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今宵、図書館で逢いましょう。  作者: さきみやめぐ
第三夜

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月岡エピソード 先生に恋したあの日 2

思考が一瞬だけ停止してしまったので、とりあえず先生の言葉を口にしてみる。


「離婚協議?」

「うん。 少し前に離婚したの」


すんなり答えた先生。


「ていうか、結婚していたんだ、先生」


何故だか僕のほうがダメージを受けていた。

まるで、第一ラウンドで一撃食らって負けた気分のよう。


「これだけ生きていたら結婚もするし、離婚だってあり得る。 子供がいなかったから、そこまで面倒ではなかったからまだマシよ……」


最後の言葉は、流石の先生も苦し紛れに言っていた。


「そっか。 色々と苦労されたんですね……」

「ふふっ、なんか私が知っている月岡じゃなくて変な感じだな。 もっとこう『先生、離婚とかやばくね?』って弄ってくるかと思ったけど、キャラ変わったの?」


先生は運転席にいる僕の方に顔を向け、手で口元を添えて笑みを浮かべていた。


「ち、違いますよ、そんな……」


言葉を続けたかったが、信号が青に変わってしまった。

ブレーキを離し、車をゆっくり前進させる。


「まぁ、私は大丈夫よ。 今日は月岡に会えたお陰かな、倦怠感はほとんど無いよ。 病は気からって間違ってないわね!」


左に曲がったタイミングで、先生の横顔を見た。

車から外の様子を見つめ、凛とした姿が妙に綺麗だった。


体調が悪くて、つい最近は離婚をした先生。

何か励ましたいのに、どんな言葉がいいのか……。


「あ。 そこの細道入る手前、コンビニあるでしょう。 そこで降ろしてもらえたら丁度いいかな」


もうすぐ2人だけの時間が終わろうとしていた。

僕は先生の言った通り、コンビニの駐車場に入る。


「ここから近いんですか?」

「うん。 歩いてすぐだから平気よ。 ちょうどコンビニで買い物したかったし」


急激な寂しさなのか。

いつもと違った何かが、僕の心に引っかかってきた。


「今日は本当にありがとう。 久々に会えて嬉しかった。 これからも頑張るんだよ!」


満面の笑みで、先生は僕の肩に手をそっと包むように触れた。

コクリと頷きながら「はい」と言った僕だが、


「やめてよ、その寂しそうな顔。 卒業式と同じ顔している」


僕の表情が面白かったのか、先生は吹き出していた。


「卒業式の僕って……どんな感じでした? あんまり覚えていなくて」


高校の卒業式から10年以上が経つ。

証書を受け取ったくらいしか覚えていない。

先生は懐かしむように話し始めた。


「最後のホームルームが終わったとき、私のところに月岡が来てくれたの。 まだ国立大学の合否が出てなかったせいか、あまりいい表情じゃなかったの。 今みたいにね」


確かに僕は国立大を志望していた。

友達は私立大への入学が決まっていて、僕は焦りや不安を感じていたのだろう。


「私がね、少しでも笑わせようと思って『そんな顔していないで、制服の第二ボタンを好きな子に渡すとか、最後の高校生活を楽しく締めくくりなさい』って冗談言ったの。 そしたら月岡が『じゃぁ、先生が貰ってください』って言ったのよ。 覚えてないか」


