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今宵、図書館で逢いましょう。  作者: さきみやめぐ
第四夜

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想定外の展開 1

 仕事中であるにもかかわらず、僕は考え事をしていた。


『この世の中は、人が人を傷つけることが絶えない残酷なものだなと……』


香菜子さんの言葉を思い出す。

生きていて「傷つかないこと」って……そもそもあるのだろうか。


「人が人を傷つける……か」


僕が見た三木愛花は、屈強なメンタルを持つ強い女性のようだったが……。

香菜子さんは僕が持つイメージと違うことを言っていた。


人は見かけによらず。

笑顔を振る舞う人だって、1人になれば涙を流しているのかもしれない。


「僕にも……ないってことはないけど」


調剤室にある薬剤ロボに、指定されている薬を補充しながら独り言を発していた。

薬に傷をつけないよう詰め過ぎないようにと、手元は慎重に……。

薬が入れ終わると、モニターに補充した数を入力する。


「メイアクトも補充かな」


残数が少ない薬を集中的に取り出し、中身を確認した。

黙々と仕事をしているが、ふとした時に図書館でのことを思い出す。

その繰り返しだった。


「すみません、野上先生。 私やりますよ」


調剤室の横を通りがかった事務員さんが、僕の姿を見てそう言ってきた。


「いいんですよ。 いつもお任せしてしまっているし、たまにはやらないと」


薬剤ロボの補充は、事務員さんが作業をしてくれることがよくある。


「事務も人がいなくて大変ですよね?」


片瀬が異動した後に、産休に入った事務員さんがいた。

事務も薬剤師も、前の時期よりマイナスの体制で薬局を回している。


「はい。 皮膚科の病院ができたことで、新規の患者さんがかなり増えたかなと」

「あ、だから皮膚科の処方箋が急に増えたんだ……あぁそっか」


内科と眼科が近いことで、薬の出方がある程度決まっていた。

漢方薬や軟膏などといった処方が最近多くなったなと思っていたが、どうやらそれが原因だったらしい。


「ふふっ。 先生ったら、見かけによらず抜けていらっしゃるんですね」


目を細めて笑っている事務員さんを見て戸惑った。


「そう……見えます?」


会話をしている事務員さんは、他店舗のヘルプで来てくれた人だ。

何度もヘルプでお世話になっていて、僕と出勤が被るのは今日で4回目だが……。

正直「僕の何を知っているんだ?」と、少しだけ気に障った。


「普段は丁寧にきちっと仕事されていますけど、お話してみると、今みたいに天然なところがあって、ちょっと可愛らしいなって!」


当の本人は、あまり悪気はなさそうだった。

相手は僕よりも年下なので、仕方ないと割り切るしかない。


普通なら笑って聞き流すか、やんわり否定するとかできるはずが、今は空っぽな愛想笑いしかできなかった。

『人は見かけによらず』

自分の考え事と今のやり取りが、あまりにもリンクしていたものだから。


すると、薬局の入り口にあるベルが鳴った。

患者さんが来たことを知らせる合図だ。

事務員さんは反射的にその場を去った。


「僕って傍から見ると普段通りに見えるんだ……」


こんなにも胸が苦しいのにね。

でも、そうだ……僕は現実から逃げるように仕事をしているんだった。


ただ、最近は外で平然としていても、些細なことがきっかけで気落ちする瞬間がある。

仮に、月岡さんが目の前に現れて「泣いていいよ」とか言われてしまったら、秒で感情が崩壊するかもしれない。

仕事場でそんな自分の醜態を晒す姿を想像すると、身の毛がよだつ思いだった。


「先生、お薬お願いします」


さっきの事務員さんが来て、処方箋を受け取る。

処方箋の下を見ると、やはり皮膚科だった。


2週間分のビタミン剤と保湿を目的としたローションなど、バットの中に薬を入れていく。

一緒に入っていたお薬手帳も確認し、服薬指導用のカウンターについた。

名前を呼ぶと、制服を着た女子高生とそのお母さんが現れる。


「今日はどうされましたか?」

「ニキビが気になって、皮膚科に……」


肌荒れを気にしてか、女子高生はあまり目を合わせてくれなかった。


「そうでしたか。 皮膚科でもらうお薬は初めてですか?」

「はい」

「分かりました。 恐らく、皮膚科で先生から言われているかもしれませんけど、私からもお薬について説明しますね」


返事は素気無くても、話は聞こうとしてくれた。


「まず、飲み薬が3種類出ています。 ビタミンを補うお薬です。 これは朝と夕食後に飲んでください。 お手洗いに行くと、通常より黄色くなるかもしれませんが、お薬に入っているビタミンが外に出たものなので、ご安心ください」

「は、はい」


返事を確認し、塗り薬の説明に入る。


「お肌に直接つけるものですが、まずローションですね。 肌の乾燥もニキビの原因になってしまうので、洗顔後にローション使ってください。 その後にお薬を塗ってもらいます。 これは夜に1回で大丈夫ですから。 だいたい、指先から第一関節くらいまでの量を目安に薄く伸ばすように塗ってください」

「第一関節……」


自分の人差し指で薬の量を確認する女子高生の姿に、少しほっこりした。


「塗ったときに、赤くなったり、かゆみ、乾燥を引き起こす副作用があるかもしれません。 保湿の徹底や、紫外線に当たるのは避けてください。 それでも気になるようでしたら、また先生にご相談ください」

「わ、分かりました」

「それから、こちらの塗り薬は冷たいところでの保管をお願いします。 ここまで何かご質問、ご不明点等ございますか?」


親子声を揃えて「大丈夫です」とだけ言われた。

一方的に説明してしまって大丈夫かなと思ったが、そのまま会計に移る。

お釣りを返し、見送るタイミングを伺おうと財布をカバンにしまっている姿を見つめていると……。


「ありがとうございました……」


お母さんのほうではなく、女子高生から僕に小さくお礼を言ってくれた。

あまりに突然だったので、少し間を空けてしまったが、


「あ、いえいえ。 長々と説明してしまって大丈夫でしたか?」

「えぇ。 娘が初めて使う薬だったので助かりました。 ご丁寧にありがとうございました」


念を押すように、お母さんからも告げられた。


「恐れ入ります。 お大事になさってください」


さっきの重たい気持ちとは変わって、2人に向けて僕は自然に微笑んだ。

お母さんもにこやかに、女子高生は照れくさそうに会釈して薬局を後にしていった。


こういう時こそ「やりがいを感じる瞬間」なのだろう。

薬剤師になりたての頃は、そういう初心があったと思うが……最近はそんなことすら気に留めていなかった。

目を柔らかく細めて、カウンター周りを軽く片付けていく。


すると、一瞬見覚えある人がソファーの向かい側にあるテレビに映った。

夕方の時間帯なので、ニュース番組が放送されていることは分かる。


『三木愛花 スクープ後初の公の場に登場』


そう大きく画面下のテロップに出ていた。

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