共感してくれる人 3
しばらく2人で笑っていると、月岡さんは何かを思い出した素振りを見せる。
「ところで野上くん。 ぶり返す形になってしまうけど……」
「?」
話題の転換をしたと思いきや、浮かない顔をした月岡さんは僕に尋ねてきた。
「前回会ったときも気になっていたけど、目の下のクマが気になるし、顔色も優れない……」
「あっ……」
そう言われた僕は、確かめるように両手で目元や頬を触る。
「ひょっとして今も寝られていない? というか、体調あまり良くないんじゃないの?」
僕の顔をじっくり見ながら、月岡さんは心配そうに声をかけてきた。
「今日は大丈夫なんですけど……毎晩、お酒を飲んでいるんです」
僕の答えを聞いて「そうだよね、そうなってしまうよね」と頷く月岡さん。
「僕もね、お酒に頼っていた時期があったの。 そしたら急性アルコール中毒になって救急車に運ばれたんだ」
「そんな……」
経験者が語ると、現実味があって恐ろしく感じる。
片瀬の忠告は、間違いではなかった。
「だから、僕の過去と同じように、野上くんも体を壊さないでほしいんだ。 気持ちは痛いほど分かるけど、体は自分で壊しにいってはいけないよ」
月岡さんの言葉が身に染みる。
そして、片瀬に言われた言葉と重なっていく。
『自分で自分を壊しにいく』
過去の月岡さんがそうであって……。
今の僕がその状況に陥ろうとしていた。
「病院に運ばれた後、白い天井に殺風景な病室を見てさ……ずっと美佳子さんはこの光景を見ていたんだと思ったら、やりきれない気持ちになって。 そう思ったら、僕が入院してまで、病院で世話になってはいけないなと思ったの。 美佳子さんはなりたくて病気になったわけじゃないのに、僕は自分から健康を疎かにした……こんなの美佳子さんは望んでいないよなって気づいたんだ」
月岡さんの体験談を、僕と香織で置き換えてみた。
お酒と不規則な生活で体を壊していく僕を見て、香織はどう思うのか。
「……っ」
頭の中に浮かんだのは、涙をボロボロに流して、大きい目で僕に訴える香織の姿だった。
言葉にせずとも「お願い誠司、そんなことしないで」と言われているようだ……。
「診察で話を聞いてもらったら、心療内科を勧められたんだ。 僕も知らなかったけど、病院によっては家族ケア外来とかあるみたい」
「心療内科ですか?」
医療に携わる仕事をしている身としては、そういったことをよく耳にする。
「実際に行ってみたら言われたんだ。 『外来に来るのは女の人のほうが多いって。 男は話すのが苦手で、貴方みたいにお酒に手をつける人が大半だ』ってさ」
僕もその統計の中の1人だ。
しっかり該当していることに背筋が凍りつく。
「あくまで僕の経験だから、参考程度に聞いてもらえればさ。 でももし、どうにかしたいと思うなら、一度は病院に行ってみる価値あると思うよ」
横にいた僕に、優しく肩に手を添えてくれた月岡さん。
「僕じゃ説得力無いけど……もしここに美佳子さんが居たら、こっぴどく野上くんに言うんだろうな」
「え!」
もしもの話に目を見開いた。
「仮に生きていたら、もう50くらいでしょ。 病気にならなければ、あの美佳子さんなら、学年主任になってそうだな……いや、下手したら教頭までいっているかも。 そんな先生だったら、言ったことには耳を傾けないとなって思うでしょ?」
にっこりと笑う月岡さんを見て、美佳子さんは深く愛されていたんだろうなと感じた。
先生として、人として、奥さんとして、女として。
「確かに。 そんな先生……というか、そんな奥さんだったら最強ですよ。 もはや尻に敷かれますね」
僕の言葉に「そう! 尻に敷かれてたよ!」と人差し指を出して大きく笑っていた。
月岡さんは「教職を取ったら面白かった」といって教師の道を選んだと言っていたが……。
美佳子さんの姿を見ていたからこそ、先生になろうと決心したのではないかとも思えてくる。
「とにかく、自分から体を壊しにいくことには注意して。 美佳子さんを挙げたけど、香織さんだって今の野上くんを見たら、そんなこと望んでいないはずだよ」
そう言い切ると、月岡さんは口角をキュッと上げて柔らかい笑みをした。
「はい。 ありがとうございます」
月岡さんの話が僕の体に浸透するように、受け入れるのだった。
どこまで自分が変わるかは未知数だが……自分のため、片瀬のためにも。
そして、香織のために……。
とは思いながらも、ほんの少しだけ。
煮え切れない深い悲しみが、完全に剥がれ落ちる気配が今のところなさそうだった。
曇った表情を月岡さんには見せまいと、穏やかな笑みを作ってみせた。
僕はいつか香織が居なくても、心から笑える日が来るのだろうか……。
そんなことを頭の中で問いかけてきた。




