愛花エピソード 幼馴染みとして 2
私の質問に、彼は「知ってたの?」とでも言いたいような表情だったが、構わず話を進める。
「おめでとう。 撮影中にチラッと聞いたの。 言ってくれても良かったのにと思ったけど、話せるタイミングが合わないからね」
彼が結婚する話をしてきたのは、数少ない交友関係で信頼できる私のマネージャーから。
彼の取り巻く環境、そして私の身を守るために告げてきた。
彼は会社の取締役の娘さんと婚約すると……。
彼がいつ結婚するかは分からない。
でも、きっと彼が式を挙げる頃、私は日本にいなさそうだから……詳しく聞こうとは思わなかった。
「ごめん、話すのが遅くなって……」
仮に彼から直接言われるほうが、どんな顔したらいいのか戸惑ってしまう。
人づてで知ったほうが、気持ちの整理はつきやすかったと思う。
「謝らないでよ。 むしろ謝りたいのはこっち」
「どうしてマナが謝るの?」
今日は絶対に泣かない。
泣いちゃだめだ。
心の中でそう自分に言い聞かせた。
「今私たちが2人で一緒にいるこの瞬間、記者に撮られていると思うんだ」
「ちょっと待って。 理解が追いつかないんだけど」
「そうよね……とりあえず最後まで私の話を聞いてもらえる?」
「う、うん」
声はいつもと変わらず落ち着いているのに、彼の表情はかなり困惑していた。
「少し前から私のスキャンダル探しで記者が張り込んでいるのよ。 数日前も事務所に匿名で写真が送られてきて……あなたの顔は隠されていたけれど、私と並んでいる写真だった。 多分、2人でいる写真を意図的に撮ったんだと思う。 今も私の家にあなたがいて、しかも2人っきりでしょ。 私の読みが当たれば記事になるかもしれない」
元々は複数人で会うはずだった今日のホームパーティ。
偶然2人だけになってしまったが、今の状況は記者にとっては好都合すぎる。
「全部本当なの? っていうか、俺が悪いよね。 俺も仕事に行くか、誰かしら連れてくればよかったんだ……」
私の置かれている状況を耳にし、苛立ちを見せた彼。
内心「私のためにそこまで思ってくれるなんて」と淡い期待をしてしまうが、我に返って彼の言葉を否定する。
「いや、それは違うわ。 逆に貴方と結婚する相手にすごく申し訳ないわ」
「そんなこと……」
彼の言葉を遮るように、私は間を空けずに話を続けた。
「でも大丈夫。 貴方は今まで通り普通にしていて。 もしかしたら記者が来るかもしれないけど、全部無視してね」
毅然とした態度で言い切ったが、彼は首を傾げて、
「そしたらマナはどうなるの? マナは何するって……」
「心配しないで! 私はマスコミ泣かせって言われるぐらい、上手く対応できるから!」
私の言葉を耳にした後、彼は少し目を潤ませながらゆっくり話す。
「マナはいつもそうやって……何でも1人で抱えて解決しようとする。 マナの両親が離婚したときもそう……僕はまた今回もマナを助けられない」
「それは違……」
「違わない! 結局今もマナを苦しめてしまったじゃないか!」
彼はソファーから立ち上がり、もどかしさと怒りを堪えるかのように、辺りを歩き回る。
私は彼の目の前に立ち、はっきりと告げた。
「違う! そんなことない! 貴方に出会ってどれほど救われたか……再会できたとき、私本当に嬉しかったんだよ」
自分のことを責める彼に、私は本心を伝えようと必死だった。
「貴方には感謝している。 本当にありがとう。 だからさ、お相手の方と幸せになって……ね?」
これが、幼馴染みのマナとして最大限に伝えられる彼への愛と感謝の言葉だった。
「マナ、どうしてそこまで……」
彼の中で感じたのだろう。
幼馴染みのマナとして会えるのは、これが最後だろうと。
「決まっているでしょ。 貴方は私の大切な幼馴染みだから」
この瞬間、カメラに見せる女優スマイルを彼にだけ見せた。
「記事が出る前に会えて、話もできて本当に良かった。 今日はもう帰って、お願い」
「……分かった」
私に背を向けて彼は家を出て行こうとする。
「……っ」
遠ざかっていく彼の姿をじっと見つめる。
許されるのなら、その背中に飛びついてしまいたかった。
『本当は貴方が好き』
彼にその気がなくても、本当はそう言いたかったし……ふしだらにもめちゃくちゃにしてしまいたいって思ったけれど……。
結局できなかった。
ずっと自分を守って生きてしまった私。
父の暴力に耐えられなくて、母に離婚するよう促したのは私だ。
幼少期から芸能活動を始めたのも、お金のため、自分の生活を守りたかったから……。
いつも私は殻を割ってまで行動してこなかった……そして今回も。
ふと視線を横にすると、彼が持ってきてくれたワインが瞳に映る。
ボトルを手にすると、私が生まれた西暦がラベルに書かれていた。
「……っ……ぅ……」
我慢していた涙が一気に溢れ、思わずワインボトルをぎゅっと抱きしめる。
一度も彼に話したことがないのに、そのワインは私が1番好きな品種のものだった。
***
人目を気にせずに済む図書館で、私はひどく泣いていた。
そんなとき、若い男の人が来て……。
2回しか会ってないのに、私のことを妙に気にかけてくれるこの男性。
知り合いがファンとか言ってたから?
