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今宵、図書館で逢いましょう。  作者: さきみやめぐ
第四夜

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愛花エピソード 幼馴染みとして 1

 過密スケジュールの中、月末に終日の休みが入ったあの日。

雨が降る窓を見つめていると、インターホンが鳴った。

画面に映る彼を見て、思わず私の心が踊る。


「どうぞ。 そのまま入って」


料理は手こずることなく完成し、あとは客人を招き入れるのみ。

洗面台に映る自分を見ると、髪の毛が乱れていた。

手で前髪を整え、乾燥が気になる毛先にヘアオイルを足す。


『愛花、くれぐれも行動には気を付けて。 記者が張り込んでいるから』


少し前、事務所の社長が私に釘を刺してきたときのことが頭によぎった。

1日中雨予報だと言うのに……私のプライベートに踏み込もうとする暇人がいるのか。

そう思うと、自分の体に溜め込んだ毒素を、全部吐き出したいぐらい気分が悪くなる。


でも、今日だけは特別な自分でいたかった。

彼と会うことを、いつか後悔するかもしれない。

でも、それは自分が望んで選んだことだからと言い聞かせる。


ゆっくりと階段を上がってくる音が聞こえ、迎え入れた彼が私の前に姿を現した。


「うわぁ広い、さすが日本を代表する女優だな……」


何事にも素直な彼は、本音を声に出してしまう。


「大袈裟よ。 1人暮らしにしては大きいかもだけど、セキュリティーを考えたらこの家になったの」

「っていうか、エントランスからここまで来るのにすごい緊張したからね? 下にいたのってコンシェルジュ? 俺に会釈してくれてさ……」


自然体な彼を見ていると、春の陽だまりに包まれたような心地がする。

彼の言葉をクスクスと笑いながら聞いていた。


「今日、他にも来るでしょう? 部長さんとか、後輩とか」


今日は彼の会社の人達と一緒にホームパーティーをする予定だった。

彼の上司である部長の昇進祝いと、私がイメージキャラクターを務めて丸2年が経ったのを兼ねていたが……。


「それが急な案件が入って、来られないってさっき連絡があって」

「え、そうなの?」


彼しか来てない状況に体が凍り付く。

私の心境とはよそに、彼はいつもと変わらない。


「俺も行った方がいいかって連絡したけど『お前1人でも三木さんとこ行ってこい!』って言われて。 それも立派な仕事だってさ!」

「パーティーも仕事なのか」


せっかくのパーティーは私と彼だけ。

嬉しいはずなのに、苦しい気持ちが勝っている。

本当は喜びたいのに……まるで罪を犯しているような気持ちだった。


「せっかくワイン買ってきたのに……」


いかにも高価そうな紙袋を、私に見せるよう持ち上げて彼は言った。


「お! いいお土産を持ってきてくれたのね!」

「まあね。 しかも見てこれ! マナの生まれた年に作られたワインなの!」


紙袋から出して、ボトルの側面を指す。

確かに私の生まれた西暦が書いてあった。


「俺とマナ、同級生だけどマナは早生まれだからこれであっているでしょ?」


覚えていてくれたんだ。

さらっとそういうこと言うの、本当にズルいと思う。

私の胸の内なんて、知りもしないのに。


誕生月を覚えていてくれたよりも嬉しかったのが、


「そうだけど……っていうかマナって呼ばれるの久々だわ」


照れ隠しでキッチンに向かう私。

自分の顔が真っ赤になっているだろうと思い、彼には見せられなかった。


「ぁ、ごめん! つい昔の癖が」

「え? 無意識だったの?」

「そうだよ! 昔はそう呼んでいたのに、再会したらマナは国民的女優になっていてさ! 何回マナって仕事中に言いかけそうになったか」


彼にそんな葛藤があったことが嬉しくて……愛おしさが余計に芽生えてしまう。


「いっそのこと、マナって呼んじゃえばよかったのに!」


冗談では言ったが、本心は呼んでもらいたかったかもしれない。


「え、逆に? まずいよ! 大女優と一般人の自分が親しげに話しちゃいけないでしょ」

「……」


彼に否定されたのが少しショックだったのか、ワイングラスを出そうとした直後、グラス同士をぶつけてしまった。

落として割れることがなくて良かったけれど、色んな意味でヒヤッとする。


でも、彼の言う通りだ。

彼からのお土産とあだ名呼びに舞い上がっていたが……現実に目を向けないといけない。


「マナ、大丈夫?」


体が硬直し、俯いていた私を心配しながら、彼は私を「マナ」と呼んでくれた。


『記者が張り込んでいるから』


社長の言葉が脳内に響く。

実は彼が来る前、窓の外から怪しい車を目にした私。

それは、数日前から何度も見かけている黒い車……間違いなく記者の車だろう。

恐らく今の瞬間も、記者は私を抑えている可能性が高い。

この密室には、私たち2人しかいない。


「ありがとうね。 私を気遣ってくれて」


にこっと彼に笑みを見せ、一人掛けの椅子に座る。


「そこ、座ってくれる?」


彼は黙ってソファーに座った。


「まだ、誰にも言ってないんだけど……ちょうどいい機会だから貴方には言うね」


ただならぬ雰囲気だと察したのか、静かに聞いてくれようとした彼。


「活動拠点を海外に移そうと思っているんだ」

「え?」


突然の報告に、彼はびっくりした顔を見せた。

それは無理もない。


「たまたま受けたオーディションが海外の監督から声が掛かって。 せっかくのチャンスだし、本格的に挑戦してみようかと思って」


今の話は本当のこと。

アクション映画に出られる日本人女優を探していたらしく、人並み以上に運動神経が良かった私に縁があったのだった。


「向こうに行くってことは……うちとの契約は……」

「3年契約だから今年も変わらないと思うけど」


今でちょうど丸2年なので、あと1年は彼が勤める会社のCMや広告に出るつもりだ。

大きな問題が何も無ければの話だが……。


「あ、ほんと? それなら良かった」


『良かった』の意味は『会社の人間』として? それとも『幼馴染み』として?

そんなことが一瞬頭によぎったが、話を続けなければならない。

本題はここからだ。


「それともう1つ。 貴方、もうすぐ結婚するんでしょ」


穏やかな表情でそう言ったが、本当は胸が張り裂けるぐらい辛い言葉だった。

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