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今宵、図書館で逢いましょう。  作者: さきみやめぐ
第四夜

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44/71

女優の告白

 金曜日の夜を迎え、僕は小走りで図書館を目指した。

理由は三木愛花。

でも、先週の金曜日に抱いていた心境とは違う。

テレビで三木愛花を見たあの日から、ずっと気がかりだった。


急いでいる中、タイミング悪く信号が赤に変わる。

次の青信号まで少し時間が空くので、片瀬にいつものメッセージを返そうとするが……ニュースを伝える通知が画面に映し出された。


『三木愛花って、略奪婚するかもしれないって本当?』

『25で不倫に落ちるとかヤバすぎる!』

『子役のうちに芸能界引退していれば、こんなに叩かれなかったのに』

『本人は否定していたじゃん』

『女優に言い寄られたら、男も誘いに乗るだろ』

『結婚決まっている相手の男もバカでしょ』


三木愛花のニュースには、こうして荒れたコメントで溢れかえっていた。


数日前に薬局長が見せてくれたのは……とある記事。


『三木愛花 略奪婚をして芸能界引退か?』


そこには「結婚する友人男性を三木愛花が略奪した」などの衝撃的な情報が書かれていたのだ。


この記事を読んだ人たちは瞬く間に踊らされ、拡散に拍車をかけた。

そのせいで三木愛花への取材が、あれほど目立ってしまったらしい。

三木愛花のSNSには、日に日にネガティブコメントが更新されるばかりだった。


「ひどすぎる……」


片瀬には「あばよ」というスタンプを適当に送り、僕は図書館の方角に足を進めていく。


香織が昔見せてくれた雑誌の三木愛花。

2週間前に図書館で会ったときの三木愛花。

気高い花のようだったけど、本当の素顔は違うと思う。

落ち着かせるように深呼吸し、図書館の重い扉を押して中に入っていった。


***


 いつもの1階フロアを見渡すと、顔を隠し机に伏せている1人の女性がいた。


「愛花さん?」


このとき、何故か三木愛花を「愛花さん」と無意識に呼んだ僕。

ゆっくり近寄ると、惹きつけるような甘い香水と、心配になるほどの華奢な骨格……。

僕の小さい声に反応し、こちらに体を向けた。


「あ……」


彼女の美しい顔に何かが零れていた。

見惚れたのはほんの僅か。


「どう、したんですか?」


紛れもなく三木愛花。

やっぱり本人だった。

そして泣いている……芝居ではなくリアルに。


恐る恐る彼女に問いかけた。

彼女は長い指で両頬の雫を拭って、


「私ったら情けない……こんな姿見せて……芝居じゃないのに」


笑って平然を装うとするが、声は震えていた。


テレビで見た深紅のドレス姿とは雰囲気が変わり、今日は黒無地のワンピース姿だった。

美しいデコルテが強調されているが……。

ピンヒールは無残に転がっていて裸足の状態。

無造作に置かれた愛花さんが載っている雑誌。

そして、愛花さんのスマートフォンは、自身のSNSが映っていた。


「貴方は確か、この前もいた……」

「はい。 覚えていてくださったのですね」

「ん……職業病みたいなものかしら」

「職業病ですか?」


芸能界なんて、僕には一生無縁の世界だ。

彼女の言う「職業病」が何を意味するのか見当がつかない。


「共演者の方とかスタッフさんとか。 仕事上、大勢の人と関わるから、顔とか名前とかね……覚えようとするの。 子役のときからそう……」

「そうでしたか……愛花さんって本当にすごいですね」


彼女は幼い頃からそうやって仕事をしていたんだと思うと、僕なんかがものすごくちっぽけに思える。

感心していると、愛花さんは顔をしかめて、


「全然よ。 かえってそれが苦しい」


大きく溜め息をつき、僕の言葉を真っ向から否定した。


「子供の頃から仕事をしている理由は色々あるけど……1番は自分の居場所が欲しかったから。 自分を必要としてもらえるように、顔と名前を覚えて、次の仕事も貰えるように。 何を私に求めているかも察して、大人に負けないようにやってきた。 結果、色んな賞や肩書きをもらって……周りは『何でも手にしている成功者』って思っているけど。 肝心なものは全然手に持っていない。 自分の居場所も、大事にしたい人も……」


