香織エピソード 家族になったら
香織との婚姻届を出す半年前。
香織の家族とバーベキューをした日があった。
香織の実家へ向かう途中、僕らは食材と飲み物の買い出しに来ていた。
「これだけあれば足りるかな?」
「大丈夫じゃない? あとお酒以外にもジュースも買わないと」
お酒コーナーからジュースのコーナーへ移動する。
「花音ちゃんって何が好きそう?」
「りんごジュースってお姉ちゃん言っていたかも。 でも買うなら小さいやつにしよう。 あんまり大きいと全部飲んじゃいそうだから」
「オッケー! 小さいパックのりんごジュースにしよう」
会計を済ませ、いよいよ香織の実家へ。
隣にいた香織から、
「誠司、なんか今日テンション高いね」
「そうかな?」
この日はバーベキュー日和の快晴。
無意識のうちにご機嫌だったのかもしれない。
「花音に会えるからでしょ? 花音のためにお菓子こんなに買うかね?」
「だってあげたら喜ぶでしょ?」
「まったく……」
この日は香織の姪っ子花音ちゃんも一緒にバーベキューをする。
張り切っていた僕は、お菓子をたくさん買ってしまった。
「喜ぶとは思うけど、虫歯にでもなったらどうするの?」
「確かに! あげるときお姉さんにちゃんと確認するよ」
僕が真面目な顔で焦っていると、香織は吹き出していた。
「どうかした?」
「私の姪っ子でこんなに激甘だと、自分の子供ができたとき、どうなっちゃうんだろうと思って」
「そりゃあ、まぁ、とことん甘やかすよ」
香織との子供を想像しただけでニヤケが止まらない。
絶対に可愛いし、子供の尻に敷かれるだろう。
「そうでしょうね……」
呆れた返事のわりに、香織はとても面白がっていた。
***
香織の実家に到着すると、お姉さんと花音ちゃんが迎えてくれた。
「あ、花音ちゃん!」
僕の声に気づいた花音ちゃんはトコトコと近づいてきた。
「だっこ〜」
赤ちゃんの頃から花音ちゃんを知っているため、お喋りができるようになった成長ぶりに泣きそうだった。
「いいよぉ」
スーパーの袋を持ったまま、花音ちゃんを抱き上げる。
前よりも重くなった花音ちゃんにびっくりする。
「あれ、もしかしてまた大きくなった?」
「花音、ご飯ちゃんと食べてるもん」
「そうなの〜? 花音ちゃんはえらいね〜」
平和なやり取りなのに、近くで見ていた香織は大笑いしていた。
「2人とも買い物ありがとう! たくさん買ってきてもらっちゃって悪いわね」
香織のお母さんが駆け寄り、具材が入った袋を受け取ってくれた。
「おにいちゃん、たかいたかいも」
僕を認識している花音ちゃんにキュンとした僕は、即答で「いいよぉ」と言ったが、
「誠司、あんまり無理しないでよ」
香織が小声で注意してきた。
「大丈夫だよぉ。 あ、香織これ持って」
「お、おもっ!」
僕が持っていた袋を香織に預けると、飲み物が入った袋の重さに香織が驚いていた。
「花音ちゃん行くよ。 それっ!」
高くあげた途端、花音ちゃんはキャッキャと喜んでくれた。
「誠司くんは将来、いいパパになりそうだね」
「子供をすごく甘やかして、私にきつく怒られそうだけどね……」
「あぁ、そんな感じもするわね」
香織とお母さんが話している間、僕は花音ちゃんの高い高いに夢中だった。
***
香織のお父さんが先陣を切り、お肉と野菜は次々と焼き上がっていた。
「誠司くん、玉ねぎも焼けたよ。 甘くて美味しいよ」
「ありがとうございます!」
お父さんが笑顔で焼けた玉ねぎを渡してくれたので、両手でお皿を出した。
「あなた、さっきから焼くペースが早いわよ。 誠司くん、ゆっくり食べてね」
「はい、ありがとうございます!」
穏やかな笑みを見せるお母さん。
初めて香織の両親と会ったときは、全身が干乾びるほど緊張したが、今は2人と会える日が楽しみになった。
「2人ったら、誠司が来ると私とお姉ちゃんを放ったらかしにするんだから!」
香織が冗談を言うと、
「ごめんごめん。 次はカルビ焼くから大きい肉を取りなさい」
