出してしまった。


「愛花さんが3年生のとき、私は1年生で。 出会ったのが学校の図書館でした」

「おお、まさかの図書館。 しかも学校の……」

「喋っていたら意気投合したので。 そこからの仲ですね」


涼しい顔で僕に冗談でも言っているのかと思ったが、どうやら本当のことらしい。


「なんか『世間って狭い』ってこういうことですよね……」


この話を聞いてから、しばらく鳥肌が消えなかった。

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