羨ましい気持ち 3
まったく……有名人相手に何を言っているのか。
週刊誌に追われていて、行動が制限されている愛花さんの苦労を、ついさっき香菜子さんと話していたのに……。
不謹慎なことを言っている自分が本当に情けない。
これでは誹謗中傷している人たちと一緒じゃないか。
自己嫌悪に陥っていると、
「野上くん。 と、香菜子さん?」
声がした方を見ると、両手に大きい紙袋を持ち、目を見開いた月岡さんがそこに立っていた。
「……」
僕の顔を見た瞬間、月岡さんはすべてを察したのか……。
「香菜子さん。 結翔くん、ミルクかオムツかもしれないし、一旦、別室に行ったらどうかな?」
月岡さんの言葉が、凍りついていた館内を溶かしていくようだった。
香菜子さんは「そうですね。 ちょっと失礼します」と言い残し、フロアから静かに去っていく。
「顔に『助けて』って書いてあったから、何かあったんだなと思ったよ」
僕の背中をさすりながら、優しく微笑んでくれた月岡さん。
「助かりました……ありがとうございます」
月岡さんは7月上旬に学校の修学旅行を控えていて、しばらく図書館でお会いできないことは知っていた。
しかし、3週間ぶりに月岡さんを見て、途轍もなく安堵している自分がいる。
また涙腺が崩壊しそうだった。
「そうだ。 京都で買った生八つ橋、良かったら食べない?」
袋を僕に見せて、ニッコリと笑う月岡さん。
そんな姿に拍子抜けして、僕も思わず笑ってしまった。
「はい、いただきます」
幸い、再び涙が流れてくることはなかった。
コーヒーを淹れようと、月岡さんは向こうへ行き、
「コーヒーと八つ橋って合うかな? 何も考えないで沢山買ってきちゃったけど」
「そんなに沢山買ったんですか?」
「うん、えっとね……」
月岡さんは小走りで机に行き、袋からお土産を出してくれたが……。
見たことないくらい、色とりどりの生八ツ橋が出てきた。
「左から桃、ラムネ、チョコバナナ、マンゴー、黒ゴマ」
「これ全部八つ橋ですか? こんなに種類あったの知りませんでした。 定番の味は……」
「あ、ニッキもあるよ」
最後に出てきた生八つ橋、ニッキ。
しかし、それ以外の味に目が入ってしまう。
「マンゴーは初めて見ました」
「お目が高いね。 マンゴー味は僕の一押し」
ドヤ顔で返事をしてくれた。
「でも、こうして並べるとちょっと買い過ぎてしまったな。 生徒が横にいると、一緒になってつい買っちゃったんだ」
笑いながらコーヒーを淹れに戻った月岡さん。
「引率なのに、結果楽しんできたってことじゃないですか」
「そう。 僕の悪いところ。 生徒と同じレベルではしゃいじゃうんだよね」
月岡さんはそう言っているが……ノリの良い先生は、生徒に好かれるのではないかと思う。
それはそれで微笑ましい。
「で、決まって美佳子さんに怒られるの」
聞き慣れた女性の名前が出てきた。
「『貴方は生徒に寄り添える先生だけど、時々危なっかしいから、先生としての立場をわきまえなさい』って」
奥さんに叱られたエピソードなのに、月岡さんは嬉しそうに話している。
手早くコーヒーを淹れた後、月岡さんはマンゴー味の生八つ橋を開けてくれた。
「野上くん、今更だけど、アレルギーとか苦手なものとか大丈夫だったかな? 僕、こういうお菓子好きだから、自分の好みであれこれ買ってきちゃったけど」
開封した直後にそれを聞くなんて……月岡さんの少しズレた言動が妙に面白かった。
ちなみに月岡さんの心配事はご無用。
「はい、大丈夫です。 食べてみてもいいですか?」
「ぜひぜひ!」
美佳子さんと一緒にいる月岡さんは、少年のように無邪気だったのかもしれない。
2人のやり取りをなんとなく想像していた。
オススメされたマンゴー味の生八つ橋を恐る恐る食べてみると、
「え、美味しいです!」
「でしょ?」
『買ってきて良かった!』と満足げに言った月岡さん。
「美佳子さんは、桃が好きって言っていたんだ」
「へぇ……そうなんですね」
「……あれ、今ちょっと聞き流したでしょ?」
冷ややかな視線で見つめてくる月岡さんに、僕は強く訂正した。
「違うんです! なんか、今日は美佳子さんの話をよく聞くなと思ったので……」
思っていたことを素直に話すと、熱々のコーヒーを飲んで少し黙った月岡さん。
「京都は……美佳子さんの出身地なんだ」
「あ、そうなんですね」
僕の返事を聞くと、月岡さんは目を細めてこう続けた。
「仕事で京都に行っているのに、ふとした時に美佳子さんを思い出すんだ……しまいには会いたいなって思っちゃって」
香菜子さんとのやり取りを思い出してしまう……。
『本当に辛いのって……会いたい人に二度と会えないことですよ』
香菜子さんにぶつけた言葉が、自分の胸に刺さってくる。
「京都に行けると『やった!』ってなるんだよね。 美佳子さんに会える気がして。 そんなことないのに……変でしょ」
寂しさを感じさせる話でも、月岡さんは穏やかな笑みを浮かべていた。
「不快に思ったら、ごめんね」
どこまでも優しい月岡さんが、悲しみを抱える僕をそっと拾ってくれる。
「いいえ。 前にも言ったじゃないですか。 奥さんとの話、聞かせてほしいって」
「そうだったね」とはにかみ、コーヒーを飲む月岡さん。
「会いたいって思って、当然だよね」
僕と香菜子さんのやり取りを陰で聞いていたのかもしれない……月岡さんの言葉を聞いてそう悟った。
奥さんが言っていた『生徒に寄り添える先生』
何気ないエピソードから出た一言だけど……。
月岡さんに対する奥さんの温かい愛情が感じられて、とても素敵だなと思った。




