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今宵、図書館で逢いましょう。  作者: さきみやめぐ
第三夜

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共感してくれる人 1

 それからして、再び金曜日の夜がやってきた。

先週の金曜日と比べると、足取りはまるで違う。

この前できなかったことを、今夜こそちゃんとしようと思った。


片瀬ともちゃんと話せて、見送りもできた。

逃げてばかりだったけど、こんな僕に寄り添ってくれた人がいた。


そう思うと、月岡さんの存在は今の僕に必要なのかもしれない。


『ごめんな……野上の気持ちに寄り添えた、気の利いたことが言えなくて』

『俺には軽々しくそんなこと言えないよ……』


片瀬の言葉が、脳裏に焼き付いている。

最愛の人を失った悲しみを経験したことがないから……そう簡単に共感なんてできない。

片瀬の言葉を自分で噛み砕いてみると、途端に胸が苦しくなる。


「……」


深く息を吐き、図書館へ続く短い上り坂に足を踏み入れた。

もしかしたら今日も会えないかもしれない。

いつものネガティブ発想が頭によぎったが、この日は見事に裏切ってくれた。


「月岡さん……」


中に入ると、すでに月岡さんは来ていた。

僕の顔を見た瞬間、椅子から素早く立ち上がり、かなり申し訳なさそうな表情を浮かべる。

前回のような真っ黒なスーツ姿ではなく、半袖シャツに、明るいグレーのパンツ姿だった。


月岡さんの人柄を推測すると、僕に謝ろうと早く来ていたのだろうと悟った。

でも、今日は違う。

僕から月岡さんの元に近づき、真っ先に口を開いた。


「せっ、先日は、失礼なことを言って、本当にすみませんでした」


頭を下げる僕に不意を突かれたのか、月岡さんはオドオドした口調で返事をする。


「あ、いや、野上くん。 初対面の君になれなれしく、僕の重たい話を聞かせてしまって、僕のほうこそ……」

「月岡さんは何も悪くないんです! 勝手に感情移入してしまった僕に非があります」


すぐに否定したい気持ちが先走り、月岡さんの言葉を遮ってしまった。


「野上くん?」


僕の言葉に疑問を感じた月岡さん。


「すみません……月岡さんにお願いがあります。 というか、月岡さんにしかお願いできません」


前回はまともに目を合わせることすらできなかった僕。

月岡さんの目をしっかり見て訴えた。


「僕の話を……どうか最後まで聞いてはいただけませんか」


僕の様子を汲み取ってくれたのか。

月岡さんは先週と変わらず、穏やかな表情で「勿論だよ」と快諾してくれた。


「立ち話もなんだし座ろうか。 あ、コーヒーを持ってくるから座って」


月岡さんは使っていた自分のカップを持ち、僕の分のコーヒーも淹れるために席を立つ。

僕は少し気持ちを落ち着かせようと、椅子に座って深く呼吸をする。

いきなり僕からお願いをしてしまって、不安だったけれど……受け入れてくれて良かった。


本題はここから。

椅子に座ったまま、スマートフォンを手にしてフォルダを開く。

ゆっくりと下にスクロールしながら、あるものを見つけた。


「お待たせ」


月岡さんは両手に2つのカップを持って、1つを僕の目の前に置いてくれた。


「ありがとうございます……」


いつものコーヒーが出てきて少し安心する。

軽く冷まし、一口含む。

コーヒーの温かさが、僕の背中を優しく押してくれた気がして……。

月岡さんは僕の隣で何も言わず、タイミングを静かに待ってくれていた。


「僕には、香織という同い年の恋人がいました」


僕はカップに目線をやっていたので、完全に月岡さんを見ていなかった。

いきなり話し始めたので、少し驚かせてしまったと思う。

若干の間があった後、月岡さんは「どんな人なの?」と返してくれた。


僕はさっき見つけたものを月岡さんにスマートフォンごと渡す。

それは香織の写真だった。


「綺麗な人だね。 笑顔がとても素敵な人」


月岡さんは優しい眼差しで、香織の写真を見てくれた。

見せた写真は、香織と北海道へ旅行に行ったときのものだった。

「富良野にあるラベンダー畑が見たい」と前から言っていた香織。

旅行で念願が叶い、満面の笑みを浮かべた香織の姿がそこにあった。


「僕には勿体ないくらい自慢の彼女でした。 天真爛漫で、表情豊かで。 情も厚くて、気がつくと自分が一生懸命になって。 僕なんかより、芯もあって頼もしい人で。 それから、匂いフェチだったり、食欲旺盛だったり、気分が良いと鼻歌を歌ったり。 眉間にシワを寄せる癖も何もかも……好きなんです」


