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今宵、図書館で逢いましょう。  作者: さきみやめぐ
第四夜

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羨ましい気持ち 2

 一部は愛花さんを擁護する人もいるが、熱愛報道に触れたコメントがあまりに多すぎる。

それに、三木愛花への非難にとどまらず、顔すら知らない相手の男性まで叩かれていた。


「これはひどい……」


僕は普段SNSを使っておらず、アンチコメントを目にするのはこれが初めて。

事態は深刻だった。


「真実は分かりませんが、記事のお相手のことがもし本当だとしたら……お相手も心を痛めているかもしれません」

「……そうですね」


席を立ち、愛花さんを悩ます週刊誌を手に取る。

先週と同じように、愛花さんを写した紙面を広げた。


写真を見ると、愛花さんに関係するその相手の姿が……。

写真を撮られたこの瞬間、愛花さんを知るこの人は何を思ったのだろう。


この人はカメラにまったく気づいていない様子。

少し猫背で、寂し気な背中をしている。

愛花さんとこの人は、大切に想い合う仲なのか。


一連の報道とは無関係な僕……しかし、なぜか心が苦しかった。


「人それぞれ考えや感情があるのは仕方ないと思います。 とはいえ、憶測で誰かを傷つけることは間違っています」


愛花さんの素性を知っている香菜子さんだからこその意見だ。

香菜子さんの静かな怒りに、僕も共感した。


「自分はともかく、大事な人が傷ついていたらと思うと……黙っていられないです。 誠司さんもそう思いませんか?」

「僕も、そう思います」


突如問いかけてきた香菜子さん。

一瞬、言葉を詰まらせた僕。

もちろん僕にとって大事な人は香織だが……僕のモヤモヤをよそに、香菜子さんは話し続けた。


「私の場合はこの子なんですけど…… 」

「この子……?」


香菜子さんの言葉で疑問が芽生えた。


「その赤ちゃんって、香菜子さんのお子さん?」

「はい、私の息子です。 え、何だと思ったのですか?」


香菜子さんの実年齢は知らないが、子持ちとは思えないほど若く見える……。

どうしよう、どう返すべきか。


『てっきり、どなたかの子供を一時的に預かっていると思っていました』


と言ったところで、何のフォローになるのだろうか。

返しに迷っていると、僕をじっと見つめる香菜子さんの視線に耐えられず、


「あぁ、本当にすみません!」


僕の慌てふためく姿とは対照的に、いつもの涼しい顔で香菜子さんは僕をなだめる。


「無理もないです。 私の見た目では子持ちに見えませんし、結婚指輪だってしていません。 誠司さんが色々と思うことも理解できます」


香菜子さんに言われて手元を見ると、左手薬指に指輪は無かった。

というより、指輪のことはあまり気にしていなかったのが本音。


それよりも、僕が香菜子さんに謝るオチが恒例になっていないか?

そう思うと消え去りたいほど恥ずかしく感じた。


「いや、本当にすみません!」

「そんな毎回のように謝らないでください!」


僕の謝罪と香菜子さんの慰めがヒートアップしていると、赤ちゃんが起きてしまった。


「あら、起きたかな?」

「……でも、寝起き良いですね。 全然ぐずらない」


花音ちゃんが赤ちゃんだった頃は……。

自分の存在を知らせるかのように、泣きながら起きる姿がとにかく印象的だった。


普段は勿論可愛いが、泣くときは怪獣顔負けだった。

ちなみに「怪獣」と表現していたのは香織だ。


「あまりにも泣かなさすぎて、オムツやミルクのタイミングが分かりにくいんですけどね」


血色の良い薄い唇は、香菜子さんによく似ていて……。

日本人離れしたような瞳の色と髪の色……?

目が合うと、赤ちゃんはにっこり笑ってくれた。


「あの、抱っこしてみてもいいですか?」

「はい、ぜひ!」


香菜子さんは快く僕に預けてくれた。

久々の感覚で、不器用な手つきで赤ちゃんをこちらに迎え入れる。


「ひゃあ、ミルクの匂いがする……間近で見ると本当にかわいい……名前は何て言うんですか?」

「結翔って言います。 『結ぶ』に羽が付く字の『翔』と書いて結翔です」


ハーフかクォーターの赤ちゃんかと思ったが、しっかり漢字で書くお名前だった。


「『結ぶ』に『翔』で結翔くん。 とても素敵なお名前ですね」

「ありがとうございます」


結翔くんの名前を褒められた香菜子さんは、自分のことのように喜んでいた。


以前、遼くんとのやり取りで聞いた「結翔くん」の名前。

香菜子さんの恋人とか男性の姿を思い浮かべていたが、恥ずかしい勘違いは心にしまっておこうと決めた。


「お、笑った。 自分の名前が分かるんだね」

「良かったね、結翔。 お兄ちゃんに抱っこしてもらえて」


ご機嫌な結翔くんの表情よりも、母の眼差しを向ける香菜子さんの表情に見入ってしまった。


もし子供がいたら、香織もこんな顔するのかな。

なんて思っていたら、


「誠司さん?」


香菜子さんの一声でハッと気がつく。


「あれ……」


頬を触ると涙が零れていた。

突然のことに自分でもびっくり。


香菜子さんはカウンターに置いてある箱ティッシュを急いで持ってきてくれた。

でも、どうして。


「全然止まらない……すみません」


誤魔化すように笑ってみても、涙は止まろうとしてくれなかった。


僕を慰めてくれるかのように、結翔くんの体温は温かくて……。

僕の洋服を小さい手で握っていた。


隣にいる香菜子さんは僕を心配そうに見つめる。

結翔くんを香菜子さんの元へ戻し、流れる涙を止めることに意識した。


泣き顔を見られたくないと思い、雑誌コーナーの方へ体を向ける。


そういえば、香菜子さんに話していなかった。

僕の身に起こった、少し前の悲しい出来事。


「あの、何というか……時間差で愛花さんのことがこみ上げてきちゃって……」

「誠司さん? それは一体……」


「ハァー」っと深く息を吐き、


「大事な人が傷つくの、僕も耐えられないです。 でも、本当に辛いのって……会いたい人に二度と会えないことですよ」

「え?」


背中を向けていた僕は、このときの香菜子さんがどんな表情をしているか分からなかった。


「ちょっと羨ましいな、愛花さん……もし彼のことが好きなら、会おうと思えば会えるのに……」


僕はどんなに願っても、1番会いたい人に決して会えないから……。

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