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今宵、図書館で逢いましょう。  作者: さきみやめぐ
第三夜

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 月岡さんが淹れてくれたコーヒーは、とっくに冷めていた。

それなりに時間が経っていたんだなと思いながら、温くなったコーヒーを黙って飲む。


「ごめんね野上くん。 君の話を聞いていたのに、結局僕がこうなっちゃって……」


涙で重くなりそうなくらい顔をハンカチで拭い、月岡さんはそう謝ってきた。


「いいえ。 僕のほうこそ辛い話を聞かせてしまってすみませんでした……」


落ち着きを取り戻したが、自分の行動はやり過ぎてしまったかなと反省する。


「思い出したんだ……香織さんの話を聞いて……彼女を失ったあの頃の自分と重なっていて……」


奥さんと死別した当時のこと。

きっと、月岡さんもどうにもできない悲痛な思いをしただろう。


「でもね、嬉しかった。 野上くんが『僕に話したい』って言われたことが……自分を必要としてくれるって、本当にありがたいことだから」


目を腫らしながらも、笑いながら僕に言いかけてくれた。


「それと、これは僕の自己解釈だけど……この世にいない彼女のことを思い続けていいのかなって。 野上くんの話を聞いていて思ったんだ」


言葉の意味を聞こうと、体が月岡さんの方向へと自然に向いた。


「周りからはさ『気持ちを切り替えて前に進みなよ』とか思われたり、声にしてそう言ったりする人もいるし……励ましのつもりでも、聞き方によっては傷つくよね。 ニュアンスを変えたら『奥さんを忘れて再婚でもしなよ』ってなるから」


人から励まされることは、必ずしも救いになるとは限らない。

相手の心情によっては、傷ついたり、心を閉ざしたりしてしまう。

月岡さんの表情はとても苦しそうだった。


「野上くんも今の言葉、聞いて胸が痛かったと思うけど……」

「……はい、ちょっと心臓抉られますね……」


聞いていた僕も同じく苦しい。


「彼女のお義母さんに言われたときはショックだったけれど、考えを改めるべきか迷ったんだ。 僕の友達からも、似たような言葉をかけられたから。 でも、野上くんの話を聞いたら、自分の中でグッとくるものがあって……」

「月岡さん……」


自分のこと、香織のことを話す行動は、とても苦しくて辛いこと。

だが、確信した。

月岡さんに話して、本当に良かったんだ。


「美佳子さんをずっと思い続けようって決めたんだ……そうしたらホッとして……涙が止まらなくなっちゃった」


奥さんの名前を口に出した瞬間、ポロっと涙がこぼれる月岡さん。


「美佳子さんって、月岡さんの奥さんですか?」

「そう……呼び捨てでもいいんだけど、先生だからな……」


涙を拭きながら月岡さんは言っているが、気になって仕方なかった。


「先生? あの、どういう関係?」

「気になる? 僕の話」


困った顔をしながらも、月岡さんは満更でもない様子。


「そりゃ気になりますよ」


少し間が空き、ぼそぼそと僕に、


「じゃあ、出会いから話そうか? また辛くなったりしない?」


僕のことを心配してなのか、確認を取ってくれたのだ。


「そのときは……泣きます」


真っ直ぐな解答に、月岡さんは笑っていた。


「でも聞かせてください。 奥さんとの馴れ初め。 奥さんのこと……好きなんですよね?」


僕の問いかけに、今にも泣きそうな顔をしたが、大きく頷いてくれた。

一瞬、質問を「奥さんのこと、忘れられないのでしょう?」と言いかけそうになった。

でも、そうではない。

忘れられないから好きなのではなく、好きだから忘れられない。

僕も月岡さんの姿から、深く考えさせられることがあった。


「とりあえずコーヒーを淹れ直そうか。 ずっとぬるくて気にならない?」


僕の賛同を特に待たず、そそくさとカップ2つ持って、席を立った月岡さん。


「でも月岡さん、もう3杯目なんじゃ……」

「大丈夫。 僕はカフェイン中毒者だから」


背中を僕に向けながら、小さいバケツに残したコーヒーを流していた。


「じゃぁ、奥さんとの出会ったきっかけ、早速教えてください」


有無を言わさず、解答権を月岡さんに回した。


「……僕が高校生のとき、美佳子さんは通っていた高校の先生だったの」

「え! それって禁断の関係じゃないですか!」


人様の恋模様にテンションが謎に上がってきた。


「やめてよ! 流石に高校でそんな関係にはなってないって! それに『好きです』みたいな告白も全然しなかったよ! 他の生徒よりも『自分を贔屓してほしいなぁ』ぐらいの気持ちだったのさ!」


