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今宵、図書館で逢いましょう。  作者: さきみやめぐ
第四夜

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35/66

お忍び 1

 金曜日のとある夜。

僕は図書館でコーヒー以外の物を初めて手にしていた。


「……」


見ているのは週刊誌。

近頃の金曜夜は、図書館に行くことが僕の習慣になっていた。


とは言っても、図書館に通っている分際で、僕は読書が苦手。

小学生の宿題であった教科書の音読……これが特に苦手だった。


読み上げる文章と目で追っている文章が一致せず、どれだけ心が折れたことか。

授業中に名前を呼ばれ、皆の前で読み上げるのがとてつもなく嫌だった。

俗に言う活字恐怖症なのだろう。


そういう訳で、分厚い本を敢えて避け……。

最近何が起きているのかを知るためにも、カウンターのそばにあった週刊誌を選んだ。


「……」


香織のことがあってから、僕の中の時間は止まっている。

週刊誌の内容は、どれも知らないことだらけ。


話題になっている政治のこと。

今年の梅雨明けは例年より早く、夏の異常気象を予想した記事。

旬の芸能人をピックアップしたプライベート写真。


本音を言うと、僕にとっては大半がどうでもいい内容だ。

文書は熱心に追わず、大きな見出しと写真で内容を何となく見ていった。


「……」


ページを捲りながら、僕は別のことも考えていた。

それは月岡さんと会った日のこと。


片瀬以外に、香織のことで感情を思いっきり出したことは初めてだった。

月岡さんの『共感』が、孤独に晒されていた僕を救ってくれたのは確実。


しかし、時間が経つにつれて、違う部分に気を揉んでいた。

月岡さんの言葉が脳内で再生される。


『ひょっとして今も寝られていない? というか、体調あまり良くないんじゃないの?』

『一度は病院に行ってみる価値あると思うよ』

『香織さんだって今の野上くんを見たら、そんなこと望んでいないはずだよ』


「心療内科か……うーん」


小さく唸り声を発しながら、開いている雑誌に顔を突っ伏した。


僕の心中を知っている親友の片瀬。

僕と似た境遇を持つ月岡さん。

どちらも僕に対して『通院』『薬』をアドバイスしてきた。


無論、医療従事者の僕だって2人の意見に多少は支持できる。

病気の早期発見や、健康を維持するために医療機関を頼ることは必須だ。

だが、腑に落ちない思いもある。


あの時、月岡さんに話すことは、僕にとってかなりの勇気が必要だった。

それは片瀬の助言があったからできたこと。


片瀬の話を聞いて『月岡さんになら話したい、僕の話を聞いてほしい』と思えた。

では「それと同じように、僕の素性を何も知らない医者に話せますか?」となると……その気にはどうしてもなれない。


自問自答を延々とし、無常に時間だけが過ぎていく。


「……」


結局、雑誌の内容は頭に入ってこない。

雑誌を読む意味がないなと思い、気分を変えようと席を立った。

ついでにコーヒーを淹れよう。


いつもと変わらず、1回分のインスタントコーヒーの封を開ける。

ほのかにコーヒーの香りが鼻に伝わり、苦しい心をほぐしてくれるような気がした。


お湯を注ぐ音が妙に大きい。

図書館内すべてに響いているだろう。


「……」


そういえば、コーヒーが格別に美味しい理由。

何一つ知らないまま今に至る。


「……」


やはり病院に行って、僕の抱える全部のことをさらけ出して……。

言われた通りの薬を服用するのが妥当なのか。


「……あ。 そうだ」


このタイミングでスマートフォンを取り出す。

未読になっているメッセージ。


『なぁ、野上』

『俺に一言ないの?』


引っ越しの後、片瀬に毎日メッセージ縛りが早速始まっていたが……。

片瀬の口癖である『なぁ、野上』は、メッセージ上でもやるんだなと思うと、個人的に面白かった。

恐らく本人は自分の口癖を自覚してないだろう。


ニヤニヤ笑いながら「え?」っていうスタンプを送っておいた。


「……既読早くない?」


小声でツッコミを入れ、コーヒーを一口。

ほろ苦いコーヒーを飲めば全て解決するなんて……有り得ないことなのに。

どうして今夜もコーヒーを頼りにしているのか。


