居場所 1
僕の中で解決していないことは、片瀬と気まずい空気感だけではない。
前回、初めて会った月岡さんにあり得ない態度を取ってしまったことだ。
僕が悪いのは明らか。
あの日の晩、図書館を出てすぐにそう思った。
そのまま1週間が経過したが、罪悪感はずっと残ったまま。
そんな僕は図書館の前に立ち尽くしていた。
今晩も図書館の1階が明かりを灯している。
月岡さんに会ったら、まずは謝ろう。
『今日、奥さんの三回忌だったんだ』
『僕もこのまま彼女の後追って死ぬんじゃないかってぐらいの絶望感があったな……』
『娘のことを忘れて、別の誰かと結婚したらどうか』
月岡さんの言葉が、頭の中で生々しく残っている。
思い返すたびに辛いが、
「……っ」
両手で顔を抑え、自分のしたことを改めて悔やんでいた。
謝らなくちゃいけないのに……。
月岡さんの顔を見てしまったら、また自分の感情が抑えきれなくなるんじゃないか。
そう思うと怖かった。
「あれ? 誠司さん?」
伏せていた顔を上げると、見覚えのある華奢な体をした人が。
「僕です! 遼です!」
手を振りながら僕に近づいてきた遼くん。
しかも図書館から出てきた様子だった。
「あれ。 僕のこと、覚えていますよね?」
外灯の明かりで遼くんの顔を確かめる。
顔というより、髪の色の印象が強かった。
「お、覚えているよ。 もちろん」
ニカっと笑った姿を見て、遼くんであることを再確認した。
「図書館にいたの?」
「はい。 ちょっとジュースが飲みたくて。 あとは、香菜子さんにパシられました!」
「あはは、そうだったのか」
屈託のない遼くんの笑顔にホッとしている自分がいる。
「誠司さんも何か飲み物いります? よかったら買いますよ!」
「いや、僕はコーヒーで大丈夫。 今日はちょっとしたら帰るから」
自分より若い子に、お金を使わせるわけにはいかないし。
長い時間、図書館にいるつもりはなかった。
月岡さんに謝る、ただそれだけだ……。
「そうですか! じゃあ、ササっと買っちゃいますね」
図書館に向かう上り坂の横に、小さい自動販売機がある。
横目に見ていると、香菜子さんが2週間前に飲んでいたサイダーが売っていた。
「香菜子さんは、ぶどうジュース!」
サイダーの隣にあったぶどうジュースを選んでいた。
「あ、サイダーじゃないんだ」
「サイダーも好きらしいですけど、本命はぶどうジュースみたいですよ。 ぶどうジュースが売ってないときは、2番手のサイダーを買うって言っていました」
遼くんは自分用にサイダーを買っていた。
「よし! 行きましょう!」
図書館に向かっていく遼くんを見て、僕も後から追いかける。
多分、遼くんに声を掛けてもらわなかったら、図書館に入ろうか迷い続けていたかもしれない。
遼くんが偶然外に来てくれて良かったと思った。
「遼くんとは3週間ぶりだよね?」
「そうですね! ちょっと体調が悪くて、しばらく行けなかったんですけど。 今日は大丈夫そうです!」
「そっか、元気になってよかった」
溌剌と喋ってくれるが、体が異様に細いのがどうしても気になる。
でも「もうちょっと食べたら?」とは言えない。
僕みたいに、何らかの事情があるかもしれないから……。
遼くんは「香菜子さん、ジュース買ってきましたよ! 誠司さんも連れてきました!」と図書館の静けさを無視して、館内に入っていった。
***
びくびくしながら、僕も1階フロアへお邪魔する。
「こ、こんばんは……」
香菜子さんと会うのは2週間ぶりだった。
「誠司さんこんばんは。 あ、どうぞ中へ」
香菜子さんからの声掛けに合わせて、テーブル席に足を踏み入れる。
その間、遼くんは香菜子さんにジュースとお釣りを渡していると、
「誠司さん、コーヒー淹れます?」
遼くんが僕に声をかけてきた。
「あ……うん、コーヒー飲もうかな」
「僕、淹れますよ! 誠司さん、座っていてください!」
