羨ましい気持ち 2
一部は愛花さんを擁護する人もいるが、熱愛報道に触れたコメントがあまりに多すぎる。
それに、三木愛花への非難にとどまらず、顔すら知らない相手の男性まで叩かれていた。
「これはひどい……」
僕は普段SNSを使っておらず、アンチコメントを目にするのはこれが初めて。
事態は深刻だった。
「真実は分かりませんが、記事のお相手のことがもし本当だとしたら……お相手も心を痛めているかもしれません」
「……そうですね」
席を立ち、愛花さんを悩ます週刊誌を手に取る。
先週と同じように、愛花さんを写した紙面を広げた。
写真を見ると、愛花さんに関係するその相手の姿が……。
写真を撮られたこの瞬間、愛花さんを知るこの人は何を思ったのだろう。
この人はカメラにまったく気づいていない様子。
少し猫背で、寂し気な背中をしている。
愛花さんとこの人は、大切に想い合う仲なのか。
一連の報道とは無関係な僕……しかし、なぜか心が苦しかった。
「人それぞれ考えや感情があるのは仕方ないと思います。 とはいえ、憶測で誰かを傷つけることは間違っています」
愛花さんの素性を知っている香菜子さんだからこその意見だ。
香菜子さんの静かな怒りに、僕も共感した。
「自分はともかく、大事な人が傷ついていたらと思うと……黙っていられないです。 誠司さんもそう思いませんか?」
「僕も、そう思います」
突如問いかけてきた香菜子さん。
一瞬、言葉を詰まらせた僕。
もちろん僕にとって大事な人は香織だが……僕のモヤモヤをよそに、香菜子さんは話し続けた。
「私の場合はこの子なんですけど…… 」
「この子……?」
香菜子さんの言葉で疑問が芽生えた。
「その赤ちゃんって、香菜子さんのお子さん?」
「はい、私の息子です。 え、何だと思ったのですか?」
香菜子さんの実年齢は知らないが、子持ちとは思えないほど若く見える……。
どうしよう、どう返すべきか。
『てっきり、どなたかの子供を一時的に預かっていると思っていました』
と言ったところで、何のフォローになるのだろうか。
返しに迷っていると、僕をじっと見つめる香菜子さんの視線に耐えられず、
「あぁ、本当にすみません!」
僕の慌てふためく姿とは対照的に、いつもの涼しい顔で香菜子さんは僕をなだめる。
「無理もないです。 私の見た目では子持ちに見えませんし、結婚指輪だってしていません。 誠司さんが色々と思うことも理解できます」
香菜子さんに言われて手元を見ると、左手薬指に指輪は無かった。
というより、指輪のことはあまり気にしていなかったのが本音。
それよりも、僕が香菜子さんに謝るオチが恒例になっていないか?
そう思うと消え去りたいほど恥ずかしく感じた。
「いや、本当にすみません!」
「そんな毎回のように謝らないでください!」
僕の謝罪と香菜子さんの慰めがヒートアップしていると、赤ちゃんが起きてしまった。
「あら、起きたかな?」
「……でも、寝起き良いですね。 全然ぐずらない」
花音ちゃんが赤ちゃんだった頃は……。
自分の存在を知らせるかのように、泣きながら起きる姿がとにかく印象的だった。
普段は勿論可愛いが、泣くときは怪獣顔負けだった。
ちなみに「怪獣」と表現していたのは香織だ。
「あまりにも泣かなさすぎて、オムツやミルクのタイミングが分かりにくいんですけどね」
血色の良い薄い唇は、香菜子さんによく似ていて……。
日本人離れしたような瞳の色と髪の色……?
目が合うと、赤ちゃんはにっこり笑ってくれた。
「あの、抱っこしてみてもいいですか?」
「はい、ぜひ!」
香菜子さんは快く僕に預けてくれた。
久々の感覚で、不器用な手つきで赤ちゃんをこちらに迎え入れる。
「ひゃあ、ミルクの匂いがする……間近で見ると本当にかわいい……名前は何て言うんですか?」
「結翔って言います。 『結ぶ』に羽が付く字の『翔』と書いて結翔です」
ハーフかクォーターの赤ちゃんかと思ったが、しっかり漢字で書くお名前だった。
「『結ぶ』に『翔』で結翔くん。 とても素敵なお名前ですね」
「ありがとうございます」
結翔くんの名前を褒められた香菜子さんは、自分のことのように喜んでいた。
以前、遼くんとのやり取りで聞いた「結翔くん」の名前。
香菜子さんの恋人とか男性の姿を思い浮かべていたが、恥ずかしい勘違いは心にしまっておこうと決めた。
「お、笑った。 自分の名前が分かるんだね」
「良かったね、結翔。 お兄ちゃんに抱っこしてもらえて」
ご機嫌な結翔くんの表情よりも、母の眼差しを向ける香菜子さんの表情に見入ってしまった。
もし子供がいたら、香織もこんな顔するのかな。
なんて思っていたら、
「誠司さん?」
香菜子さんの一声でハッと気がつく。
「あれ……」
頬を触ると涙が零れていた。
突然のことに自分でもびっくり。
香菜子さんはカウンターに置いてある箱ティッシュを急いで持ってきてくれた。
でも、どうして。
「全然止まらない……すみません」
誤魔化すように笑ってみても、涙は止まろうとしてくれなかった。
僕を慰めてくれるかのように、結翔くんの体温は温かくて……。
僕の洋服を小さい手で握っていた。
隣にいる香菜子さんは僕を心配そうに見つめる。
結翔くんを香菜子さんの元へ戻し、流れる涙を止めることに意識した。
泣き顔を見られたくないと思い、雑誌コーナーの方へ体を向ける。
そういえば、香菜子さんに話していなかった。
僕の身に起こった、少し前の悲しい出来事。
「あの、何というか……時間差で愛花さんのことがこみ上げてきちゃって……」
「誠司さん? それは一体……」
「ハァー」っと深く息を吐き、
「大事な人が傷つくの、僕も耐えられないです。 でも、本当に辛いのって……会いたい人に二度と会えないことですよ」
「え?」
背中を向けていた僕は、このときの香菜子さんがどんな表情をしているか分からなかった。
「ちょっと羨ましいな、愛花さん……もし彼のことが好きなら、会おうと思えば会えるのに……」
僕はどんなに願っても、1番会いたい人に決して会えないから……。