止まっていた雫は再び流れ落ちた。


「それってどういう……」


止まらない涙を必死に拭いながら、彼女は言葉を続けた。


「この前、貴方と読んだ記事の他にも、マスコミが書いたものがあるでしょう? 皮肉にもあながち間違いではないの」

「でも、取材では否定していたんじゃ……」

「ええそうよ。 彼とはただの友人で、彼は別の女性と結婚するから」


状況が飲み込めず、言葉が出てこない僕。

愛花さんは椅子から体を離し、立ったまま事の経緯を話してくれた。


「彼とは幼馴染みだったの。 でも、私が芸能界の仕事で上京してからずっと会えなかった」


僕に背中を向けたまま、愛花さんは話を続ける。


「2年前に私が化粧品のCMの仕事で、そこの広報担当で顔を合わせたのが彼だったの。 その時は本当に運命だと思ったけど……彼には結婚を前提にお付き合いしている人がいて。 それでも彼に少しでも会いたい一心で……自分の気持ちを隠す覚悟で、私はその仕事を2年間引き受けた」


長いセリフを言っているように聞こえるが、愛花さんは至って真剣。

僕は黙って聞くことしかできなかった。


「記事が出るって決まったとき、これは不味いと思った。 彼は結婚が決まっているのに、私と一緒にいる写真を撮られたら、略奪だって叩かれるのは目に見えて分かっていたから……私の口から『否定する』ことにしたけど……」


本音をこぼす直前、愛花さんは小さく嗚咽を漏らす。

この感覚は、僕でも少し分かる……それだけ心が痛いということを。


「……っ……さすがに辛かったな……自分の気持ちと真逆のこと言わないといけないの。 まるで……包丁で心臓をえぐられたみたいで……」


今度は自分のスマートフォンを手に持つ愛花さん。

さっきと目の色が変わった愛花さんに、僕は一瞬ゾッとした。


「それにね……こうやってダラダラと悪口書く人がいるでしょ? もうね、傷つくを通り越して呆れる……勝手なことばっかり書いて……『ふざけんな!』って怒鳴ってやりたい!」


静かな図書館で、愛花さんの叫びが響き渡る。


「私を悪く言うのはまだしも、彼のことを悪く言うなんて本当に許せないわ!」


激しい怒りに、愛花さんは息を切らす。

そして、長い髪をくしゃくしゃにするほど頭を掻きながら、再び小さく泣いていた。


幼馴染みの男性と二度目の別れ。

マスコミやコメントによる容赦ない攻撃。

三木愛花という人物を演じ、嘘をつき続けること。

全てが愛花さんの心を押しつぶしていた。


しゃがみ込んだ愛花さんを案じ、華奢な両腕を優しく持って、椅子に座るよう誘導する。

恐れ多くも大女優に触れてしまったが、愛花さんは何も抵抗せずに座ってくれた。


「これ、使ってください」


持っていたハンカチを渡すと、そっと白い手で受け取ってくれた。


「コーヒー、持ってきますね」


静かに頷いてくれた愛花さん。

鼻をすする愛花さんから少し離れ、コーヒーを手早く2つ用意した。


「……ありがとう」

「いいえ」


僕は愛花さんが座る場所から1つ離れた席に座った。


カップの側面を両手で持ち、コーヒーの温かみを感じている愛花さん。

止まっていたかと思いきや、愛花さんの涙はまた1つ流れてきた。


「貴方が読んでくれた記事……あの写真が彼に会った最後の日だったの」


そう言った愛花さんは「彼」と呼ぶ幼馴染みの話をゆっくり始めた。

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