自分で淹れようとしたが、遼くんはすでにコーヒーメーカーの近くに立っていたので「じゃあ……お願いします」と返事をする。
椅子に腰を掛けた早々に、香菜子さんに質問をした。
「香菜子さん、あの、聞いてもいいですか?」
「どうしました?」
「月岡さんっていう方。 今日、図書館に来ましたか?」
「いいえ、今日はお会いしていませんよ。 遼くんは月岡さんに会いました?」
コーヒーを淹れている遼くんにも確認してくれた香菜子さん。
「いや、僕も会っていませんよ」
「そうですか……」
落胆の気持ちと、少しだけ安堵している気持ち。
「月岡さんと、図書館でお会いしたんですか?」
今度は香菜子さんが話を振ってきた。
「はい。 先週の金曜日に初めて会いました」
その直後、遼くんが「コーヒーお待たせしました!」と、僕に淹れたコーヒーを持ってきてくれた。
「あ、ありがとう。 いただきます」
眼鏡が曇りすぎないように、そっと冷ましてから一口飲む。
遼くんも椅子に座って、テーブルに3人が囲むようになった。
いつもと変わらず、コーヒーは美味しかったが、
「誠司さん、月岡さんと何話しましたか?」
「ゴホッゴホッ!」
遼くんの質問に動揺し、おまけに飲んだコーヒーが変なところに入ってしまった。
「大丈夫ですか?」
「あああ! 誠司さん、ごめんなさい!」
香菜子さんはお水を汲みに、遼くんは僕の背中をさすりに来てくれた。
「だっ、大丈夫。 ゴホッゴホッゴホッ!」
思いの外苦しい。
「お水、置いておきますね」
冷たいお水をコーヒーカップの横に置いてくれた香菜子さん。
「あ、ありがとうございます。 ゴホッゴホッ!」
咳が止まらず、一言話すものもやっとだった。
「ごめんなさい誠司さん。 僕が変なタイミングで話しかけて」
背中をさすりながら、遼くんは申し訳なさそうに謝っていた。
遼くんは何も悪くない。
「も、もう大丈夫。 ありがとう」
お水を少しずつ飲み「本当に大丈夫だから」と精一杯伝えた。
遼くんの「月岡さんと何話しましたか?」は、探りを入れるためではなくて、僕が異常に反応してしまっただけ。
というか、コーヒーを零したりむせたりがやたら多くないか……?
「そういえば月岡さんのこと、思い出しました。 しばらく仕事の会議で忙しくなるって言っていたので、今日も遅いかもしれません……」
香菜子さんは僕にそう教えてくれた。
「職員会議的なやつですか?」
反応をしたのは遼くんだった。
「恐らく……もうすぐ学校行事が近いって言っていたような気が」
「月岡さん、ただでさえ忙しいのに、部活の顧問もやっているし。 体がいくつあっても足りなさそう」
「そうね」
香菜子さんと遼くんだけで、会話のキャッチボールをしている様子を眺めていた。
遼くんも月岡さんのことをよく知っているのだろう。
職員会議、学校行事に部活の顧問というワードでみていくと、月岡さんは学校に関係している職業に就いていることを察した。
「誠司さんは月岡さんからお仕事のこと、何か聞きましたか?」
「えっと……」
どうしよう。
月岡さんが言っていた「奥さんの三回忌」のことが頭に浮かんでしまった。
今ここで、2人にその話をしたら……。
「えっと、最近よく眠れない……って話をした気が」
脳みそをフル回転させて、実際に話していたことを捻りだした。
「あぁ……月岡さん、きっと眠れないほど忙しいんですね」
遼くんが大袈裟に嘆いていた。
眠れないのは月岡さんじゃなくて、僕なんだけどね。
僕の苦笑いをよそに、香菜子さんは僕にこう尋ねてきた。
「月岡さん、すごくお優しい方でしょう?」
香菜子さんの一言に、胸がチクッと痛んだ。
感じの良さそうな笑顔で僕に挨拶をしてきたり、コーヒーのことを質問したときも、気さくに話してくれたり。
僕は人見知りした挙句に八つ当たりして……。
月岡さんはずっと僕に優しかった。