慌ててお父さんがフォローする。
そんなお父さんに、香織はニンマリと笑った。
すると、今度はお姉さんから話しかけられた。
「誠司くん、この前は本当にごめんね。 顔合わせのとき、花音がグズッちゃって」
「いえいえ! 慣れない場所でしたし、花音ちゃんが泣いちゃうのも当然ですよ」
両家顔合わせの日、厳かなお店の雰囲気と大人たちが会話に花を咲かせていた結果……。
疲れがピークに達した花音ちゃんが泣いてしまったのだ。
お姉さんはその日のことを僕らに謝っていた。
「最終的には誠司くんにおんぶまでさせちゃって……」
「僕は全然! おんぶしたまま寝ている花音ちゃんに癒されたので!」
ニコニコしていると、カルビを裏返しにしながらお父さんが聞いてきた。
「誠司くんは子供、好きなのかい?」
「はい、昔は幼稚園の先生になろうか考えていたこともあったので」
「そうなの? 初めて聞いたんだけど!」
香織だけでなく、高坂家のみんなが驚いた表情を見せていた。
「でも、子供だけでなく親御さんとも話すとなると、大変そうだと思ってやめました」
幼稚園の先生を諦めた理由を聞いたお姉さんは、突然目の色を変えて、
「いやぁ、誠司くん賢明な判断だよ! リアルにね、面倒臭そうなママ友がいっぱいいるから!」
「本当ですか? 例えばどういう……」
僕がお姉さんに質問をぶつけているとき、花音ちゃんは僕の横にやって来た。
「ねぇ、おにいちゃん。ご飯終わったら、このご本読んでくれる?」
花音ちゃんは1冊の絵本を見せてきた。
「シンデレラ?」
「うん。花音、お姫様が好きなの」
童話に懐かしさを感じつつ、絵本の中を少し見ていた。
「お姫様が出てくる絵本に花音がハマっているみたいで。 この前は香織に人魚姫を読み聞かせをしてもらったのよ」
お姉さんから事情を聞きつつも、僕には少し不安があった。
「でも僕、あまり読み聞かせってやったことなくて」
「大丈夫よ、これは絵本だから」
香織は優しくフォローを入れてくれた。
僕が困った顔をしていると、花音ちゃんは再び口を開く。
「花音、おにいちゃんに読んでほしい。 だっておにいちゃんは香織ちゃんの王子様でしょ?」
「?」
花音ちゃんの発言に、大人全員が固まる。
当の僕は耳まで顔を真っ赤にさせた。
「絵本に王子様が出てくるから、おにいちゃんに読んでほしいの。 香織ちゃんと結婚するってことは、おにいちゃんは王子様だよね!」
目を輝かせながら言う花音ちゃんに、余計なことは言えなかった。
「あぁ、そういうことね……じゃ、じゃあ、ご本を読もうか」
「うん!」
お肉を焼いていたテーブルから少し離れたソファーに座った。
活字が苦手なことを理由に断ろうとしたが、きっと絵本は読みやすいだろうと言い聞かせる。
すると、僕の両足の間に花音ちゃんはちょこんと座ってきた。
「えへっ!」
僕に目を合わせてきた花音ちゃん。
笑った顔が香織に似ているなと思うと、自然と僕の表情も穏やかになる。
花音ちゃんを見ていると、いつも思うことがあった。
香織との子供ができたら、どんなに幸せだろうか……。
「じゃあ、始めるね」
花音ちゃんに微笑み、絵本のタイトルを読み上げる。
僕と花音ちゃんの様子を見守りながら、高坂家の人たちはこんなことを話していた。
「花音って、結婚イコールお姫様と王子様の発想なのよね」
「子供らしくて可愛いけれど……私と誠司は恥ずかしかったよ」
「ふふっ。 王子様って言われた誠司くん、とても困っていたわね」
「それにしても花音は、誠司くんにすごく懐いているな」
僕が一生懸命に物語を読み、それを笑顔で聞いている花音ちゃん。
香織はクシャっと笑って、
「誠司は『人見知りですぐに心開かない』って自分で言うけど、そんなことないんだ。 誰に対しても優しくて、とても誠実な人なの」
香織だけでなく、高坂家のみんながとても温かい人だった。
だからこそ僕は、香織と家族になることを心から楽しみにしていたのに。
もう二度と、香織と家族にはなれない……。