目を大きく見開いて、頭を抱えた。

そんなことがあったのか。

というか、そんなことを自らしたのかと思うと、顔から火が出るほど恥ずかしかった。


「で、本当にくれたの。 冗談のつもりで言った私がそれを貰ったの」


カバンを広げ、中からペンケースが出てきた。

見覚えのある赤い合皮の小ぶりなペンケースだ。

チャックを開けると、小さいポケットから古びたボタンが出てきた。


「ほらね。 華衣高校の校章でしょ」


人差し指と親指で優しく包み、僕に見せてきた。

そして先生は僕の手首をゆっくり動かし、手のひらにボタンを置き……。


「結果、第一志望の国立大学に実力で受かったのでしょう。 貰ったボタンは、私の筆箱にずっと大事に入れていたわ」


穏やかな口調で、先生は僕に感謝するように言ってくれた。


「これからは、貴方が持っていなさい」


手のひらに置いたボタンを握らせるように、僕の手の上から先生は両手で包んでくれた。

先生は「じゃあ、気を付けて帰ってね」と、最後まで笑ってドアに手を掛ける。


「先生待って!」


助手席から出ようとした先生を引きとめた。

先生は体ごと振り返り、首を傾げてこちらを見る。


「今日が最後とか無しにしてほしいんだけど……」

「え?」

「先生は僕のこと教え子の1人かもだけど……ほら、今じゃ先生としては先輩後輩だし、相談とか乗ってほしいし!」


次もまた先生に会いたい。

その一心で、どうにか理由を並べてみたが……。

先生はちょっと困った顔をしていて、何なら面倒くさそうな感じでもあった。


でも、こんなことはこれから先無いと思ったから。

今、この瞬間を逃してはいけないという直感があった。


こうして先生は僕の圧に負けて、連絡先を交換し、次も会うことを約束してくれた。


***


 その後、先生はステージ2の乳がんという診断結果が出た。


僕と他愛のない会話をしていた最中、いきなりその話を告げてきたのだった。

しかも、先生はケロッとした様子で。


今思うと、僕と久々に再会した日の時点で、先生は『自分は病気を患っているのかも』と察していたのかもしれない。

仮にそうだとしたら、何故あの時、先生にもっと寄り添えなかったのだろうと……。

時々思い出しては、強く自分を責めてしまう。


ただ、第二ボタンのくだりを思い出すと、先生のことを意識していなかったはずの高校生の僕は、実は恋心を寄せていたのだろうか。

もしくはあの時、先生のふざけた冗談にイラついて、咄嗟にやったことなのか。

大人になった僕には、当時の真相が思い出せなかった。


それでも先生の記憶の中に、自分が第二ボタンを渡したことが大きく関わっていたとすれば……18歳の自分を褒めてあげたいと思ってしまう。

よくやった、高校3年生の僕。


 病気のことを聞いても、僕の心は何ら変わりなかった。

だって、病気になったからって、先生が先生じゃなくなるってことはないでしょう?


病院での再会から3回目の時、病気のことを聞かされたと思う。

先生と毎回会うたびに、懐かしさと恋しさが増していた矢先だった。


先生は辛いことを隠し通そうとする癖が昔からあって。

当時も笑いながら「乳がんだって!」と言ってきた先生。

でも、そんな先生を見て決心した。


『この人とずっと一緒にいよう。これから先、何があっても』


野上くんが言っていた『彼女の良いところもそうじゃないところも、全部好きだ』という話は、本当にその通りだと僕も思う。


でも、この時の僕は甘かったな。

初期段階と聞いていたので、治るだろうと過信していた。

当時の先生は38。

回復も早ければ、がんの再発や転移もあり、8年の月日が経った。


 亡くなる少し前の会話が、今でも忘れられない。


『私を好きになってくれてありがとう』

『貴方のお陰で、ここまで生きられた』

『最期にこうして自分を愛してくれる人に見守られて、本当に幸せなことね』

『ありがとう。 愛しているわ』


先生。

いや、美佳子さん。

僕も貴方の傍にいられて幸せでした。


もし僕らが出会った高校で、僕が高校生として戻ったら、真っ先に「好き」と伝えてもいいでしょうか。

きっと先生は即行で断るだろうけど。

それでも貴方に恋してもいいでしょうか。


いつかこの先、もっと先になるかもしれない。

僕が貴方のところに逝く日が来たら……。

また僕を叱ってくれると嬉しいな。


それまで僕は、この世界で貴方を一生思い続けているからね。

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