図書館じゃなくて、喫茶店で飲めばいい話だけど……。

「じゃあ喫茶店に行きますか?」と聞かれたら、そうではない。

香織と2人で行ったときは楽しく過ごせたが、1人で行くには落ち着かない。


前に1人で喫茶店に行ったとき、別のお客さんが隣に座ってきてしまい、ゆっくり過ごせなかったことがあった。

お金を払っても満足に過ごせないなら、真夜中の図書館で、コーヒーを飲んだほうが有意義だ。


「……」


それにしても今日は不自然なほど静か。

誰も会っていないし、加えて香菜子さんにすら会っていない。


そういえば、遼くんも先週から見ていない。

それ以前に、図書館の主である香菜子さんが不在で大丈夫なのかと不安を覚える。


僕がいる1階は勿体ないくらい明るいのに、いつもと同じく上は真っ暗。

雑誌のページを1つ捲る音も、館内に大きく反響しているようだ。

居心地良いはずなのに「長居しないほうがいいか?」とも思えてくる。


うっすらと遠くからハイヒールを鳴らす音が聞こえた。

香菜子さん、ヒール履く人だったかな。


キイィィィ


重たい扉が開く音を耳にする。

それと同時に、ハイヒールの音も僕の近くまで聞こえてきた。


現れたのは、黒いロングワンピースに大きなサングラスをかけた細身の女性。


僕がいることに不満なのだろうか。

控えめに挨拶はしてみたが、軽く会釈を返されたのみ。


なぜ、こんな夜にもサングラスをかけているのかと疑問に思ったが……。

サングラスを外した瞬間、その疑問は払拭された。


「!」


放心状態でいる僕に対し、女性は雑誌コーナーに目をやり、何かを探していた。


「えっと……」


綺麗に並んでいる雑誌たちを指で追っていく。

誰かのミュージックビデオで、こういうシーンなかったかな。


「あ!」


気がつくと、女性は僕の目の前で足を止めた。


「やっぱり。 この前のやつ撮られていた」


女性は目線を下に落としていた。


「え?」


トントンと細い指で示した先は、僕が読んでいた週刊誌。


『女優 三木愛花に熱愛報道』


たまたま広げていたページに、大きく見出しが書かれていた。

そして写真と同じ人物が僕の目の前にいる。


「はっ」


芸能人がいることに混乱していて、変な声が出てしまった。

紛れもなく本人だ。


「本当に困ったものね」


その人はドラマの台詞のように吐き捨て、コーヒーが置いてあるテーブルに向かっていった。


甘くて吸い寄せられそうな香水が、僕の鼻をくすぐった。

後ろ姿の色っぽさから、コーヒーを注ぐ姿が絵になる。


香織には悪いが……気になって見てしまう自分がいた。


「あの、女優の三木愛花さんですよね」


冷静を装って質問しているが、脈拍はかなり乱れている。

人見知りを通り越した僕の行動だ。

こんなことは滅多に無い。


「えぇ、そうです」


一切僕を見てくれなかったが、こちらの質問にはハッキリと答えてくれた。


「いつもテレビで見ています。 子役の時から知っています! えっと、僕の知り合いも大ファンって言っていまして……」

「ありがとうございます。 無理にそう仰らなくていいんですよ。 皆さん、いつもそう言ってくださるので」


謙遜しているように聞こえるが、話し方に棘がある。

声を掛けるべきではなかった。

「人見知りのまま、息を潜めていればよかった」と後悔の波が押し寄せる。


「あ、いえ。 そんなつもりじゃ……」


淹れたコーヒーをカップで持ってきて、僕の席とは少し離れたところに腰を掛けた。


「……」


静かにゆっくりとコーヒーを飲む女優、三木愛花。

今はプライベートの時間だろう。


気になってしまうのをぐっと堪え、彼女から目線を逸らし、僕は再び週刊誌に集中しようとした。


というか……今思ったんだけど。

僕が飲んでいるコーヒーと同じやつを、あの三木愛花も今飲んでいるって凄いことではないか?

僕は丁度良い温度になったコーヒーを小刻みに飲んでいた。


「……」

「……」


目の前の週刊誌が、さっき以上にどうでもよく思えてしまった。

後ろにまだあったページを無作為にめくり、読んでいる風を装うが……。

どうしても気になってしまったので、体は動かさず、目線だけ彼女がいる方向にちらりと動かした。

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