こちらを振り返っては、血色よく頬が染まっていた。

さっきまで、号泣していたとは思えないくらいの声色で。

照れ笑いする月岡さんを見ながら、僕はニヤニヤしながら話を聞いていた。


「僕が1年生のときに、化学の教科担当になって、2年生からは理系クラスに進んだけど、廊下ですれ違うぐらいで接点があまり無かったかな。 3年生のとき、クラスの副担任だったから、必然的に絡む機会が増えたって感じ」


僕の方を見て話す月岡さんが、高校生に戻ったのかっていうくらい、高揚した様子だった。


「今でも鮮明に覚えているよ。 白衣姿で教室入ってくる瞬間がね、綺麗だったんだ。 あと、自分のノートを覗きながら一生懸命、黒板に字を書く姿も可愛かった。 彼女、両利きだから、どっちの手でも黒板に字が書けるのね。 『今日は左で書くんだ!』って思いながら板書してたよ」


懐かしい記憶が浮かび、月岡さんは肩をすくめて笑っていた。

僕も「青春ですね!」と月岡さんに釣られて笑顔になる。


「じゃあ、卒業式は先生に告白とか……?」


僕が問いかけると、声を出さずに首を振る月岡さん。

淹れたコーヒーを両手に持って、再び僕の近くに戻ってきた。


「不思議なものでね、卒業式当日に美佳子さんと……先生とどんなやりとりしたか、あまり覚えていないんだよね……」


怪訝そうな顔でコーヒーを控えめに飲みながら、月岡さんは呟いていた。


「そうでしたか……でも、分かります。 肝心なこととか、思い出したいことって、案外あまり覚えていませんよね」


僕もたくさん香織との思い出はあるはずなのに、モノによっては断片的なところしか覚えていないこともある。

もしかすると、細かいことは忘れてしまっているかもしれない。

そう思うと、やっぱり悲しく感じてしまう。


「それに僕、今の年を考えたら20年以上も前の話だよ? 僕からしたら大昔だから!」


僕の嘆きとは反対に、月岡さんは自虐的に笑っていたのだった。


「月岡さんが当時18歳だとしたら、奥さんって大体今の僕くらいですか?」

「そうだね。 高校生からしたら、いいお姉さんだよね。 学生の時は、恋愛対象というより美佳子さんのファンに近い感じかな。 だから、美佳子さんのことを本気だと分かったのは卒業して大分経って……久々に再会したときだね」


そう言った月岡さんはやはりどこか悲しい顔をしていた。

切り返すように、僕は話の続きを尋ねた。


「いつ頃に会えたんですか?」

「僕が教師になって数年経ったくらいかな。 僕が28とかで、美佳子さんは38だった気がする」


一瞬、2人の年の差に驚いたが、前に月岡さんと会ったときに、奥さんとは10歳違うと言っていたことをふと思い出した。


「本当に偶然だよ。 美佳子さんは年齢の割に昔と変わらなかったかな。 強いて言えば、ちょっと痩せてたかなってくらい」


痩せていた理由は、その時からすでに病気を患っていたのだろうと感じ取った。


「月岡さん、学校の先生だったんですね」


香菜子さんたちの会話で、月岡さんが学校に関連する仕事をしていると薄々感じていたが、ここで「学校の先生」だと確信に変わった。


「あぁそうそう。 なるつもりなかったんだけど、教職取ろうとしたら意外と面白くてさ。 気がつけば数学専攻で、部活に熱心な先生になっていたよ」

「おぉ……月岡先生……」


「カフェイン中毒者」だと言っていたのは、職員室でよく飲むからだと何となく思い付いた。

イメージを膨らませようと、黙って月岡さんを見つめたが「やめてよ! 何想像しているの?」と笑い交じりに先生っぽく一喝された。


「よく『運命の人はビビビッって来る』って言われるけど、それまで全然分からなかったの。 でもね、美佳子さんに再会したときは、なんかこう目が離せなかったの。 変だよね、高校生の僕にはそんな恋心を微塵もなかったのに」


腕を組み、目を瞑って月岡さんはそう言った。

心なしか、学生時代の自分に嘆いているようにも見えた。


「高校生の時よりも成長したんですよ。 大人の魅力に気づいたとか」

「野上くん。 なんだかその表現は……ちょっと違うでしょうよ?」


僕が少しふざけて言ったことで、月岡さんは顔を真っ赤にしていた。


「野上くんこそ。 香織さんと出会ったとき、何か感じなかった?」


丁寧に答え続けてきた月岡さんは、仕返しとばかりに解答権を回してきた。


「あった……ですね……」


図書館で香織と初めて会ったあの日を思い出していた。


「ん、どうした? その微妙な間は何だい?」


月岡さんは僕に顔を近づけ、大げさに様子を伺ってきた。

月岡さんが教師として、仕事をしていると思うと、先週初めて会った時の印象や、僕への接し方など納得できる。

きっと、良い先生なんだろうなと思えた。

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