それとも素で優しい人なの?
まるで、あの人と一緒じゃない……。
「馬鹿な男よね。 他の人と結婚するのに、上司の指示だからってノコノコと独り身の女の家に行くかしら」
この人は彼じゃないのに、なぜか目の前の男性に苛立ちをぶつけるように言ってしまった。
一方、私は涙を流しながらケラケラと笑う。
完全に正気を失っていた。
「男の人ってそんなもんなの? ねぇ、むしろ気にしないの?」
私に顔を近づけられ、とても困った顔をする男性。
目を泳がせながらも、男性はこう言ってきた。
「分かりません……僕には分かりませんけど! 心の底から愛花さんを心配していたとは思います」
そう言い切った後、男性は私の目を真剣に見つめてくる。
その目つきが、最後に会った彼の姿と重なった。
「どうして……貴方がそんなことを言えるの?」
私の全てを知らないのに……何が分かるって言うの?
「幼い頃から苦労している愛花さんを知っているから……本当の愛花さんは、1人で抱えてしまう繊細な人だって分かっているから……じゃないんですか?」
「え……」
どうしてそんなことを……。
男性に聞きたかったが、それ以上言葉が出なかった。
『マナはいつもそうやって……何でも1人で抱えて解決しようとする』
『マナの両親が離婚したときもそう……僕はまた今回もマナを助けられない』
『結局マナを苦しめてしまったじゃないか!』
彼に言われた言葉が、瞬時に頭の中を駆け巡る。
自分の気持ちを保つのに必死で、彼に言われたときは気づかなかったけれど……。
私を心配して、私を思って言ってくれたんだ。
その直後、眉を寄せ、溜めていた涙が再び流れてくる。
嗚咽が漏れないように両手で口を塞いでいたが、止まらない涙のせいであまり意味がなかった。
「愛花さん、これ」
図書館に置いてある箱ティッシュを男性に渡される。
さっき貸してくれたハンカチは、すでに大量の涙で重くなっていた。
「僕、おかわりのコーヒー淹れますね。 少し気持ちを落ち着かせましょう」
男性はカップを2つ持ち、コーヒーのセットがあるワゴンに向かう。
背中を向けられたとき……彼が私の家を出ていくときの背中と似ていて……。
無意識に後ろから男性の服を軽く引っ張った。
「愛花さん?」
「抱きしめて」
男性から拒まれる前に、私は両腕を男性の背中に回す。
驚きのあまり、男性は両手を上げたまま棒立ちになっていたが……それでも構わなかった。
「ま、愛花さん? 大丈夫、ですか?」
小さく震える私に気づき、そう声をかけてきた。
この人、声も優しいし……すごく温かい。
「ごめんなさい……もう少しこのままで……」
自分でも感じるくらい、今にも消えてしまいそうな私の声。
その様子から、男性は私の両肩を優しくポンポンと叩いてくれた。
みっともない姿だけれど、今はこの人の優しさに助けてもらおう……。
お湯が沸騰するまで、私はそのまま泣き続けていた。