香織の話で顔が綻んだのは、かなり久しぶり。

こんなことを香織本人に話すと、恥ずかしさのあまり、最後まで言い切れないだろう。


しかし、香織を知らない月岡さんが相手だからなのか、香織のすべてを迷いなく話せた。

月岡さんと目が合うと、仏のような顔して、


「そんな人に出会えて、本当に奇跡だね……」


そう微笑みかけてくれた。


月岡さんの顔を見て、次に話そうとしたことを思い浮かばせるが……唇が震える。

自分の口で言葉にするのが辛くて。

それでも、本当のことを告げた。


「でも、彼女はもう、この世の人にいないんです」


「え……」


月岡さんの顔つきが一気に変わった。


「3ヶ月前に事故で……亡くなりました」


その一言で涙が出た。

僕自身の口から、香織の死を話すのは初めてだったから。

とにかく今は、月岡さんに僕と香織のことを話すしかなかった。


「野上くん、だから先週……」


顔の半分を手で覆い、再び申し訳なさそうな顔をする月岡さん。


「大丈夫ですから……」


謝罪の言葉を言いかけそうになった月岡さんを止めたが……。

拭っても出てくる涙と震える声のせいで、うまく言葉が続かない。


「すみません……」


香織を思い出すからなのか、本当のことを口にするからなのか。

涙は絶えず流れ、唇まで思うように動かない。


僕の我儘を聞いてくれたのに、この有り様。

月岡さんに謝りながら、言葉を発せるタイミングをどうにか掴もうとしていた。


「ゆっくりで大丈夫」


そう言いながら、僕の背中を月岡さんはさすってくれたのだった。

返事をするように、僕はコクコクと頷く。


「事故に遭った直後からショックが大きすぎて……信じられなくて……彼女はいつか帰ってくるだろうと……思っていた自分がいました。 でも、彼女の遺品から婚姻届が出てきて……何で出してなかったんだろう……どうして提出したのが死亡届なんだろうって……」


先に進むためには、とにかく口を動かすしかなかった。

隣からは、鼻をすする音が聞こえていた。


「自分でも、どういう気持ちなのか混乱していて……悲しいし、恋しいし……悔しさもあって……よく分からなくて……よく分からないけど……どん底に突き落とされたみたいで……」


月岡さんは両手を僕の両肩に添えた。


「だからあの日、月岡さんの話を聞いて怖かったんです……自分もいつか、そう言われてしまう日が……来るのかなって……気づいたらあんな風に強く言ってしまいました……」


月岡さんの両手の力が強くなり、僕の肩をより抱くようになった。


「でも、友人が僕に言ったんです。 同情したくても『辛いよね』とか『分かるよ』とか簡単に言えないって……一生を約束した人を失った人にしか、僕のこの……気持ちが分からないって……」


片瀬の涙を思い出すと、それと相まって涙の量が余計に増した僕。

そのとき、月岡さんのズボンに雫らしきものが落ちた。


「友人の言葉を聞いて、僕は後悔しました。 月岡さんになんて態度を取ってしまったのだろうって……」

「大丈夫、そんな悪く思わないで」


懸命に涙声で僕に声を掛ける月岡さん。

僕はゆっくりと体を月岡さんの方に向けた。


「月岡さん……本当にすみませんでした……」


頭を下げ、涙が袖に染み付く。

僕の背中を目にした月岡さんは、強く背中をさすってくれた。

自分の顔が見られないのをいいことに、存分に涙をこぼしていく。


「月岡さん」


少しずつ落ち着き、僕は鼻声で名前を呼んだ。

月岡さんは優しい声で「ん?」と反応をしてくれた。

両手のひらで涙を拭い、


「もし差し障りなければ……今後ここで月岡さんに会ったときは……今日みたいに僕の話を聞いてもらえませんか」


片瀬の話にあったように、僕は月岡さんに「助けて」と伝えたかったのだ。

それからもう1つ。

月岡さんが夜の図書館を生み出した一言……。

『自分の感情が、正直に出せる居場所』であるこの図書館だからこそ、僕が月岡さんに話す意味があると思ったから。


「僕の今の気持ちを心から共感してくれるのが、月岡さんだって思ったんです……友人の話を聞いていて、頭に浮かんだのが……月岡さんだって」

「……ぅう……」


月岡さんは何かがプツリと切れたのか、突然号泣する姿を僕に見せる。

それでも僕のお願いに答えようと、何度も大きく頷いてくれた。


月岡さんは3年という月日の中で耐えていたものが、すべて解き放たれたのか。

それとも僕の姿を見たことで、今までのことを思い出したのだろうか。


こんなにも儚くて悲しくて恋しい感情は、僕と月岡さんにしか分からない。

そう思う瞬間だった。

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