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今宵、図書館で逢いましょう。  作者: さきみやめぐ
第三夜

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28/69

親友の涙 1

 早朝から日差しが照りつく天候だった。

僕は紙で包まれた食器やキッチン用品を段ボールの中へと入れていく。


「片瀬、ガムテープってどこにある?」


本を段ボールにしまっていく片瀬が、こちらの声に顔を向けた。


「俺、本棚のところに置いちゃっている。 ごめん、そこから取ってもらえる?」

「オッケー」


言われた場所に向かうと、ハサミと一緒にガムテープが置かれていた。


今日は片瀬が引っ越す日。

まさかあの薬局長が、有給消化と片瀬の引っ越しの手伝いを提案してくるとは意外だった。


今までの有給は、香織との時間に使っていた僕。

それが今では、香織を理由に消化できない現実が重く、最初に言われたときは複雑だった。


とはいえ、今日は片瀬に時間を使おうと心に決めた。

閉じこもって家にいるよりは、断然良いはず。

黙々と余隅に物を入れ、無駄なく梱包していった。


「1人より2人ってこういうことだな。 助かったよ」


本を棚から下ろしながら、片瀬は僕にそう言ってきた。

慣れない引っ越しのせいか、片瀬は僕よりも荷物をまとめるのに手こずっていた様子。

薬局長の読みは当たっていた。


「全然。 見送りもしたいって思っていたから」

「元々は仕事だったくせに。 せっかくの有給を……」

「いいんだよ。 今日はやるって決めたから」


僕が食い気味に返事すると「分かったから」とクスクス笑った片瀬。

ガムテープで段ボールの真ん中を止め、出来上がった荷物を玄関のところまで持って行く。

玄関で引っ越し業者の人と顔を合わせ、荷物を持って行ってもらうよう促した。


「なぁ、野上。 引っ越し屋に荷物預けたら、飯食いに行かない?」


向こうで片瀬が声を大きめに話を振ってきた。


片瀬と一緒に行動していると、必ずご飯の話が出てくる。

ふくよかではないのに、どんな胃袋をしているのだろうというほど食欲旺盛な男だ。

もちろん酒も豪快に飲む。


「え? そのまま引っ越し業者と一緒に行くんじゃないの?」


単身での引っ越しなので、引っ越し屋のトラックに同乗していくと思っていた。


「それは無いよ! トラックへの同乗は駄目だって」


笑いながら片瀬は僕に言ってきた。

昔、そんなシーンをドラマで見たことある。

その印象が強くあったからだろう。

後々になって、自分の発した言葉に笑えてきた。


「あぁ、そっか!」

「さてはドラマか何かで見た?」

「そうそう、そんなシーン見たことあるなって」

「あぁ、俺も何となく分かるわ」


ペットボトルの水を飲み、額の汗を首に掛けていたタオルで拭っている片瀬を見て、


「汗がすごい出ているよ。 大丈夫?」

「今日、朝から暑いじゃん。 逆に野上は暑くないわけ?」

「僕は大丈夫。 でも、引っ越し屋さんみたいに重いもの持ってたら、汗かいてたかも」


大きい家具、家電の搬出は全てお願いしている。

僕らは小物や雑貨をまとめることしかしていない。


「あぁ駄目だ、さっきから『暑い』と『腹減った』しか頭にない!」


お尻を床についたまま、両手ともに動きが止まってしまった片瀬。

仕事は要領良くできるのに、家では案外そうでもないのかと思うと、なんだか面白かった。


「あと少しだし、終わったら食べに行こう。 お昼は僕が奢るよ」


片瀬は僕の言葉に奮い立たされたのか、勢いよく立ち上がり、


「言ったな野上! よし、タダ飯だ!」


小学生のように声を上げ、片瀬はもう一度作業に取り掛かる。

そんな快活な片瀬の姿が当分見られないと思うと、やはり少し寂しかった。


***


 喫茶店に入り、お互いにランチメニューを頼んだ。

片瀬はカルボナーラ、僕はオムライス。

朝早くから動いた甲斐もあって、好きなオムライスを迷わず選んだ。

今日は食べきれるかもしれない。


「いつでもいいからさ、引っ越し先の住所教えてよ」


ふと思い出し、自分から片瀬に声を掛けた。


「あ、今送るわ。 後からだと忘れるだろうからさ」


スマートフォンに触っていた片瀬は、その流れで僕にメッセージを送ってきた。

長野県北佐久郡……。


「え? 軽井沢なの?」


意外な場所だった。


「あぁ。 会社指定の家が軽井沢だった」


片瀬は何かを思い出し、嫌そうな顔をしながら話を続けた。


「そういえば薬局長がうるさかったんだよね。 『軽井沢にあるパン屋が美味しいから、絶対食え』ってさ。俺はパンより白米派なのに、マジで興味無い」


呆れた表情で片瀬は言っていた。


「一昨日の最終日もさ、みんながいる前で 『いいじゃん長野! しかも軽井沢! 最高じゃん!』って言われて。 メッセージカードにまでパン屋のこと書いてあったし!」


苦言が絶えない片瀬に、僕は笑いが堪えきれなかった。

メッセージを書いた本人から話を聞いているからね。

片瀬は「そんなにウケてどうした?」と言ってきたが、僕は「なんでもない」となんとか振り切った。


「軽井沢って避暑地で聞くところだよね。 行ったことないから詳しくないけど……」

「俺は軽井沢に何回かスノボをしに行っていたんだよね。 むしろ知っている場所だって聞いてホッとした」


片瀬の「スノボ」と聞いて、ふと思い出した。

僕も香織とスノボで……。


「僕はスノボだと新潟に行っていたな」

「上越新幹線のほうね。 俺は北陸新幹線だわ」

「そうそう! 高崎駅過ぎたところで線路が分かれるんだよね」


片瀬は「そうだったわ!」と言いながら笑っていた。


「野上って鉄道に詳しいの?」

「いや、そんなことないよ。 子供の頃、電車とか新幹線のおもちゃを持っていて、そのときの知識が残っているんだと思う。 だから最新の知識はないよ」

「そうなの?」

「うん。 子供のときに乗った電車とか好きだったし、香織と旅行で新幹線乗るときとかちょっとテンション上がるよね。 知っている? 昔の上越新幹線と東北新幹線って2階席あったんだよ! 今はもう無いんだけれど、眺めがまた違って面白いのよ!」


1人だけ盛り上がってしまい、ハッと我に返った。


「ごめん、引いた?」

「いや、違くて。 こんだけ付き合い長いのに、野上の知らないところ、まだあったんだなと思って」


片瀬は穏やかな表情でそう言ってきた。

こんな風に取り繕うことがない会話を片瀬としたの、久しぶりかもしれない。


辞令が出た後、僕らは普段と変わらず仕事をしていて。

片瀬は引っ越し準備とか、身の回りの用事で忙しくしていて、プライベートで会うとか無かった。


それから、僕のことを気にかける言動がパツンと無くなった。

仲が悪くなったとかそうではない。

心配されることを僕が避けているのもあって、片瀬も何となく僕の心境を察したのだろう。

そう思った。

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